VS蜘蛛女

第4話 刹那の見斬り




「う、嘘でしょう……?」


 人間と怪人の殺仕合。

 先手を取ったのは人間オレだった。

 理由は単純で、俺の方が蜘蛛女よりも移動速度が速くて、攻撃速度が速かったからだ。それだけに過ぎない。


「怪人並みに……早く……動ける?そんな人間が……居るはずが……」


 蜘蛛女の言葉は、正しい。

 人間と怪人の身体能力差は、最弱ランクのEランク怪人でさえ、常人の3倍とされている。

 走力についても同様、根本的に人間は怪人の速度について行く事はできない。


 ゆえに本来、白兵戦で人間が一対一で怪人に正面から勝つ見込みはない。

 一説では、人間がEランク怪人一体を討伐するためには、最低でも三名以上の訓練を受けた兵士と、同じ数の自動小銃が必要とされる。


 だがそれは、闇黒電剣流エレクトロニック・アーツの威力を考慮しない場合の話だ。


「まさか……まだ生き残りが居たの……!」

 蜘蛛女の足元の水溜まりの中に、夥しい量の鮮血が降り注ぐ。


 噴水のようにぶちまかれる血の出どころは、彼女の右腕──否、『ついさっきまで右腕がくっついていたところ』だ。


 蜘蛛女の身体には、右肩から先が無かった。

 俺に斬り飛ばされた蜘蛛女の右腕は今、偶然乗っかったタクシーの屋根の上で、切断面から血を噴きながら、ビチビチと水揚げされた魚のように跳ねている。


「……闇黒電剣流エレクトロニック・アーツッ……!」

 蜘蛛女の声には、もはや先程までの余裕は一切無かった。


 蜘蛛に酷似した女の顔から表情を読み取るのは、人間である俺にとっては難しい。

 それでも今、蜘蛛女が心底から恐怖していることは、何となくわかった。




 ──2秒前。

 俺と蜘蛛女は、お互いに同時に相手に向かって走り出し、攻撃を仕掛けた。

 蜘蛛女の初撃は、俺に向かってつけた助走を活かした、ボレーキックだった。


 ただのキックとはいえAランク怪人が放つそれは、人間のものとは段違いの脅威である。

 そのスピードとパワーは、常人にとっては携行ミサイルの直撃と等しい。


 胴にまともに喰らえば皮膚は爆ぜ、内腑は破裂し、背骨は砕け、たやすく死に至るであろう。


 だが、まだ遅い。

 闇黒電剣流エレクトロニック・アーツにとっては、Aランク怪人すらまだ遅すぎる。


「……『電動』・『経始』」

 言霊と共に、俺の掌の中で、ぱちり、と蒼色の火花が散った。



 ──闇黒電剣流エレクトロニック・アーツ

 対怪人剣術として名を馳せたこの武術の基本は、『生体電流』の操作にある。


 自然界で電気を操る生物としては、有名なもので電気鰻やシビレエイなどの強電気魚が存在するが、強電気魚に限らず、菌類や原核生物、魚類・鳥類・爬虫類──そして人間など、あらゆる生物はその体内で微弱な発電を行っている。


 それらのあらゆる生物の中で発生する電気を総称して生体電流と呼び、生体電流があるからこそ、生物は神経系を通して音や匂いなどを知覚し、脳を動かして思考し、筋肉を動かして運動する事が出来るのだ。


 ならば、もしも。

 もしも、その生体電流を、人間が自らの意思で増幅し、操作できるとしたら。

 もしも、肉体修行によってその力を身に付ける事が出来るとしたら。


 その者は──怪人に負けぬ身体能力を発揮することが可能となるだろう。

 その者は──成るだろう。

 怪人を滅ぼす斬獲者にして、全ての人間を衛る最強の戦士──『剣士サムライ』に──!




「『内功』・『流転』……」

 しっかりと視線は蜘蛛女に向け、走りながら、さらに言の葉を継ぐ。


 全身の筋肉内の発電細胞が活性化し、身体を駆け巡る生体電流の速度が加速していく。

 電力の供給により肉体に力が漲り、感覚が冴え、思考速度は加速する。

 踏み込む右足はより速く、続く左足はさらに速く。

 蜘蛛女に近づく一歩ごとに、俺のスピードは指数関数的に上昇する。




 体内に収まりきらない余剰電流が、エネルギーの逃げ場を求め、蒼色の火花となって体表のあたりで弾ける。

 体内に電気が満ちれば満ちる程に、火花はその数と激しさを増し、やがて全身を包む蒼色のオーラとして、この身を照らす。

 雨が降って身体が濡れている分、普段よりも多くの電気を体外に持っていかれているが、問題はない。


 既に、蜘蛛女を倒すには、十分な量の電気が体内に溜まっている──!


 蜘蛛女の蹴りが、空を切る音と共に眼前に迫る。

 だが、既に電流により動体視力が強化されている俺にとっては、蜘蛛女の攻撃はスローモーションも同然。

 蜘蛛女の蹴りが俺の頭に命中するまで、後1メートル。

 俺の主観で、蜘蛛女の距離が、スローモーションで縮まっていく。互いの目線の方向すら分かるほどに、接近していく。

 あと80センチ、50センチ、30センチ、10センチ……。


「!」


 ────────今だ。




「……『颶風斬ぐふうぎり』!」




 俺は、極限まで引きつけた蜘蛛女の蹴りを必要最低限の動きのみで躱し、すれ違いざまに斬りつける。



 ──音も無く、刃は肉と骨を、両断し。

 蜘蛛女の右腕は、切断された。




 蜘蛛女と俺が、互いに飛び掛かってから腕を切断するまで──僅か、2秒。


 僅か2秒で、互いの実力差は明らかとなった。





 ─────────────────────

 次回で決着です。

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