≪暖炉の聖女≫の癒しと≪お馬鹿サン≫

「次の位階へと進むために、我は力を溜めねばならん。天地創造を二回繰り返した後、我は復活する。開闢の時までしばし待たれよ」


”進級するために、≪冥府の日輪ラストサン≫様は勉強しなきゃいけないの。二週間後のテストが終わったら配信を再開するわ。なんであの程度のテストができないのかしら…”

”お馬鹿な≪冥府の日輪ラストサン≫様は進級の危機なので、勉強しなきゃいけないんです。二週間後のテストが終わったら、配信は復活します。≪冥府の日輪ラストサン≫様、ばかわいい~”

”私の≪冥府の日輪ラストサン≫様は二週間後のテストに向けて勉強します。戦いが終わった時の配信では、≪冥府の日輪ラストサン≫様は深く傷ついているはずなので信者総出で慰めてあげようね!一番はわたしだけど…”

”≪冥府の日輪我が君≫は二週間後のテストに向けて醜く足掻くそうでございます。テストが終わった後、深く傷付いた≪冥府の日輪我が君≫を○○○ピーで癒して差し上げようと思っています。もちろん生配信でございます”


僕の意図を一瞬で理解して、それぞれの個性を出した訳をもってきた≪境界を超える者クロスオーバー≫に対して戦慄が走るけど、深く傷ついた。


”テスト頑張って!”

”次の位階=進級(笑)”

”≪境界を超える者クロスオーバー≫の皆さんがここまで馬鹿にするって史上初なんじゃない(笑)?

”マジで心配だな。≪昇らぬ太陽≫とか名付けられたら悲惨だぞ?”

”≪お馬鹿サン≫とかな(笑)”

”お茶吹いたわ(笑)”


(やかましいわ!)


そんな不名誉は何があっても回避してやろうと誓った。すると、≪境界を超える者クロスオーバー≫から少し遅れて赤札が送られてきた。


”≪堕ちた雌豚ルシファー≫との仲を進展させるのに、二週間くらいかかりそう。できちゃったら報告しま~す”


AKARI、もとい、≪堕ちた雌豚ルシファー≫が赤札を投げてきたけど、僕は反応しない。僕の意図が全く理解できていないし、そもそも≪境界を超える者クロスオーバー≫として認めていないので、反応する義務はない。


なんだけど、


”≪堕ちた雌豚ルシファー≫ってことは≪冥府の日輪ラストサン≫様に認められたってこと?”

”それはないんじゃない?≪境界を超える者クロスオーバー≫にしては名前が酷すぎるし(笑)”

”≪冥府の日輪ラストサン≫様に狼藉を働いたから、罰としてそう名付けられたんじゃない?”

”確かにそれはありそう。あんなに怒ってる≪冥府の日輪ラストサン≫様を見たことなかったしね”


意外と面白がっている信者が多くて困った。


「我の配下は≪境界を超える者クロスオーバー≫のみ。≪堕ちた雌豚ルシファー≫など知らぬ」


僕の言葉でこの騒動は決着した。


━━━


━━



「さぁ、始めるよ!」

「はい」


僕は今、学校の教室の一角に連行されていた。教室のど真ん中に二つの席。僕と佳純先生で仲良く座っていた。


「ズルいよ≪暖炉の聖女ヘスティア≫!私の≪冥府の日輪ラストサン≫様に密着して勉強を教えるなんて!」

「≪死者の案内人ネフティス≫の言う通りよ!教師としての自覚を持ってほしいわ」

「≪冥府の花嫁ペルセポネ≫の言う通りです。教師が生徒とマンツーマンで勉強を教えるなんて〇〇ピーの世界だけですよ?」


知恵の鉄女ミネルヴァ≫も勉強会に参加していた。どこから嗅ぎつけたのか知らないけど、抵抗するだけ無駄なので、好きにさせることにした。


すると、好待遇?に文句を言い始める≪境界を超える者クロスオーバー≫に佳純先生が静かにブチ切れた。


「毎日毎日毎日、お前らが私の教室で問題行動を起こすから職員会議に強制召喚させられてるんだよ~?おかげで生配信にも間に合わないし、サビ残させられまくるし、熊高先生クソムシと生徒対応のことで一緒に居させられるし、どうしてくれんの?」

「「「…」」」


三人とも佳純先生のガチ切れに本気でビビっていた。一応罪の所在が自分たちにあると自覚しているので、いつもみたいに言い返すことはない。


「これ以上暴れるなら、殺すぞコラ?ああん?」

「佳純先生、それ以上はダメですよ」

「はい!≪冥府の日輪ラストサン≫様ぁ!」


僕が佳純先生の頭を撫でると大人しくなった。


「う…羨ましい…」

「私がされたかったのにっ!」

「こ、これがNTR!」


なぜこんなことになっているかというと、佳純先生を羨ましそうに見ている≪境界を超える者クロスオーバー≫達のせいだ。


僕が一番の被害者なのは確かだけど、その次にとばっちりを受けていたのは佳純先生だ。ほとんど関係ないのにも関わらず事件を起こすのが自分の教室だということで上からお叱りを受けていた。見かねた僕は何かご褒美をあげなきゃいけないと思った。


その結果がこれだ。今日一日、佳純先生を甘やかしながら、他の≪境界を超える者クロスオーバー≫に見せつけるというものだ。普段なら絶対にやらないけど、変態共には反省してほしいので承諾した。


「ふふふ~。あっ、ここ間違えてるよ~」

「え?あ、本当だ」

「焦らずに行こうね」

「はい!」


佳純先生は僕の肩に頭を乗っけているので、少し動きづらい。それでもちゃんと教師をしてくれているのでこれくらいは許容している。


というか滅茶苦茶教えるのがうまいし、問題を間違えてもあの変態共とは違って傷付けられることがない。本当に素晴らしい先生だ。


「わ、わわ私の≪冥府の日輪ラストサン≫さまがぁ…」


詩も珍しく狼狽していた。というかへたりこむ音まで聞こえてきた。ここまでショックを受けていると、少しだけ罪悪感が湧いてくる。しかし、


「痛っ!」

「≪冥府の日輪ラストサン≫様、見ちゃダメだよ。アレは罠だから」

「え?」

「チッ」


佳純先生に手を軽くつねられて現実に戻ってくる。すると、後ろでスンとしている詩がいた。


(演技うますぎん?マジで騙されたわ)


幼馴染が多方向に天才すぎる。しかもその有り余る能力をすべて僕に使ってくるから超が付くほど恐ろしい。


「お兄ちゃん…なんで無視するの~、ヒッグ…私のことを嫌いになっちゃったの…?」

「愛莉!?」


愛莉の泣き声にいてもたってもいられなくなった。後ろを見ると、愛莉の眼からは涙が溢れていた。僕の成績を上げることよりも愛莉の涙を止めることが先決だ。しかし、


「ダメだよ!」

「離してください!愛莉が泣いてるんです!」

「騙されないで!≪死者の案内人ネフティス≫、右手に持ってるものを私に渡してもらえるかな?」

「え?」

「チッ」


そして、佳純先生に投げられたのは『意中の異性を泣き落としたい時に使う目薬』というものだった。もう一回愛莉を見ると、右手で頭をこっつんして、てへぺろしていた。


「…佳純先生ありがとうございました」

「気にしないで!しっかり成績を伸ばしましょ!…国語だけ(ボソっ)」

「ん?何か言いましたか?」

「ううん、なんでもないよ」


佳純先生はいつもの笑顔で僕を見ていた。


「あ~コホン」


詩、愛莉ときたら、あいつも動くだろうなぁと思っていた。


(変な声を出してるし)


「イクうううぅうぅ!」

「普通にうるせえ!」


ただの奇声を上げられた。


「あっくんのクセに私に意見とは生意気ね。このド変態」

「≪知恵の鉄女あんた≫だけには言われたくない!てかお前ら全員出てけ!」


僕は三人を無理やり教室から出して、鍵を閉めた。


「ふぅ…佳純先生、お願いします」

「うん!任せて!」


僕はようやく勉強にありつけた。


━━━


━━



佳純side


(まさか≪冥府の日輪ラストサン≫様と二人きりになれるなんて!あの地獄のような日々がようやく報われた気がするよ)


「佳純先生、ここが分からないです」

「あっ、うん!ここはね━━」


私はここ最近の疲れが一気に消えていくのを感じていた。≪境界を超える者クソ共≫のせいで呼び出され、監督責任で怒られ、熊高先生クソムシにマウントを取られたのは今日のためにあったのだと実感できた。


(はっ!これって≪冥府の日輪ラストサン≫様と一気に距離を縮めるチャンスなんじゃないの!?)


境界を超える者クロスオーバー≫の邪魔も入ってこない上に、二人きりでいれるチャンスなんて年に何度あるかと考えた時、私は攻めることを決めた。


「か、佳純先生…?近くないですか?」

「え~そんなことないよ」

「そ、そうですか」


(チョロい…)


警戒心が強い≪冥府の日輪ラストサン≫様とは言えども所詮は子供。大人の色香には勝てるわけがない。そうでなくとも私はモテるのだ。今までは愛が暴走して、少しだけおかしな行動を取ってしまっていたけど、普通にしていればいいのだ。


実際、佳純の作戦は成功していた。幸か不幸かヤンデレ成分のないスキンシップに対して、旭は免疫がなかった。


(このまま教室で○○○ピーしたいけど、そんなことをしたら≪冥府の日輪ラストサン≫様に逃げられる。ここは頼れる大人のお姉さんというイメージを付与するのが先決ね!)


未来への投資だと思うことにした。


「佳純先生、この問題は?」

「あ~それは、こう解くんだよ!」

「なるほど…」


(教える瞬間に身を乗り出しても嫌がる素振りを見せない!)


今日の一歩は大きい。これで≪境界を超える者クロスオーバー≫を出し抜けただろう。私が満足していると、


「佳純先生、ありがとうございます。おかげで本当に理解できました!」

「そりゃあ生徒が困ってたら助けるのは当然だよ」


なんてことない風に返しているけど、教師にとって一番嬉しいことは生徒からの感謝の言葉だ。その言葉をもらうために、安月給で働いているまであるのだ。


しかも、今、お礼を言ってくれているのは≪冥府の日輪ラストサン≫様だ。私が一番愛してやまない人だ。感動で内から色々なものが溢れてくる。


(ダメだよ佳純!今、あふれ出る情動を≪冥府の日輪ラストサン≫様にぶつけたら今までの努力が水泡になっちゃう!)


ギリギリのところで理性が感情を抑える。しかし、


「僕、佳純先生の生徒で良かったです!」

「…」


ピシっ


(ああ~もう無理だ)


理性の蓋は完全に吹っ飛んだ。


「≪冥府の日輪ラストサン≫様」

「はい?」

「教師との背徳○○○ピーにはご興味はおありでしょうか?」

「台無しだよ」


私は最後の最後でやらかして、教室から追い出された。


━━━


━━



最後の砦佳純先生を失った僕に残されているのは一人で勉強しかなかった。


「最初からこうすればよかったよ」


なんやかんやいって僕は勉強ができたから県内有数の山学院高校に入れたんだ。それに佳純先生のおかげでとりあえず国語はできる気がしてきた。だから、次は数学に行こう。そう思って、鞄をあけると見知らぬプリントが入っていた。


「なんだこれ?」


手紙が挟まっていた。


『去年の過去問です。私だと思って乱雑に扱ってください。 by≪冥府の日輪我が君≫の≪知恵の鉄女性〇〇≫より』


内容は最悪だけど、過去問は超絶ありがたい。


(シェーラ先輩、ありがとう!)


「とりあえず解いてみるか」


そうすれば、今足りない課題がわかる。それを埋めていけば勉強はできるようになるんだから、≪境界を超える者クロスオーバー≫は必要なくなる。さっそくシャーペンを握った。


━━━


━━



時刻は八時を回っていた。≪冥府の日輪ラストサン≫が鍵を開けるのを、≪境界を超える者クロスオーバー≫はずっと待っていた。


「はぁ…何が悲しくて貴方たちと旭を待たなきゃいけないのよ…」

「それはこちらのセリフです。≪冥府の花嫁おばさん≫は帰ってどうぞ?」

「愛莉こそ帰ったらどう?中学生が残っていていい時間じゃないわよ?」

「「…はぁ」」


詩と愛莉が喧嘩を始めようとするが、そこで止まる。もう何時間も言い合いをしているので疲れてしまったのだ。


「私は千載一遇のチャンスをどうして…!でも≪冥府の日輪ラストサン≫様に褒められちゃったぁ。えへへぇ」


佳純はさっきのやらかしと褒められた実感で後悔と喜びを行き来していた。


「それにしても本当に遅いわね。旭一人で勉強ができるようになるわけないのに…」

「私としては好都合だけどね。お兄ちゃんと一緒に授業を受けられるようになれるなら嬉しいもん!」

「その時は義姉共々よろしくね?」

「ざけんな」


噛みつく愛莉を軽く流しつつ、詩は佳純を見た。


「≪暖炉の聖女ヘスティア≫があんなに親身になって勉強を教えるとは思わなかったわ。留年させたいんじゃないの?」


ぴくっと動いた佳純は詩の方を見た。そして、ニコッと笑った。


「『国語だけ』できれば私を褒めてくれるじゃない。他の科目は全滅でも留年と感謝が得られるから一石二鳥だったんだぁ」

「淫乱教師を懲戒免職する方法とかないのかしら」


佳純の真の目的を知ったら旭はショック死するだろう。すると、ニヤリと笑う≪境界を超える者クロスオーバー≫がいた。


「どうかしたの、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫?」

「いえ、貴方たちが滑稽でね」


あくどく笑うシェーラに愛莉が訝しんだ。


「…どういう意味ですか?」

「どうもこうも私は貴方たちの先輩よ?私には過去問があることを忘れていたのかしら?」

「あっ」


過去問は下級生が喉から手が出るほど欲しいものだ。過去問があれば問題傾向を知ることができて、勉強時間はさることながら、高得点を取れる可能性が上がるのだ。しかも、


「留年させようと足を引っ張るあなた達に比べて、私は真剣に≪冥府の日輪我が君≫のために動いているの。誰が一番好感度が上がるのかは一目瞭然ね!今頃、過去問を解きながら、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫にどう感謝の種○○ピーをしようか考えているところでしょうね!」

「「「それはない」」」


けれど、誰もがやられたと思った。ただの変態だと侮っていた女は詩と並んで学校一の天才だ。その変態は虎視眈々と好感度を上げる瞬間を狙っていた。


すると、タイミングよく扉が開いた。これ幸いと言い寄ったのはシェーラだった。


「あっくん!私のあげた過去問はどうだった!?お礼なら、私と…の…え?」


シェーラの言葉尻はどんどんしぼんでいった。他の三人も同様に、絶句していた。それはあまりの衝撃だった。


「う…う、なんでだよ…どうして僕はこうなんだ…」


泣きながら旭が教室から出てきたのだ。手に持っているのはシェーラからもらった過去問。問題はその中身だった。


国語:0点

数学:0点

理科:0点

社会:0点

英語:0点


「「「「…」」」」


ほとんどの回答に丸が付いていることしかない四人には天地がひっくり返っても叩き出すことのできない点数だった。


そして、旭の勉強のデキなさを侮っていた四人はどう答えればいいのか分からなかった。そして、留年させようとしていた三人は謎の罪悪感を感じてしまっている始末だった。さらに救いようがないのは佳純と一緒に勉強した範囲まで一問も取れなかったことだった。


「べん…きょう、教え‥てくだ…さ…い」


情けないくらい何もできなさすぎる旭に対して、≪境界を超える者クロスオーバー≫達の心は一つになった。


((((本当に私がいないとダメダメなんだから!))))


旭への好感度は爆上がりした瞬間だった。

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