第15話 ストリートファイター(3)




「……誰だ、オメー」


 目の前の三人の怪人のうち、リーダー格と思われる、坊主頭で一番体格のいい男が、俺を凄んだ。


 俺は、少女を背後に庇う形で、怪人達の前に立ち塞がる。

 当の怪人から逃げていた少女は、体力の限界が来たのか道にへたれ込み、咳き込みながら俺の背中を、不安そうな目で見ていた。


「名乗る必要は無い」


 たったそれだけの煽りでいきり立ったのか、リーダー格の後ろに控える二人の男が、ポケットから機械小刀マシンヤッパを抜いた。

 俺も、『千秋せんしゅう』の柄に左手指を添え、すぐに抜刀できるように備える。


 しかし、リーダーの男は、刃物を抜いた二人を手で制し、表情を穏やかに作って俺に近づいてきた。


「──じゃ、名無しのオッサン。悪いがどいてくれないか。あんたが多少は『できる』って事くらいはあーしにも雰囲気でわかる。だがあーしらとしちゃ、そのチビさえ渡してくれるなら別にあんたとやり合う気はないんだ。お互い喧嘩は無しにしようぜ」


 リーダー格の男は、手をこちら側に差し出して、にこやかに言って見せた。少女をよこせ、という手振りだろう。


「こっちはさぁ、このとーり、そいつに足ィ撃たれてんだよ。痛いんだよ。辛いんだよ。こんなもん病院行けばすぐ直るけどよ、その病院代程度はそこのメスガキに稼がせてもらわねえと困るのよ。──身体で支払わせてでもな」


 リーダー風の男は血で汚れたカーキ色のズボンの右足をぶらぶらと動かして、強調する。


 一方、俺の背後では少女がふらつきながらも立ち上がり、ビルに手をつきながら、ここから逃げるタイミングを測っているような、あるいは、俺と目の前の男の会話を見届けるかのように、こちらの状況を見ていた。


「あ、あなたは……ゴホッ、だれ?」

 背後から、息も絶え絶えな少女の声。

 俺は少女の言葉には答えず、まずは目の前の怪人と対話することにした。


「──ああ、そうだな。お前の言う通り、喧嘩はよくない。だから、お前達が手を引け。病院代なら、代わりに俺がくれてやる」


 俺は装甲外套ヨロイコートの内側に乱雑にしまっていた小銭と数万円分の紙幣を、先ほど差し出された男の手に握らせた。


 リーダー格の男は暫く、不思議そうに手の中の貨幣を眺めていたが、やがて破顔し、吹き出した。


「……ハッハッハ!……正気か?オッサン。あんた随分と『いい人』なんだな。──だがな、実の所、金の問題じゃねーんだわ。……いいからあーしらの言う事聞いて、さっさと消えとけよ。……ケガするぜ」


 言って、男は、掌の中の小銭を握り込んだ。ぎゅうと握りしめた拳を解くと、小銭は全て反り屋根の瓦のように、握力でぐにゃぐにゃと曲がっていた。


 男はそのまま、歪んだ小銭を地面に投げ捨てた。地面に叩きつけられた小銭は、鈴を鳴らしたような軽妙な音を裏路地に響かせる。


 俺は一連の怪人の動作を、無感動に眺めていた。先程から、もっと気になる疑問を、目の前の怪人に対して持っていたからだ。

 俺は、思わず怪人に問いただす。




「……『あーし』って、お前、元は女か?」




「……だったら、どうしたって?」

 リーダー格の男──《スキン》のせいで男になっているだけで、元の性別は女──が、作り笑いに僅かに皺を寄せた。


 間違いなく、怒っている──それも、相当。

 いずれにせよ、少女を守るには、こいつらとの勝負は避けられなさそうだ。

 ならばこのまま煽れるだけ煽って、出来るだけ冷静さを失わせるとしよう。戦いでは、そっちの方が有利だ。


「いや……聞いた話じゃ、女の『スキン』は男のものよりも高価だからか、金が無い『元』女の怪人は、男の『スキン』で妥協するらしいじゃないか。金持ってる訳じゃなさそうだし、お前もその口だろう?その『スキン』、なかなかお似合いだぞ」


 坊主頭の男の額に、より深く皺が寄っていく。他の二人も、手の中の機械小刀マシンヤッパを強く握り込むなど、大変立腹している様子だ。

 どうやら、後ろの男共も、元々は女だったようだ。


「テメェ……殺されてぇのか」


「殺すだって?……お前らも、どうせこの子を殺して『スキン』にする為に追っかけていたのだろう?若い女の『スキン』は高いからな。『身体で支払わせる』って、そういう意味じゃないのか?」


 俺はさらにカチカチと、鞘を握る右手で、『千秋』の鯉口を切って、鳴らした。


 古い挑発行為ではあるが、目の前の男達には覿面な効果があったようだ。男達は今にも飛び出しそうな程に殺意走っており、もはや戦闘は避けられない状況だ。


「──怪人にも命の尊厳があると、俺は考えている。ここで逃げるのなら命は見逃してやるが、どうする?」


「……ほざけ。尊厳ならとうに傷つけられている。──後悔しろよ、カスが」


 ──罵声と共に、怒り心頭の表情となった怪人達が、自らの《スキン》を脱ぎ捨て、怪人としての姿を晒した。




 ──取り巻きの怪人二人は、互いに良く似た外見的特徴を持っていた。白とオレンジのハチワレ模様の体毛の方と、まさしく鼠色と呼ぶべきグレー一色の体毛の方。

 小さな耳を頭頂に二つ備え、長い肌色の尾を持ち、顔にはクリクリとした丸い目と、長いヒゲが数本生えている。


 ──リーダー格の男は、怪人としても動物としても、奇妙な姿をしていた。

 鳥類のように突き出した嘴と、水掻きがありながらも長い爪のついた両腕。丸さを持つ身体はビーバーやモグラにも似ているが、嘴のせいで鳥類が哺乳類か、分類に困る奇妙な外見だ。




 目の前の怪人、全員が猛獣怪人ケモノマンだった。それぞれ、カモノハシ、ハムスター、ネズミの怪人といったところか。


 カモノハシの怪人は初めて見たが、ネズミ類の怪人は確か、『世界怪人対策委員会』のデータでは、Eランク級の戦闘力の怪人だったはずだ。


 つまり、俺が負ける要素は、ほぼないという事だ。

 ──ならば、丁度いい。


「──『電動』、『経始』」


 レイディンから受け取った装甲外套ヨロイコートの性能を、こいつら相手に試すとしよう──!




 ──かくして、路地ストリート闘士ファイター達は向かい合った。

 赤コーナーは、人間オレ

 青コーナーは、怪人ヤツら

 観客は、謎の黒い服の少女。

 雨降りて、未だ乾かぬコンクリート・リングの上、視線は互いの、敵のみに向けられる。

 

 両者は決して相容れぬ生命。

 両者は決して交わらぬ運命。

 獅子奮迅の殺仕合、生き残るは、人間オレか、怪人ヤツらか。


「行くぞ、人間」

「来い、怪人」


 ──闘争のゴングは、鳴った。






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 カモノハシ好きです。

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