イベントの走り方

「おおよそのソーシャルゲームで、共通するように……。

 本作のストーリーイベントにおいても、ポイントランキングで争うということは、すなわち、どれだけ実弾と時間を注げるかという争いになります」


 背後のホワイトボードへ、「実弾(お金)」「時間」と書いた後、俺は生徒たちに振り向いた。


「先生、質問があります」


 挙手したのは、生徒の一人だ。


「なんでしょう?」


 顔におっきな刀傷のあるおじさんへ、俺はにこやかに答える。


「アイドルたちのパラメーターとか、編成による組み合わせとかは、考慮する必要がないんですか?」


「ありません」


 その質問には、力強く断じた。


「それが関係してくるのは、もうひとつのランキング……ハイスコアランキングを狙う場合です。

 この場合、少しでも高いスコアを狙うため、フェス限定と呼ばれるアイドルカードを中心に、スキルの組み合わせや、場合によっては、各スキルの発動する秒数なども考慮しなければなりません。

 が、今日のテーマとなっているのはポイントランキングですので、それに関しては捨て置いてしまいましょう」


「先生、いいでしょうか?」


「どうぞ」


 うながすと、いかにもインテリといった風体のスーツ男が、眼鏡をくいと上げながら発言した。


「ですが、楽曲には各種の難易度が存在します。

 普通に考えたなら、最高難易度の楽曲をプレイし続けるのが、最も効率的なのではないでしょうか?」


 この質問には、他の生徒たちも腕組みしてうなずく。


「確かにな……」


「言われなきゃ、気づかなかったぜ」


「さすがは、インテリで知られる村田だ」


 インテリで知られる村田さんの質問は、なるほど、当然のものだ。

 わざわざ、難易度というものを設けているのだから、高難易度ほどリターンを大きくするというのは、ごく一般的な考えであろう。

 だが、俺はその懸念を、薄い笑みと共に否定する。


「その心配は、ありません。

 実は本作のストーリーイベントにおいては、最低難易度で得られるポイントも、最高難易度で得られるポイントも、全てが一律なのです」


 ――ざわ。


 ――ざわ、ざわ、ざわ……。


 ――ざわっ……!


 俺の言葉を受けて、教室にどよめきが走った。


「ポイントが一緒だと……。

 じゃあ、なんなら片手で最低難易度――2Mを叩いてるだけでもクリアできちまうのか!?

 初心者に無茶苦茶配慮してるじゃねえか!」


 自らのスマホを眺めながら、百地パパがおののく。


「………………」


 同時に、彼と並んで最前列の席に座る百地が、自分のスマホに何かを打ち込んだ。


「『クリア時に表示されるCからSまでのスコアランクは関係しますか?』。お嬢さん、いい質問です。

 これはさすがに関係します。

 具体的にいうと、Sでクリアした場合は504ポイント得られますが、これがA以下だと減衰することになります。

 ですので、皆さんは自分が無理なくスコアSでクリアできる難易度を選択し続ければ、よいわけです」


 俺の言葉を受けて、全員が手元のスマホを見る。

 おそらく、彼らはまだまだ最高難易度――MMをクリアできてはいまい。

 これはそれなりに慣れたプレイヤーでないと、フルコンボどころか、途中でダメージ――リズムを合わせるのに失敗するとライフが減る――を受けすぎて、ライブ失敗になっちまうからな。

 復帰は可能だが、貴重なジュエルを消費してしまうので、無理なく自分に合った難易度を選択してほしい。


「――ですが。

 これは、全てを手動で行った場合の話です」


 咳払いしつつ、俺はそう告げた。


「ポイントランキング2500位以内へ入ろうとする場合、膨大な回数のライブが必要となります。

 この全てを手動で行うなど、現実的ではありません。多分、腱鞘炎になります。

 そこで、活躍するのがこちら……」


 背後を振り返り、ペンでホワイトボードに書き込む。

 デカデカと書いたその文字は……。


「――オートパス」


 その文字を読み上げながら、生徒たちへと向き直る。


「皆さんも、すでに、その効果を試されていることでしょう。

 無課金ならば、一日に一枚……。

 サブスクプランへ課金しているならば、一日二枚支給されるアイテムです」


 俺の言葉に、一同がうなずいた。

 まあ、当然、多かれ少なかれ、使ってはいるよな。

 何しろ、これほど便利なアイテムもない。

 皆がこのアイテムについて知っていると理解した上で、あらためて解説する。


「このアイテムを使えば、すでにクリアした難易度のライブを、自動でプレイしてもらうことができます。

 ポイントランキングを狙うならば、基本的に、このオートパスによるライブ中心で回すことになるでしょう。

 皆さんも、お仕事やプライベートがあるでしょうし、お嬢さんや俺に関しては、今学期の中間テストがありますからね。

 いくら自動でプレイしてもらえるとはいえ、もちろん、テスト勉強に集中するのが一番なのですが……」


 と、そこで、ちらりと百地パパを見やった。

 これに関して、最終的な決定権を持つのは、彼を置いて他にいない。

 もし、彼が「勉強に集中しろ」と言ったのなら、さすがに、百地にも諦めてもらう他ないだろう。


「……まあ、こうして、おれもランキング入り狙う気満々で講義を聞いているんだ。

 お前が、イベントを走る……って、言えばいいんだったか?

 走ったとして、文句は言わないでやる。

 ただし、成績維持は前提条件だがな」


 学費だってタダじゃないのだ。

 父親として、将来の選択肢を広めるために、勉学へ打ち込んで欲しいという気持ちもあるだろう。

 にも関わらず、このように言ってくれる辺り、彼は相当に理解のある父親であるといえた。

 例え、自分も同じゲームに興じているという弱みがあるとしても、だ。


「それに、前に……いにしえの戦場だったか?

 そのために、朝から晩までパソコンに張り付いていたのに比べれば、ずいぶんとマシってもんだ」


 違った。諦念だった。

 そういえば、百地のやつ、かつては団長でもあったと言ってたもんな。

 そっか、いにしえの戦場から逃げなかったのか……。

 それに比べればマシというのは、あっちのゲームには失礼だが、まあ、分からんでもない。


「………………」


「うむ、そうだな」


 百地が何やらスマホに打ち込むと、百地パパは納得したようにうなずいた。

 多分、「がんばる」とか「成績は維持する」とか、そんな感じのことをメッセージで伝えたのだろう。


「いいでしょうか?」


 そこで再び挙手したのが、インテリで知られる村田さんだ。


「オートパスの枚数には、限りがあります。

 ライブ全てをオートでやるのは、難しいんじゃないですか?」


 彼がそう聞くと、何人かがうんうんとうなずく。

 そんな彼らに対し、俺は安心させるように笑みを浮べたのである。


「ご心配には及びません。

 そもそも、今回のイベント――スターツアーは、ライブやお仕事などでゲージを溜めていかなければ、イベント楽曲をプレイするためのアイテムが手に入りません」


「お仕事っていうと、アレか?

 スタミナを消費して、チケットがもらえるやつ」


 百地パパの言葉に、うなずく。


「このイベントにおけるお仕事は、通常のものと違い、先程言ったゲージを溜めてくれます。

 警告が表示されるので大丈夫だとは思いますが、イベントページからではなく、うっかり通常のお仕事を選択しないよう注意して下さい」


 そこまで言った後、俺は全員の顔を見回した。


「というわけで、今回は時間効率最優先なので、基本的にお仕事ですね。

 デイリーミッションの一曲以外は、お仕事を連打し続けてゲージ溜めすることになります。

 そして、このお仕事……知っての通り、たまにオートパスを落としてくれます」


 ――おお。


 言葉の意味が理解できたのだろう……。

 生徒たちの顔に、光明が差す。


「ここでひとつ、補足をしましょう。

 このイベントは、ある程度ライブやお仕事を続けることで、イベント曲から得られるポイントが五倍になることがあります。

 ――ここです。

 効率を求めるならば、ここ以外に、イベントアイテムを消費する意義はありません。

 そして、オートパスのドロップへと話を戻しますが……。

 その期待値は結構高く、個人的な体感では、五倍チャンスまでイベントゲージを溜めている間に、一枚くらいドロップします。

 それに加え、アイテム交換からマニー……ゲーム内の通貨を用いることで、月に十枚のオートパスを得ることも可能。

 両者を合わせれば、パスが枯渇することはそうそうないでしょう」


「よっしゃ!」


「道筋は見えたぜ!」


 百地パパや、インテリで知られる村田さんがグッと拳を握ると、他の皆さんもやる気を見せる。


「………………」


 百地は相変わらずの無表情だが、どことなく「やってやるぜ」という雰囲気が感じられるのは、俺の気のせいじゃあるまい。


「まとめると、デイリーミッションの一曲を除けば、ひたすらお仕事を連打し、イベントアイテムが貯まり、かつ、五倍チャンスが訪れたら、イベント曲をオートパスで回し続ける作業となります。

 とはいえ、皆さんはまだプロデューサーレベルが低い――すなわち、絶対的なスタミナが不足しています」


 自分のスマホを掲げ、スタミナのところを指しながら告げる。

 俺のスタミナは、181……。

 リリース初期からコツコツとプレイすることで、ようやくこの数字に達したのだ。

 目の前にいる彼らは、この数分の一くらいしかスタミナがなく、必然、そのスタミナに応じた回数のお仕事しかこなせない。


「これを埋め合わせるには、スタミナドリンクというアイテムが必要となりますが、当然、プレイ期間の短い皆さんは、その蓄えがありません。

 ならば、どうするか……」


 と、そこで俺は、ジュエルの部分に指を移す。


「――ジュエルです。

 これまでに、ミッションなどで得られたジュエル…。

 加えて、課金することで得られる有償ジュエル。

 これをガンガン割ることで、スタミナ回復に当てるのです」


 これが、ガシャを回す他に存在するジュエルの力……。

 余談だが、俺は実行に移したことが一度もない。

 だって……ガシャ回すのに使いたいし!


「ここで、最初の結論に戻るわけです。

 すなわち、必要なのは実弾……お金と、時間であると」


 背後のホワイトボードを、裏拳で叩きながら結論づける。

 だが、目の前にいる生徒――百地組のヤクザさんたちに、恐れの色はない。

 皆、覚悟を決めているのだ。

 それで終わってもいい……。

 ありったけの金と時間をぶち込んでやると!


「皆さん、覚悟はいいようですね」


 その面構えに満足し、俺はうなずく。

 そして、最後にこう尋ねたのだ。


「では、ここで、俺からも質問があります。

 ――なんで俺、ヤクザさんたちにソシャゲイベントの走り方レクチャーしてんの?」


 万田圭介、渾身のノリツッコミであった。

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