そういうのに弱い
衣替え。多くは六月、十月程度に発生する、制服の布面積が増減する催しである。男だった頃は女子を遠目に眺めてニヤニヤすることしかできない悲しき非リアであったが、今年はそうではない。
「生足!!!!!!!!」
「二の腕!!!!!!!」
互いに美少女と化してしまったのだから、お互い舐めるように眺め尽くせばいいのである。少なくとも梅吉と青仁はそう判断した。
結果、美少女二人が教室の片隅でお互いを凝視し続けるという異様な光景が発生していたが、百合を見守る派の男子と馬鹿に関わりたくない女子によってスルーされていた。
「いややっぱマジで最高だなうちの制服。めちゃくちゃかわいい。こんなかわいい服着てるお姉さん系美少女と毎日会えるとか天国かよ」
「わかる冬服は冬服で最高だったけどだからといって夏服が良くないわけないもんな!いやーこんなかわいい服をゆめかわ系美少女が着てるのをこれから毎日拝めるなんて眼福だよ」
「ぐはっ」
「ぶごべっ」
なんてことをしつつも今日も元気にクロスカウンターによって沈む二人であった。
「……それはそれとしてさ。この服、なんで背中にファスナーがあるの?着づらくない?」
よろよろと立ち上がった青仁が、背中に触れながらぶつくさと言う。冬服のスカートのファスナーは側面にあったが、夏服は構造の違いか背部にファスナーがあるのである。いつかのサスペンダーの時を思い出しつつも、梅吉も立ち上がって答えた。
「知らん。デザイン性がどうのうこうのってやつじゃねーの?まあ頑張れば着れなくはな……まさか」
その途中で、梅吉はふと思い出す。この男(ガワは美少女)の前科を。
「お前、もしかしてこれ自力で留められなかったり」
「するけど何か??????俺がこんな高等技術を要求してくる衣服を自力で着れるわけ無いだろいい加減にしろ」
普通にそのまさかであった。逆ギレ気味の青仁という現実から目をそらすように梅吉は顔を覆いながらも、相変わらずの期待はずれ野郎に問いかける。
「そうか……ちなみに今日普通に着てきてるのは?」
「オカンにやってもらったからだけど???そういうお前はどうしたんだよ。お姉さんにやってもらったの?」
「いや普通に自力でやったけど」
「怖……前々から思ってたけどやっぱお前俺とは生きてる次元が違うんだな……食事回数と量が頭おかしいとは思ってたけど、まさかそんなとこまで」
「それについてはお互い様だろ。おしるコーラとかいう名前からしてイカれてるブツを気に入ってた狂人に言われたくない」
「あーあれ教えてもらったスーパーに行ってちゃんと買い占めてきたよ。ああいうの、いつなくなるかわかんねえから」
「謎ライフハックの共有やめろ」
話の流れで聞いてみただけなのだが、無事と言っていいのかなんなのか奴はちゃっかり梅吉が買ってきたおしるコーラの在庫を入手していたらしい。死ぬほどどうでもいい。
「謎じゃねえよ今日から使える素晴らしきライフハックだ!」
「……」
なので梅吉はどうしようもない主張を繰り出す青仁の声には意識を向けずに、青仁の体をただひたすらに眺める。具体的には、背中のファスナーとストッキングを脱ぎ捨て剥き出しとなった生足に。
「お、おい梅吉何を黙り込んで……いや待て」
「……」
梅吉は青仁に下心百パーセントの視線を向けながら、沈黙を保っている。どこまでその視線の意図に気がついていたのか定かではないが。考え込む素振りを見せた青仁は、ハ、と顔を上げ。
「……」
流れるように椅子から立ち上がり、梅吉から距離を取った。
「なぁ〜に逃げようしてんのかな青伊ちゃ〜ん?」
「俺のこと追いかけてきてんのが答えだろ後俺は青伊ちゃんじゃねえ青仁だ!」
「なんのことだかさっぱりわかんねえなあ?!」
当然話し相手が唐突に逃走という選択肢を取れば、梅吉も立ち上がり青仁を追う事となる。大袈裟にしらばっくれながら、机を盾にする青仁に迫った。
「どう考えても俺の制服のファスナーとパンチラ狙ってるだけだろ!」
完全に思惑がバレていた。
「……」
「ほーらそっぽ向いた!お前、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだってかっけえ言葉知ってるか?お前は、俺に差し出す覚悟はあるのかって聞いてんだよ!」
それが無いから梅吉は青仁の不意を突こうと迫っているのである。
「お前……時代は民主主義だぜ?そんな野蛮な理論を振りかざすとか、時代遅れ過ぎるだろ」
「野蛮じゃないしハードボイルドだしお前の言動の全てが民主主義を否定してるからな?」
「青仁。オレはただ、お前のスカートが不意に捲れ上がり黒レースの下着がちらりと見える瞬間を拝みたいと思っているだけなんだ。後オレは男に背後のファスナーを降ろさせるタイプのお姉さんが大好きだから着ること自体は自分でできるようになってもらいたい」
据わった目つきで梅吉は捲し立てる。欲望に澱んだその瞳は、青仁に恐怖を与えるのに十分だったらしい。額に脂汗を滲ませた青仁は叫ぶ。
「おまわりさーん!ここに変態がいまーす!」
「ふはははは!バカめ青仁、ここは学校だ。最大権力者はオレらの内申を握っている教師だろ。そして!うちの担任はHR開始後にしか教室に来ない!」
「あんの野郎ー!」
そもそも青仁に救いの手が差し伸べられることが無いことを梅吉は把握していたからこそ、このような暴挙に出ているのである。先日の青仁のやらかしを通して、どれだけアレな事をやらかしても、やっている奴らが梅吉と青仁であるという時点でクラスの男子達からすればおふざけとして処理されると知ったことも大いに理由として含まれてはいるが。
「俺は……リアル姉持ちのくせに姉好きの狂人なんかに屈しない……!」
「リアル姉に夢を見れないからこそ近所に住んでるお姉さん(概念)に夢を見てんだよ血縁の有無を見落とすな逃がすものか!!!」
そうして逃げ道がないと悟った青仁が取る選択肢とは、教室外への逃走である──!すなわち、校舎内鬼ごっこがここに開幕した!
なお現在時刻は遅刻ラインを示すチャイムが鳴り響く数分前である。現実的にギリギリの、意地を張った方が負けに等しい最悪の争いが始まってしまった。
しかし実のところ、この争いは相当梅吉に有利なものである。
「スカートが捲れ上がらないようにしつつオレから逃走するなんて芸当がお前にできるとは思えねえけどなあ!」
「くっ……!それでも、やり切るしかないだろ、お前にタダで俺のパンツを見せてやるなんてお前にしか利がない事をやるかっての!!!」
制服のまま廊下を疾走すれば、当然だがスカートが捲れ上がり中身が見えてしまう確率は平常時より跳ね上がる。それでもいまだに青仁がスカートの中身を隠し切っているのは、ひとえに奴の運動神経が元々それなりに良い故だろう。全く、無駄に器用な真似をするものだ。その器用さをドリンクバーの微調整以外に活かしてもらいたいものだが。
「い、今からでも遅くないからさ、お前も俺にパンチラを差し出さねえか?そしたら」
「それが嫌だからこうやって襲い掛かってるんだが?!」
「等価交換っていう当初の約束を忘れたのかよお前?!セクハラにはセクハラで応戦するぞ?!」
「……」
「黙り込んだかと思ったらこっちに手を伸ばしてくんのは犯罪だろ?!」
何故だかわからないが、嫌なものは嫌だし、やられたくないことはやられたくないものなのである。おっぱいを揉む揉まないの時にも似たような感情を抱いていたから、これも己がシチュエーションを重視しているからではとは少し思ったのだが。
冷静に考えてパンチラに最適なシチュエーションって何?事故に適性もクソもなくない?となってしまった梅吉は思考を放棄していた。考え始めたら自分の中で男としての何かが壊れていることを直視する気がしたので。
「ていうかさ、もし仮に俺のスカートの中身が見れたとしてもスパッツ履いてるかもしれないだろ?!それでいいのか?!」
「普段は隠されている物が見えることに価値があるって事でこの前納得しただろ。チラリズムの魔力は例え見えるものがスパッツだろうがなんだろうがエロいものに変えて見せると!」
「くっ、何も言い返せねえ、なあ!」
ぎゃーぎゃーとしょうもない下ネタを叫び散らかしながら廊下を猛スピードで走り去っていく二人組の美少女という絵面に思いを馳せることすらしないまま、二人は走り続ける。
スカートを庇わねばならないというハンデがあるが故に奴を少しずつ追い詰められてはいるものの、残り時間を考えれば膠着状態に等しい進捗だ。このままではパンチラが拝めない、打開策を考えろ、と梅吉が青仁と言い争いつつ脳みそをフル回転させていると。
毒にも薬にもなりうる打開策が、目の前に降ってきた。
「おい状況は見ての通りだから助けてくれねえ?!」
打開策を最初に掴んだのは、梅吉ではなく青仁だった。丁度角から出てきた人影に、縋るように青仁は叫ぶ。その様子を、梅吉は笑みを噛み殺しながら眺めていた。
「ああ、いいぞ」
そう言って小さな人影、一茶は青仁の願いを受け入れる──
「マジ?!助かった今度何か奢るか、ぇ?」
「せいっ!」
わけもなく、青仁に掴みかかり物の見事に廊下に縫い付けた。
「一茶?!う、裏切ったのか?!」
「……よく、ぜぇ、やってくれたな一茶……!」
唐突に柔道の技をかけられた青仁が混乱のまま一茶を詰り、そんな青仁に追いついた梅吉が一茶に賞賛の言葉を贈る中。きょとんとした様子の一茶が口を開く。
「裏切るもの何も、僕は僕の味方でしかないからな?梅吉に青仁を渡したらキマシタワーな感じになるんじゃね、と僕の優秀な百合センサーが反応したから動いただけで」
「流石一茶、オレが見込んだ通りの男だ。それはそれとしてキモいけど」
「それはそれとしてもクソもなくひたすらにキモい」
そう、意味不明に鋭い直感を搭載しているらしい一茶ならば必ず梅吉の味方に就くと、梅吉は賭けていたのである。そして梅吉は賭けに勝った、それだけの話なのだ。
「キモい?百合を尊ぶ感情はこの宇宙でただ一つ誰もが抱く想いだろ何言ってんだお前ら。まあお前らそのまんまで百合として見るのは流石に無理だから、全力でフィルターをかけさせてもらうが」
「キモさと恐怖を両立してくんのやめてくれない?後ついでに俺を離したりとか」
「離す離す。いくら中身が青仁だとしても女体に触れたままでいるとかあらゆる意味で僕の性癖が持たないから。ただし──」
青仁にとっては己の身柄がこうもあっさりと解放されることは予想外だったのだろう。戸惑う素振りを見せる青仁に対し、それが自然の摂理であるかのように素早く廊下の壁に張り付いた一茶は言う。
「今から梅吉がやることを拒否したら、僕は壁になるのをやめて速攻お前を拘束する」
「なんでお前はそうやって軽率に人間を辞めようとするんだ???」
「イカれ挙動をさも当然かのように語るな」
「は???いくら中身がお前らだろうとも絵面は百合であることに変わりねえんだから僕が壁になるのは常識だろ何を言ってるんだ???お前らを僕の妄想の糧にするに決まってるだろ?????」
百合というシャブに脳をやられた馬鹿が、キマってる目を晒して叫ぶ。完全に頭がイってる変態の図である。緑といい、どうしてこの学校の男子はこうも変態が多いのだろう。とはいえ今回ばかりは変態が梅吉にとって都合が良い方向で動いてくれた。
「お、おいお前マジでやるのかよ?!」
「まあ、据え膳食わぬは男の恥って言うし?」
「お前今女だろ」
震える青仁には悪いが、今回ばかりは梅吉が一枚上手だったのだ。ニヤニヤと美少女がしてはいけない類の笑みを浮かべながら、一茶の無粋なツッコミを無視して梅吉は青仁に迫る。
「梅吉話し合おう、本当にこれがお前が求めていたものなのか?違うだろ?俺らが胸を高鳴らせるべきはいたずらな風がスカートを巻き上げる瞬間じゃないのか?つーかこれどっちかってとスカートめくりとかの部類だと思うんだけど」
「うるせえ腹を括れ」
うだうだと御託を述べる青仁を一喝して黙らせる。こんな千載一遇の機会を逃すものかと梅吉は手を伸ばそうとした時にふと気がついた。
当然だが現在、梅吉と青仁には自称壁からの刺すような視線を全身に浴びている。この最高に美味しい状況を逃すものかという、熱く粘ついた視線を。つまり、梅吉がここで青仁のスカートを捲り上げたり制服のファスナーを下ろしたりしたら、当然一茶の視界にも入る訳で。
「……っ」
この、必死に抵抗しつつも、どこか諦めたように目を硬く閉じる可愛らしい青仁を?自分以外の誰かに見せるのか?さらにはそこからスカートがめくりあげられてしまう様子まで?梅吉の動きが一瞬止まり、思案するように青仁を一瞥する。
こんな状態の青仁を自分以外が見ているという状況は、なんというか、あんまり良い気分では──
幸か不幸か梅吉の思考を遮るように、学生にとっての最大の恐怖対象、遅刻ラインを告げるチャイムが鳴り響いた。
「あやっべチャイム鳴った」
「戻るか」
全力で走ればまだ間に合うような状況でそうなってしまえば、教師に成績を握られているしがない一学生が取る手段なぞ一つだけである。二人は示し合わせたように立ち上がり、教室に向けて一目散に駆けていく。
そうして思考を放棄した梅吉は、自らが青仁に独占欲を向けつつある事実に気がつくことはなかった。
「そういえばあの後一茶廊下で鼻血出してぶっ倒れて遅刻したらしいよ」
「あーなんか『僕はあれを百合と認めない』とかなんとか呻いてたらしいな」
「あいつだけギャグ漫画の世界に生きてんじゃねーの」
なお普通に一茶は気がついていた為、己の信ずる百合への解釈とシンプルな興奮に脳をやられていた。無論それが無事遅刻せずに済んだ二人に伝わることはなく、アホの漫画みたいな挙動に盛り上がるL○NEグループやらクラスの男子やらに首を傾げるだけで終わったのだが。
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