第5話 神速金魚鱗の釧(カムハヤカナイロコノクシロ) Ⅰ

 タワーマンションの最上階の1室。

 緑の合間にビルの林立する都会の街並みが一望できる広いリビング。大きな窓の前面にどっしりとしたマホガニーのデスクと応接セット。

デスクと揃いで誂えられたであろう大きなひじ掛け付き椅子に深く座った男性。室内なのにサングラスをかけ、ダークグリーンの三つ揃えにひどく趣味の悪いネクタイをしている。

机上には5台の少しづつ色を変えた電話器。その手前で両手を組み肘をたて頬杖をついて電話を待っている様子。

左手首には、金のロレックス。右手薬指には、青銅の玄武らしき模様の指輪。それら装飾品以上に目を引くのが、爪を溶かさんばかりの指先から手の甲へかけたやけどの跡である。

 1台の電話が鳴る。

「私だ。曜子を捕まえたのか。大切な囮だ。丁寧に扱え。聡は、痛めつけただけ。それでいい」

ふう。と息を吐く。男の目線の先には、そこだけ太陽の光が当たらないようにビロードのカーテンで区切られた一段上のスペースがあり、白木で作られた13本脚のテーブルが置かれていた。

 「今年も卯の祭りは、行えなかった。が」

というと。

さっき鳴ったのとは違う電話の受話器を上げ操作をした。

「亜多加銀行古都本店の貸金庫を借りる。手配してくれ。すぐにだ」


 亜多加銀行古都本店。100年以上前に造られたレンガ造りの建物の裏に地上5階地下2階の建物がある。レンガ造りの建物は、顧客が訪れる営業室として使われ、裏の近代的な建物は、銀行全体の事務センターとして使われている。

営業室の一番奥には、営業部長席。その隣の席から副部長が大口融資の案件につい

て資料を提示しながら、営業部長へ説明している。

 二人の前に事務役席の出木できがメモを片手にやってきて

「お話し中、申し訳ありません。少しご相談させて頂きたい案件が発生いたしまして」

 と交互に二人の目を見た。

 資料から同時に顔を上げた二人。副部長の小田原が、一旦本部長の方を見てから小さく頷き

「ここで大丈夫な話しですか?

会議室へ行きますか?」

と尋ねた。

「実は、まったくお取引のない方から至急の貸金庫の開設依頼がございまして」

 出木の言葉尻にかぶせて

「会議室へ行きましょう」

 と営業部長が言った。二人ともすぐに、普通では断れない客筋からの依頼なのだと判断し、三人は会議室へと急いだ。






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