第17話 手掛かりなし
カチと芯を出しながら右手にはペンを、左手では手帳を出さんと懐中をまさぐる。言わずもがな、今昔変わらぬ記者の姿だ。
これだけ機能性、利便性に富んだ道具が溢れ返った世の中にいながらも、最後まで信頼できる道具といえば他に類を見ない。スマホやパソコンは仕事の必需品であり、ないのでも、使いこなせないのでもない。
だが何故か、重きを置くのは紙とペン。俺は昔ながらの古臭い人間なのだろうと、若き瞳に記者としての矜持を見せつける。
「ご主人を最後に見たのはいつですか? 服装は、何か目印になりそうな特徴的な物は身につけていましたか?」
朧気となった寺本巴の記憶を一字一句、漏らさぬ様にとペンを走らせる。さすがにツテを頼るといっても、何も手がかりがない状態での調査は骨が折れるというものだ。
そう思っての事だったが、一週間も前の服装にどれほどの価値があるのだろうかと自らも疑いつつの行動だった。無いよりは些かマシだろうかという程度の、薄い線をたどっていくより他はない。
あまり希望的観測は持っていなかったが返ってきたのは予見したよりも酷い現実。
何か奇抜な格好をしている訳ではなく、どこにでもある市販の服に年相応の風貌。中肉中背。少し髪の毛が薄く、細くなってきた白髪姿の老人は映るようで映らない。彼らはどこにでもいるし、どこで見かけたとしても大抵が不審に思われない事だろう。目撃情報はおよそないに等しいと言える。
その上。
「そうですか。見当たらないなら、財布やスマホは持っていったかも知れませんね。勿論、電話は繋がらなかったんですよね」
「ええ、そう。電源が入っていないって」
何度も頷いている。簡単に思い付くような方法は、もう既に試した後の事なのかもしれない。携帯も駄目となると、いよいよ素人考えでは手詰まりだと言えるだろう。
後はプロに任せるかなと虱潰しにかかる人員、費用を皮算用し、これは大きな借りになりそうだと身震いでゾッとする。損得を勘定し、まずは得られるものを得ようと努めて励むことにした。
「鞄を見せてはもらえませんか」
「鞄?」
気を抑えるよう、どしりと構えて言う。
「ええ、ご主人がいつも使っていたという愛用の鞄です。張り込みには欠かせない物だと奥さんがおっしゃっていた物ですよ。何か手掛かりがあるかも知れません」
「そう、そうね。待ってて」
思っていたよりも俊敏な動作で寺本巴は部屋を後にした。心配そうにしていた土村が、そのままちらりとこちらを見つめる。
「何か言いたげだな」
「いえ、その。本当に手掛かりが鞄にあるんでしょうか。その鞄があるから、銀二郎さんは張り込みに行っていないと思ったんですよね。だったら鞄には、なにも──」
何だ、そんな事かとスマホを取り出す。
「ああ、まずないだろうな」
言いながらメールを送る。寺本銀二郎の写真、概要、そして調査を依頼しておく。文末には未完を含む、と追加しておいた。見つかればそれでいいといったニュアンスを含んでおく。過度な期待は禁物だった。
「だったらなんで」
と問う土村に声を抑えるよう指示する。
「目的を忘れたのか。用があるのは寺本が何を掴んだかの方だ。張り込みに使った鞄なら、手掛かりがあるかも知れないだろ」
その目は若干の非難を帯びている。親身になる内に、情にほだされたのだろうか。素知らぬ顔をしてもう一人のツテに連絡を取っていると、寺本巴は鞄を手に戻った。
「ほら、これがそうよ。でもね、私も見たのだけれどね。何か手掛かりになりそうな物なんて無かったと思うわよ」
「ええ、念の為ですよ。当事者が見落としてしまうなんて事はよくある話ですから。こういうのはね、第三者の方が冷静に物事を捉えられて良い物なんですよ」
にこやかに鞄を受け取る俺を、第三者の冷静な瞳がじろりと捉えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます