第18話 マリとぬいぐるみ

 日曜日になった。

 俺は店喫茶店ラッセルを出て、商店街の方をぶらぶらする。

 本日は店を開けると、父さんと瑞希に事前に伝えてあったのだ。二人でデートすると、告げてあるのだ。

 父さんからは揶揄されたが、俺は気にしない。

 俺たちは婚約者同士だ。

 デートの一つや二つ会ってもいいだろう?


 と、俺は商店街に向かって、いい服を探し始める。

 午後のコンサートのために、服装を購入しなければならないのだ。恥ずかしながら、家には一着もコンサートのための服装がないのだ。

 理由は単純。俺はコンサートにでないと思っていたからだ。

 今となって裏目に出たのだ。


「タキシードは高すぎるし、スーツでいいか?」


 本来だと、タキシードが定番であるが、スーツでもOKである場所が増えている。

 だから、俺は洋服店に行き、スーツを購入するところからスタートなのだ。

 洋服店で黒いオーソドックスのスーツを着用してみる。

 鏡の前に立ってみる。自分の情けない顔以外は完璧だ。ネクタイを締めれば、これで完璧。スーツ姿な自分がいたのだ。

 俺はこのスーツを購入することにしたのだ。


「さて、待ち合わせまでには時間があるっと」


 まだ時間に余裕がある。

 俺は街中をうろうろすることにした。

 スーツ姿で街をうろうろするのは、何かオシャレな気がしたが、社畜になればこれも当たり前になってくるのだろう。

 でも、俺はコーヒー屋の息子だ。

 スーツ姿で街中をうろうろすることはないだろう。

 そんなこんな繁華街を歩いていると、俺はとあるものに目がつく。

 そいつはピロンピロンと機械音を鳴らしていた。

 UFOキャッチャーだ。景品は手のひらサイズの白いぬいぐるみだ。どうも、女の子が好きそうな景品ではあったのだ。ゲームセンターの前にその機械が配置されていたのだ。

 もし、俺はこれを取れたなら、マリに渡せば好感度が上がるのではないか、と自分で疑問に思える。


「よ〜し! いっちょやるか」


 ゲーセンなんて行ったことがない俺は無謀なUFOキャッチャーに挑むことになった。

 まずは千円を両替機に入れて、百円玉に交換する。

 十枚もあれば十分だ、と甘い考えを浮かべると、そのまま俺はそのUFOキャッチャーに投入する。

 ピロピロ音が鳴るとともにクレーンを操作できるようになった。

 俺はレバーでクレーンを操作する。

 無知なので、ぬいぐるみの真ん中を狙った。


「いけ!」


 と、俺は叫ぶと共にアームを降ろすボタンを強く叩いた。

 アームは狙い通りにぬいぐるみの真ん中の方に降りるが、アームは貧弱でぬいぐるみを捕まえることはできなかったのだ。

 スカッと、ぬいぐるみを一瞬掴むと離したのだ。


「ちくしょう! もう一度だ!」


 俺はバカなので、もう一回同じところを狙った。

 今度はアームが全力を出せると錯覚するのだ。

 でも、アームはやはり貧弱でぬいぐるみを取ることをできないのだ。


「なんだ! このクソゲーは!」


 俺は暴れ出す。

 このゲーム難しすぎないか?

 アームを狙い通りに狙っても、ぬいぐるみがピクッと動かない!

 ゲームとして成立しているのか? こんなの?

 俺は長いため息をすると、ふと隣を眺める。

 一人の老人が隣のUFOキャッチャーの台を遊んでいたのだ。

 彼の鞄を見ると、大量のぬいぐるみをキャッチしている。店員さんも困った表情をしているが、どうしようもなく老人を見逃している。

 一人一つまでと記載されていないから、老人は大量のぬいぐるみをゲットしていたのだ。


「ほらよっと」


 俺は老人を観察していると、老人はぽんとボタンを押す。

すると、クレーンが降りていき、アームはぬいぐるみの腕の方と降りる。それはぬいぐるみの真ん中に降りていない。これじゃあ、ぬいぐるみを掴めない。

 と、思った矢先に奇跡が起きる。


「っつ!?」

「ほいよっと!」


 アームはパンダのぬいぐるみを引っ掻き、景品受け取り穴の方へと落ちていく。

 なんて、巧手なんだ! こういう技があるとは、目から鱗が落ちる!


「あ、あの!」

「ん? なんじゃ?」

「俺を弟子にさせてください!」


 老人の達人技に俺は思わず頭を下げた。

 老人は俺を一瞥すると、白い長い髭を触った。眉間のしわを寄せてから、俺の訪ねてくる。


「坊主。お主はどうして、ぬいぐるみが欲しいだ?」

「か、彼女に渡すためです」


 俺は真実を答えると、老人はうむ、と顔を頷かせるとこう語る。


「100点じゃ。女のために努力する男子はいつも輝かしい! お主にUFOキャッチャーの秘伝を教えしよう!」

「ありがとうございます!」


 俺は礼を言うと、老人はほほほと高笑いをする。


「お主。何を取りたいのかね?」

「この白いクマのぬいぐるみです」

「むむむ。このぬいぐるみは高難易度じゃぞ? それでも取りたいのかね」

「はい! 彼女のプレゼントには打って付けです」

「よろしい。お主よ、百玉を入れるが良い!」

「はい!」


 俺は老人に言われた通り、百円玉を機械に投入する。

 すると、機械はピロピロと言う機械音を鳴らす。俺はレバーでクレーンを操作しだす。


「狙いはクマの腕じゃ!」

「え? 真ん中ではないのですか?」

「そうじゃ。この機械こアーム力は貧弱なのじゃ。捉えることはできんのじゃ」

「はい」


 俺は言われた通りにアームをクマの腕に狙う。

 狙いがさ待ったところで、俺はボタンを下ろそうとするが……


「まだじゃ! この機械に乱数があるので、まだ押してはいけないのじゃ」

「はい!」


 老人の指示に俺は従う。乱数ってなんぞ? と懸念に思ったが、教われる限り、それを疑問視しちゃいけないのだ。

 この老人には老人の主観がある、それを信じるのみだ。

 しばらくすると、老人は目を輝かせて合図を放つ。


「今じゃ!」

「はい!」


 俺は言われた通りのタイミングにボタンを押す。

 すると、クレーンは降りてきて、アームがクマの腕を引っ掛ける。

 本当にこれでよかったのか? と俺は冷や汗をかきながらクレーンの行方を見守る。

 すると……


「え!」


 アームはクマの腕を掴み、そのまま持ち上げる。そして、最後に景品受け取り場所へと持っていったのだ。

 俺は白いクマをゲットすることができたのだ


「見たじゃろ。これがこの機械のコツじゃ」

「ありがとうございます! 師匠!」


 俺は景品受け取り場所から白いクマを受け取ると、老人にお礼を言い放つ。

 老人は優しい目をしながら、白い長い髭を触ったのだ。

 ……案外いい人なんだな、と俺は思わず思ってしまった

 

おっと、こんなところで時間を費やしてはいけない。

 と、俺は自分のスマホを取り出して時間を確認する。

 午前11時45分だ。

 まずい、待ち合わせは駅前12時だ。遊ぶのに熱中すぎてしまったのだ。

 

「ありがとう師匠! 俺、行かなきゃ!」

「おう。気をつけてな」


 師匠とお別れを言うと、俺は急いで駅の方へ向かった。

 駅前の大きな時計台の前に待ち合わせをしたのだ。

 俺は時計台の方に行くと、マリはピンクのドレス姿で待っていたのだ。


「遅れてごめん!」

「いいえ。わたしも今来たばかりです」


 マリは優しい微笑みを浮かべた。

 俺は遅れたことに罪悪感を感じた。

 遊びすぎてしまった、今度はプレゼントは買うことにしよう。時間を浪費するUFOキャッチャーはしないようにしよう。


「そうだ。マリ。お前にプレゼントがある」

「え?」

「はい」


 俺は白くまのぬいぐるみを彼女の方に手渡す。


「ゲームセンターで取ったんだ。受け取って欲しい」

「ありがとうございます。ハルキさん」


 マリは白いクマを受け取ると、満面な笑みを浮かべていた。

 俺は救われた気分になる。時間を費やしたまで、ぬいぐるみをとった甲斐があった。

 天使のような笑み、俺の心の中を踊られされたのだ。

 


 


 






 

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