第13話 燃焼
一言も聞き漏らすまいとし
「新米刑事だった響太陽に協力を仰がれたので、捜査に参加したということですか。あれ? でも友江さん、これって」
「ああ、恐らくは守秘義務違反だろうな。警察OB。元関係者だったとはいえど、捜査内容を漏らして良いわけはない。響の勇み足か、恩のある親族相手に気が緩んだか」
赤信号に捕まり、ゆるゆると停車する。止まった拍子に助手席の様子をちらりと窺ってみると、ピンと張ったシートベルトがかろうじて土村を押さえ込んでいた。
「早速、記事にしましょう。不祥事です」
「まあ、不祥事だろうな」
呑気に応え、視線を戻すと。
「でしたら」
ギシと音を立て、獰猛な猛獣は身に絡みついた枷を外そうとする如くもがいた。
拘束具の信頼性をまざまざと目の辺りにし、その存在に感謝の意を示して話す。
「記事にはしないがな」
「悪事を知りつつ、何もしないんですか」
身を封じられた獣は目で牽制し、鳴き声で威嚇してくる。尻尾を巻いて退散したい所だが、ここはあいにくと狭い鉄箱の中。逃げ場はないかと観念し、アクセルと共に一歩を踏み込む。
「言っても大事の前の小事。むざむざ巨悪を逃してどうする気だ。このまま泳がせるに越したことはないと、俺は思うがな」
火に油を注ぎ入れ。
「何をそんなこと。悪事に大も小も──」
引火、すぐさま消火に取り掛かる。
「とは言ってもな、手の出しようがない。妻である巴が語っただけだ。ましてや事件は、銀二郎の助力で解決をみせた後だぞ。今さらそんな違反行為、些末な事だ。覆せないな。組織立ってもみ消すのがオチだ」
ガクリと肩を落とし、意気消沈。
するわけもなく。若さという苛烈な炎は火元を求めて燃え盛っていた。こちらの身まで灼かれては困ると、我が身を守るため燻ぶる炎に向かう先を指し示す。
「響は、まあいい。未熟さ故の過ちということもあるからな。だが、銀二郎は違う。無事に定年を迎えた手練れの老兵だ。守秘義務を熟知し、守る事はできた筈だった。できていた筈だった」
「なのに、しなかった?」
目いっぱい開かれる瞳に熱量を感じる。それは俺が長らく忘れていた感覚だった。ガタが来始めたこの身体にも、まだ熱が、燃えカスが残っているのだろうかと、すこし焦げ臭くなってきた身体で柄にもなく言う。
「何れにせよ、銀二郎と話す必要がある。長い刑事生活でいったい何を磨きあげたのか。そして何を隠しているのかを、な」
ふふん、と土村は鼻歌交じりに返した。
「何だか燃えてますね、友江さん」
肩を竦め、運転に集中していると、土村は大きな鞄からノートパソコンを取り出してきてはゴソゴソとし始める。数度キーを叩き、とあるページを読み上げていく。
「vtuber、神無利かざり。株式会社virtualityと契約を結ぶ個人事業主。活動歴は五年。半年ほど個人勢として細々と活動していた時期があるそうです。黄色と白色を基調としたフリフリの衣装は、自身のモチーフでもある冠飾りをイメージしたそうですよ」
「冠飾り? モチーフ? 何の話だ」
目が悪いのだろうか。土村はやや画面に目を近づけて目を細める。指でなぞりつつ文字を辿っていく。
「設定の話ですよ。十七世紀テューダー朝時代から王家に伝わってきた、由緒正しき冠飾りに魂が宿った姿なんです。聞きかじりで育った王室育ちの秘蔵っ子でしたが質に流されてしまい、べらんめえ口調まで操るようにもなったんだとか」
「やけに詳しいんだな」
しきりに感心する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます