特に何も思わないって
眼前にいる美少女は、頭からつま先までそれはもう最高に美少女である。
「うん、美味い。流石俺」
ただし手に持っている汚泥じみた飲み物にモザイク処理をかければ、だが。残念ながら現実にはモザイク処理が実装されていない為、梅吉の視界にはダイレクトに汚泥(確定)を啜る美少女が入ってきていた。
つまり二人の現在地は、いつも通りファミレスなのだ。今日も今日とて元気にドリンクバーで劇物を作り出している青仁に、梅吉は問いかけた。
「なあ青仁。この前姉貴に言われたんだけどさ」
「?」
とはいえ絵面的には最悪な状況だろうとも、有効活用法はいくらでもあると学んだ梅吉は、利用する気満々だった為。遠慮なくぶっ込んだ。
「性転換病って、恋愛対象にも影響出るのかって」
「?!っゲホッゴホッ、が、あ゛あ゛?!」
「うわ汚な」
美少女が盛大に汚泥を口から吹き出した。美少女だからって何をしても許されると思うなよ。
「お、おおおおお前がなんかヤバそうな事言い出すからだろ!」
「そこまで動揺することか?まあオレもヤバいと思ったからここで話してんだけど」
何故か妙に挙動不審に慌てふためく青仁は不可解だが、こいつの挙動が不審なのは今に始まった事ではない、と梅吉はスルーした。口元に滴る泥水を拭いながら青仁は叫ぶ。
「なんで?!?!」
「だってお前とドリンクバーをセットにしたら全てのシリアスが破壊できるじゃん。オレ泥水飲んでるやつ相手に真面目な話できる自信ないもん」
「俺のことなんだと思ってるんだよ?!流石に泥水なんか飲まねえよ!」
「オレが言ってる泥水はたった今お前が飲んでるやつのことだよ」
「これはれっきとした飲料物だが。土なんか入ってねえよ」
「そういう問題じゃねえから。ビジュアルがアウトだっつってんだよ」
相変わらずドリンクバーが絡むと、奴との会話難易度は跳ね上がる。この後しばらく泥水云々についてクソほどどうでも良い議論が続いたが、描写する価値もない低レベルな会話の応酬だったためカットする。
「……で、だ。オレは姉貴に『そういえば性転換病って恋愛対象にも影響あんの?』って言われて調べたわけよ。例の呪物で」
「お、お前……またネットで調べちゃったのかよ……あれはもう見ちゃいけないって俺達で決めたじゃないか……」
「だってこういう俗物的なのはある意味ネットが一番信用できるだろ」
「そうかもしれないけど」
いつだったか梅吉と青仁に絶望をもたらし、もしやスマホをパラレルワールドのネットに繋げる超能力に目覚めてしまったのではないか、とかアホみたいな推測を生み出してしまったサイトを表示したスマホを机の中央に置いて、二人で話す。
「ってことで調査結果だが、そういうこともあるし、そうじゃないこともある、って所らしい。ただまあ、ホルモンバランスがぐっちゃぐちゃになってるから、完全に何もないことはまずないって事みたいだけど」
「つまり俺らは終わり……ってコト!?」
「雑なち○かわやめろ。いや確かにこれは『終わり』ってヤツなんだが……」
ふざけ倒してないとやっていられない事実ではある。というか影響自体は既に出ているのだろうな、と梅吉は目の前の少女にしか見えない友人を見ながら思う。
こいつの何気ない言動が可愛く見えている時点で、多分何かしら影響はあるのだろうな、と。
「でもさ、こうなってからも別に男にどうこうとかまるで思った事ないんだよな。あ、お前は面倒臭いから省いてるぞ。カウント基準の定義をしたくない」
残念ながら互いに状況が状況なので、この手の話ではお互いを含めない方が良いだろう。実際、一般的な性転換病患者の中でも希少な事例らしいので。
そんな感じで何気なく話を振ったのだが。
「そっ、そそそそうだな!」
目の前のアホが見るからに挙動不審になった。どう考えても何かしら思うところがある、腹を探られたら激痛がするタイプの人種の反応である。
「……お前」
じろり、と梅吉が青仁に視線を向ける。それだけで青仁はぶっ壊れた。
「ななななーーーーーにを言ってんのか、おおお俺はホモじゃな」
「オレ達今身体的には女分類だから、それ一般男女恋愛だぞ」
「うぼぼぼびびぼばばばばばばあ゛ーーーーーーーー!!!!!!」
「おい公共の場で叫ぶな」
大したことのない現実を突きつけた程度で、青仁は絶叫した。いくらそれを見越してファミレスの中でも随分と奥まった席にいるとはいえ、普通にご迷惑である。
「な、ななななんで梅吉はそんなひどいことを平然と言えるんだ?!?!」
「ひどいことっていうか、事実だろ。まあオレも正直信じられねえけど。キモいし」
「……」
「何故そこで沈黙する?」
青仁の様子がおかしいのはここ最近の日常茶飯事なので、梅吉はそこまで真剣に取り合う気はないのだが。それにこうして無言で汚泥をすすってくれていれば、シリアス破壊装置としての役割は真っ当できるだろうし。真顔である理由はわからないが、その方が余計にシュールギャグ要員として有用だろうし、と放置して本題に話を進めた。
「で、だ。じゃあこういう写真を見れば前とはなんか違う風に思うのか、ということを検証したくてだな」
ぱ、とスマホを再び操作して、梅吉は青仁の前に差し出した。それを見た青仁がむくり、と顔を上げて言う。
「……これあれだろ。去年一茶が体育の柔道で暴れてリアル屍の山作り上げたやつ。これがどうしたんだ」
「手持ちの野郎の写真、ロクなもんがなかった」
「あるわけないだろ」
こればっかりは真顔の青仁が正解である。二人のカメラロールは大半がこのようなくだらない画像で埋まっているのだ。残りは黒板に書かれた連絡事項を撮影したもの等の真面目なやつや、学校行事の写真、出先で撮った写真しかない。なおこの場合の学校行事の写真も、大抵はくだらない画像に分類される。
「でもこの写真いつ見ても無駄にカッコいいよな」
「だってそれ四組のカメラガチ勢が本気出して撮ってただろ。授業中に何やってんだお前らって言ってた先生すらも、クオリティで黙らせてたし」
「ああそういえばそんな奴いたな。てかこれオレらどこに埋まってんだっけ」
「緑が一番下にいるのは知ってる。俺らの位置はわからん」
たしか秒で一茶に敗北した緑が倒れ伏していた所に、悪ふざけで他の一茶に負けた奴が倒れ込んでいって、屍の山が形成されたのだ。無論梅吉も青仁も一茶には勝てないので、例に漏れず積み重なっていったのである。
「と、まあこんな感じで写真を見返そうかと」
「ああ……まあいいんじゃないかな」
「?」
何故か青仁が遠い目をしているが、先程のように叫ばれるよりかはマシなのでスルーする。
「それで次に出てきたやつがこれなんだけど」
「あーかめはめ波……」
「あとこれ」
「いやなんだよこれ怖」
「全員でピースして、お互いの指をくっつけてなんかこういい感じに星っぽくなるやつあるじゃん。あれを中指立ててやったらどうなるかっていう実験」
「何してんの?いやちょっとやって見たくなる気持ちはわかるけど。これだけだと完全に青春に喧嘩売ってる人にしか見えねえよ」
しかしスクロールしてもスクロールしても、まともな写真なぞ出やしない。それどころか後者はそもそも顔が映っていないので普通に意味がないのではないか。
なんて思いながら、カメラロールを二人で眺めていると。
「お、これ俺が最高にイケメンキメてるやつじゃん」
「誰だこいつ」
「俺だが?????」
何故か唐突に、妙に殴りたくなる表情をしたかつての青仁(男子高校生のすがた)の写真が現れた。
「お前普段こんな顔してないだろ。なんかこう、もっとしまりがないツラでぼーっとしてんじゃん」
「は?俺はそんなやべえ顔してねえけ、おい待て撮るなあ!」
「見せてやろうかと」
基本的に青仁は美少女化しようとも中身が青仁なので、しまりがないツラをしているのである。美少女効果で色々と緩和されてはいるが、中の人由来の影響もまだまだ健在なので良い参考資料になると思ったのだが。
「ていうかなんでオレのスマホにお前のキメまくり画像が入ってんだよ。おかしいだろ」
「あれお前現場にいなかったっけ、女子みたいに写真盛ったら俺らにも恋人できるんじゃないのか選手権」
「あーなんかあった気がする。ってことはもしやオレの写真も……お、出てきた」
青仁に向けていたスマホを下ろして、再びカメラロールを漁る作業に戻れば、大した間を置かずに梅吉(男子高校生のすがた)の写真も発見できた。確かに選手権の趣旨通りキメ顔ではあったが、青仁程のキャラ崩壊は発生していない。
「おー。そういえばお前こんな顔だったな」
画面の中のかつての梅吉を眺め、青仁が呑気な感想を述べる。随分と懐かしそうな顔をしているが、一年も経っていない過去の写真である。
「は?そういえばってなんだよそういえばって。オレがこうなってからまだ半年も経ってないんだぞ」
「だって……今のお前とゆめかわ系美少女を結び付けるのは色々厳しいだろ」
「お前よりはマシ」
そう言って梅吉は、自分好みの美少女の横に、例のカッコつけどころの騒ぎではない青仁(男子高校生のすがた)の写真を並べた。
「うん、やっぱこの写真詐欺だな。お前普段こんなかっこいい顔してないだろ」
まあ並べてみたところで、梅吉の知る青仁の平常運転の姿ではないので、出てくる感想はこのようなものになってしまうのだが。
びくりと青仁が肩を揺らしたことに気がつけぬまま、梅吉は話を続ける。
「つか何一丁前にそれっぽい感じになってんのか。青仁なんだからもっと青仁してろよ。こんなんじゃ普通に雰囲気いい感じの野郎だろ。もっと本性出してけ。いや本性出したらただの青仁だからイケメンのイの字もなくなるか。難儀だなあお前……って、あ。」
「……」
いつの間にか何かに耐えるようにぷるぷると体を震わせながら、顔を真っ赤にした美少女が爆誕していた。
そういえば余りにもギャップが酷すぎて忘れ勝ちだが、目の前のゆるく三つ編みをした、垂れ目と泣き黒子が特徴的な梅吉好みのお姉さん系美少女は、青仁なのである。
「……梅吉。男はな、誰だって自分好みの美少女にかっこいい、とか言われたらこうなるんだよ」
「だろうな。でも良くないか?お前にとってはご褒美だろ」
梅吉側からすれば勝手に美少女が悶えているだけである。それが己の野郎に対する他意ゼロな発言由来である、と考えるとなんとも微妙な気分だが。
しかし青仁にとっては何やらそれ以上に思うところがあるらしく、ついに机に腕を組んで、そこに顔を埋めてしまった。
「いやご褒美だから困ってるというか……うう……」
「はあ。ご褒美なら素直に享受しとけよ」
いまいち青仁の言動が掴めない。一体何がしたいのか。どう考えても良いことなのに、何故そんな反応になるのやら。
「よくわかんないけどさ、お前、オレについてなんかコメントとかないの?」
「……」
ここはそういう流れだろう、と切り出しただけだったのだが。前髪の隙間から、じろりと睨む以外の反応が得られなかった。
「それが素面で言えたら苦労しねえんだよ……」
「?」
一応顔は上げてくれたものの、青仁は苦々しい顔をしながら、うめくようにそんなことを言う。やはり意味がわからない。何故言えないのだろうか。
「お前、マジでわかんねえのな」
「だから何がだよ」
「わかんないなら良い。いつかわからせるから」
「なんの宣言なんだよそれは」
謎の宣言をした後、妙に疲れた表情をする青仁を眺めながら、梅吉はその横にスマホを並べる。
ぶっちゃけ、今の青仁と昔の青仁はそんなに似ていない。一番顕著な違いは目元の鋭さなのではないか、と梅吉は個人的に思っている。それ以外にも細かな違いはあげればキリがない。だと、しても。
「……何してんの、梅吉」
「いや、変わんねえなって」
青仁が青仁である、という一手においてはまさしく同一人物なのだから、まさに人体の神秘と言うべきか。
というか、写真を盛ったら女の子とお付き合いできるかも知れない、なんて思って、実際に実行してしまうような馬鹿さ加減こそが青仁の可愛い所だと思うのだが。
幸か不幸か、梅吉がこれを青仁に面と向かって告げることはなかった。
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