第5話 アイドルの黒い噂
当然、キャップは良い顔をしなかった。僅かばかり、首を右へ左へと。揺れたか、揺れないか。眉間を狭めて皺を寄せる。
不味かったかと口をすぼめた。このままでは、折角のネタを棒に振る羽目となる。俺がいくらフリーのジャーナリストだと言っても、何を書くにも自由というわけにはいかない。結局は記事を載せる場がなければ話にならず、フリーとなった今も新聞社、出版社との契約に縛られていた。
フリーとは名ばかりの、不自由な自由。
だからこうして各社を回り、お伺いを立てなければならずにいる。古巣である此処へたびたび現れるのも、何かと気にかけてくれるキャップに甘えての所が大きい。
強く出られぬ、弱き立場だった。
自覚はしている。だが、だからこそだ。取り扱うネタは自身で決める必要がある。長く細々とやって来たが、ここらで一発、どでかく打ち上がっておかねば先はない。
焦りからくる物なのか、キャップを相手取る弁に熱がこもっていき必死にもなる。仕事は自らの力でぶん取る物だと、いかに俺が横井よりも優位な場に立てているか、ということを証明していく。
「考えてもみて下さい。こんな可笑しな話があるものですか。警察が実名報道をした相手を無罪放免、釈放するだなんて」
周囲の目。特に横井の目を気にしながらキャップの方へ身を寄せ、声を潜めた。
「俺のツテに拠れば、高枝恵子の釈放には寺本銀二郎の存在が一枚噛んでいるらしいんですよ。きな臭いとは思いませんか?」
「どの辺りが、だ」
ぎろりと射るような視線に曝され、スッと指を差す。示す先は渡したICレコーダー。指で弾き、その存在を強くアピールする。
「寺本銀二郎が出張って来た、俺にはそれ自体がどうにも解せません。名刑事だったというのも昔の話で、定年を迎えた御老体にいったい何ができると言うんです。ましてや寺本は、vtuberのvの字も知らなかった」
「嫁さんもそう答えていたな」
言われて、寺本巴を思い出す。旦那の事を褒められてまるで我が事のように誇らしげにしていた。女の武器は若さと美しさだ。そして結婚した後は、旦那の地位と子供の学歴もその女の新たな武器となっていく。
世間の注目を浴びた事件を解決に導いた立役者。寺本巴は新たな武器を手に入れたということになる。知らない旦那の功績を伝えた俺は、さしずめ武器商人か。寺本巴とはその後も、良い関係を築けている。
そしてそれこそ一歩抜きん出た優位性。唯一無二の武器となってくれることだろう。不可解な寺本銀二郎の内情を探るために、妻の助力を得られるのはかなり大きい。
そう伝える前にキャップは口を開く。
「なあ、友江よ」
静かな語りで、
「このネタ。うちが頭か?」
と、浅はかな心奥を見透かす。
「最初に持ち込んできたのはうちなのか、と聞いとるんだ」
うっ、と言葉に詰まり、伊達にキャップを張ってるわけではないとお見逸れする。付き合いの長さも加味して、お天道様には筒抜けだったようだ。
「大方、大手に軒並み蹴られ、うちに流れ着いたという所か。逮捕の記事で高枝恵子が金になるとわかったお前が、大手に飛びつかんわけはないわな?」
図星を突かれ、
「仰るとおりで」
と答えるしかない。
「何ででしょう。どこもかしこも飛びつくネタのはずなのに、芳しくないんですよ」
「だろうな」
と、訳知り顔。
俺もようやく察する。
「どこかから圧力が掛かってるんですか?」
答えず、それが答えの代わりとなる。
「友江よ。あの娘っ子は、何者なんだ? うちみたいな弱小出版にまでとなるとだ。ありゃ、相当な金をばら撒いとるぞ」
記事にさせない様に手を打たれていた。道理でどこも渋い顔なわけだと納得する。
「社長の愛人か。幹部要職の女。御曹司の隠し子という噂もあります。事務所の優遇が酷い物でね。ごり押しにもみ消し、何かと黒い噂が後を絶たない。怪しい女です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます