同級生でルームメイト、そして血の繋がっていない年上の妹
雪乃しずく
同級生でルームメイト、そして血の繋がっていない妹
家族って結局なんだったんだろう。
わたし以外誰もいない始発の電車の中。地元のはずなのに大して馴染みのない外の景色を見つめていた。
家族。家に族。つまるところ一緒に住んでいれば家族だったりするのだろうか。
もしくは血筋の問題か、戸籍の問題か。
こういう時、習慣的にインターネットで調べてみようとしてしまう。現代人の悪い癖。
調べたところで出てくる答えはわたしが求めているものではないのに。
わたしが知りたいのは家族の定義なんかじゃあ決してなくって、感覚的なもの――皆が当たり前のように抱いている実感、そのものなのだから。
わたしは母と二人暮らしだった。
母と顔を合わせることは多いとはいえなかったけれど。それでも一応は同じ屋根の下に暮らしていた。
父が居ないのはそれはもうセンシティブな諸々で云々で。顔も声も知らなければ、生きているのか、それともとっくにくたばっているのかすらわからない。
何せ写真すら残っていない。父がいたと証明するようなものはわたし以外何も無い。
でも何となく容姿は想像出来る。顔が良くて、そして高身長。それが母の趣味だから。
あと、そう。母はモテる。今も、昔も。
高校生の子を持つシングルマザーにしては年齢が若めなのも影響しているだろう。
そんな母だけれど、過去に一度だけ結婚した事がある。相手は同じ子持ちのチャラチャラした男。確か当時三十なりかけぐらいの歳だったか。
定職にはついていないらしく、しょっちゅう喧嘩してた。
なんであの二人が惹かれあったのか、今も昔も理解できない。
子供目から見てもそれぐらい相性の悪い二人だった。子供の話で意気投合……なんて互いの性格的にもありえないな。
そんなこんなでわたしには姉がいた。
姉と言っても同い年。彼女の方が誕生日が早いだけ。
それに当時の彼女はなんというか……不安定かつ未成熟で。
まったく笑わないし、よく独りで泣いている小さな女の子だった。
悪目立ちする外見もあり、学校でも浮いていた。
どこまでもわたしと一緒だった。
似た境遇で同い年。わたしたちが仲良くなるのに、大して時間は要さなかった。
そして二年がたったある日。
とうとう義父が蒸発した。姉を連れ――わたしの唯一の家族を連れて、出ていった。逆に二年もよく持ったと思う。
それ以来、胸にぽっかり穴が空いてしまった感じがして。空虚だ。
当時はもはや悲しくもなくて、いっそ清々しい気持ちだったというか。
全てがバカらしく思えて一人で笑っていた記憶がある。
残っていたのはわたしが彼女の誕生日にあげた小さなテディベア。床にぽつんと転がっていた。
感情が胸をするりと抜けていく。すきま風みたいに冷たい風だ。
まだ、生きてるといいな。
……ダウナーな話はここまでにして。
その後も色々ありはするけれど、ざっくり言ってしまえばわたしは自分の家があまり好きではなかった。
だから、高校は寮のある所を選んで家を出るのも自然な流れだったと思う。
学校に行かせてくれるのは本当に感謝してる……けど。
結局、「ありがとう」も「さようなら」も、「行ってきます」とも言わなかった。
バスや電車を乗り継いで、移動すること大体三時間。
内陸の街から沿岸近くの田舎町へ。
駅近くには川が流れていて、遠くには冠雪した山が見える。三月中旬とは言え流石に北国。未だ冬の空気は色濃く残っている。霧が立ち込めていて、薄ら寒い。
それに川風も相まって中々凶悪。厚めのコートを来てきてよかった。
もう少し家にいても良かったかな、と少し後悔。
「……いや、何言ってんだわたし」
わたしでもホームシックになるもんなんだな。
頬を手袋を着けた手でぽんぽん叩いて喝を入れ学校を目指す。スマホによれば大体歩いて十分ぐらい。
そう言えば、四月にもなってもいないのに入寮してしまう子は珍しいらしい。
あるとしても入学前から練習に参加する運動部ぐらいなのだとか。
今や少子化に過疎化のダブルパンチでその運動部も数少ないみたいだけれども。
大抵は入学式一週間前から三日前ぐらいで入寮するらしい。
そこはわたしも初めての寮だし実際のところはわかっていない。
諸々の手続きを済ませて部屋に入ると意外と広い。
この寮舎は男女共同、十名ずつの小さな寮。
二人部屋がそれぞれ五つずつ。
同学年の子と同じ部屋に割り当てされる、って、聞いたけれど、そもそも入寮者が少ないから一人部屋になる事も珍しくはないらしい。その点でもほんの少し期待していた。
だけど、残念ながら一年生からわたし以外にもう一人入寮予定。
女の子らしいから彼女がわたしのパートナーだろう。期待半分不安半分。騒がしい子じゃなければいいけれど。
腕を伸ばしてくるくる回ってみる。
おー、ただわたしが酔っただけ。ちなみに結構余裕があった。
家具を置いていっても踊るぐらいの余裕は全然ありそう。
寮の相部屋には何となく二段ベットのイメージがあったのだけれど、普通にベットが二つある。
しかも保健室のベッドみたいにカーテンが付いてる。……これぐらいか。
慣れない部屋とは言え特段見るものもなく、そのうち窓から外を眺めてた。別に眠れるだけのスペースがあればいいし。
暫く横になっていたらもうお昼らしい。
お腹がぐーって間抜けな音を出した。立ち上がって窓の方へ。いつの間にか霧は晴れていて大きな雲がまばらに空を泳いでる、ひつじ雲って言うんだっけ。
こりゃ午後は雨っぽいな。
ドアからコンコンとノック音がした。
寮母さんだろうか。前髪を手櫛で雑に整えてドアを開けた。
「はーい」
「…………」
びっくりして言葉に詰まった。
そこには俯いた小さな女の子。わたしが身長高めなのもある。寮母さんではない。
となると上級生か、或いは同じ部屋の子か。
上級生は今帰省しているらしいから残る選択肢は一つだけ。同室の子だ。随分早い入寮だなぁ、と我ながら思う。
そしてびっくりしたのはその髪の色だ。
漆黒。読んで字のごとく、漆のように真っ黒。そんなロングヘア。
まるで子供がマジックで黒く塗りつぶした塗り絵みたいだ。
その上俯いているのもあるけれど、前髪が極端に長く見える。両目をすっぽり覆ってしまうぐらいに。
「あーっと、こんにちはー……かな? わたしは……」
と、このままでは行けないととりあえず名乗ろうとすると彼女と目が合う。
そうしたら彼女の肩が一瞬跳ね上がって後ろに一歩下がってしまう。うーん、と両手で頭を抱えたくなる。
こりゃ、どうしたものか。結構特殊な子みたいで。どう対応したらいいものか決めあぐねる。
わたしはコミュニケーションが得意な方ではなくて、だけれどこの子はきっと長い付き合いをしていく訳で。適当に対応する訳にもいかない。
そういえば昔もこんなことがあったような。
あの時わたしはどうしていたっけ。
「わたし、つきの。君は?」
……そうだ、ただ笑って目を合わせたんだ。お母さんが家に連れてくる、男の人たちの真似をして。
あの時と同じ様に彼女に目線を合わせて屈み、ただ微笑んだ。
すると彼女はその半目を見開いて、言った。
「……お姉ちゃん?」
彼女はわたしを見ると『お姉ちゃん』って。
確かにそう言った。
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