サクラ咲ク

 次の瞬間……。

 俺が見せた行動はといえば、迅速なものであった。


「――――――ッ!」


 声にならぬ声を上げながら、素早く椅子を引き、床にしゃがみ込む。

 そして、すぐさま端末横に存在する電源ボタンを押し込む!

 押し込むと同時、画面が暗転したスマホを手にしながら、再びマイチェアへと着席!

 時間にして……多分、コンマ一秒程度。

 おそらく、世界最速をマークしたと思う。


 超高速で繰り広げられたスマホの画面隠し。

 果たして、結果は……?

 ちらりと、隣の席をうかがう。


「………………」


 この教室において、隣の席へ座る少女――百地は、そんな俺をじっ……と見つめていた。


 ――間違いない。


 ――見られた。


 いや、凝視してたんだから当然だけども!

 ともかく、見られた……が、問題はそこじゃない。

 百地が、これを見てどう思ったか、だ。


 目下暗転中な我がスマホの画面を、見つめる。

 直前まで表示されていたのは、オファー機能の画面だった。

 そこには、オファーへ出されたアイドルが五人ずつ、並んで映されていたはずだ。


 未プレイ者が見たところで、その意味は分かるまい。

 ただ、二次元美少女がたくさん出てくるゲームであることだけは、察しがついてしまうことだろう。


 じっとりと、嫌な汗が背中を伝う。

 果たして、百地はどのような反応を見せるか?


「………………」


 ぷいっと横を向き、俺から視線を逸らしたのである。

 これを受けて、俺が抱いた感想はといえば、ただ一つ。


 ――助かった!


 ……この、一念であった。

 普通ならば、嫌われた、とか、避けられた、と、思ってしまうシチュエーションである。

 だが、俺の隣で勉学を共にする少女――百地に関しては、話がちと違う。


 ――百地。


 下の名前は……なんだったかな?

 ともかく、彼女という女子高生をひと言で表すならば、それは、人形のような美少女という言葉がふさわしいだろう。


 艷やかな黒髪は、腰の辺りまで伸ばされており……。

 確か、俺と同様に帰宅部であり、特に運動もしてなさそうだが、制服の上からうかがえるプロポーションは、なかなかのものである。

 顔立ちは、整いすぎているくらいに整っていた。

 ハッキリ言ってしまうと、テレビに出てくる同年代の女の子など、問題にならないくらいである。


 ……と、ここまで外見的特徴を列挙すると、人形のような美少女という言葉が、純粋な褒め言葉として思えるだろう。

 実際、外見を褒めた言葉ではあった。

 しかし、これはそれ以上に、百地という少女の内面を表した言葉であるのだ。


「………………」


 ショートホームルーム間近の教室内……。

 当然、彼女の右側では、別の男子生徒が着席するわけであるが、百地と会話を交わすことはない。

 これはまた、彼女の前に着席した女子生徒も同様である。

 それだけではない。

 何かの理由でこの付近を通った誰もが、彼女と挨拶などはしないし、会話もしなかった。

 そして、こんな光景は今この時だけではなく、終日に渡って繰り広げられているのだ。


 ……なんか、こうやって見たままを考えると、まるで百地がいじめられてるみたいだな。

 こう、大勢で一人を無視するアレだ。

 だが、これは別に、いじめているわけではない。

 百地という少女は、一切、誰とも会話をしないし、挨拶すらしないのである。

 彼女が口を開くのは、授業中、先生に当てられた時など、やむを得ない事態だけだった。


 そうなると、誰も無理して声をかけることはしない。

 人間の個性っていうやつは様々で、中には、誰かと話したり、挨拶をするのが嫌でたまらないという人間もいるだろう。


 積極的に挨拶をしたり、社交的であったりするのは善性だと思うが、それは、嫌がる人間に押しつけるべきものではないのだ。

 そのことを分かっているから、もう、誰も彼女に挨拶はしないし、話しかけない。


 ゆえに――人形のような美少女。

 自分から話しかけたり、何か行動を起こすことは決してない。

 最後方の席に飾られ、クラスを睥睨へいげいする生きたドール……それが、百地という少女なのだ。


 だから、助かったという感想に繋がる。

 彼女が、俺に話しかけてくることはない。

 また、誰かに話すこともないだろう。

 ワンチャン家族とかに話す可能性はあるが、それは俺にとって、どうでもいい赤の他人であった。


 つまり、俺のオタク趣味が露見することは――ない。

 Q.E.D。証明終了だ。

 ふぅー、焦っちまったぜ。

 だが、こればかりは仕方がない。

 わずかな……ごくわずかな、可能性ではあるが……。

 ゲーム画面を見た彼女が、そのことについて話しかけてくるかもしれなかったのだから……。


 だが、それはないと実証された!

 実に、晴れ晴れとした気分だ。

 こうなると、ヤニでも食いたくなるぜ! 吸ったことはねえけどよォー!


 俺は、心から安堵しながら、ショートホームルームの開催を待ったのである。

 そんな風にしていると、だ。


「………………」


 ……何か、視線を感じた気もした。




--




 合間に十分間の休憩を挟みながら、四つもの授業を立て続けに受ける。

 学校教育というやつは、冷静に考えてみるとかなりの詰め込みぶりで、いくら学生の仕事が勉強であるといっても、集中力を維持することは難しい。

 必然、授業中にはこっそりノートへイタズラ書きをしたり、手紙を回し合ったりといった行為が行われた。


 まあ、ある意味、そうやって自主的に頭を切り替えてはいるわけだよな。

 大人だって、仕事の最中に軽い雑談をしたりすることはあるんだろうし、人間には、そういう瞬間も必要なんだと思う。

 もちろん、バレたらごめんなさいするし、おっかない先生が授業する時は、そもそもやらないんだけどさ!


 ……が、この万田圭介、ノートなどへのイタズラ書きならともかく、クラスメイトとのヒソヒソ話や手紙の回し合いには、入学以来、縁がない。

 理由は単純。

 ……地理的な要因である。


 我が席は、窓際最後列。

 すなわち、左側に着席している生徒はおらず、そちら側の動線は存在しない。


 また、右側に座っているのは百地であり、こちらは俺含むあらゆるコミュニケーションから距離を置いているため、やはり、動線として死んでいた。


 なら、前の席はどうか……。

 いや、いくらなんでも、前後の席で無駄話してたら怒られる。

 手紙を回すにしても、それがオレに回ってくる時というのは、この俺を終点とする時なわけで、あいにく、そのような用件は今の今まで存在しなかった。


 え? スマホがあるじゃないかって?

 まあ、そうねえ……。

 クラスのチェイングループには当然登録してあるし、何人かとはアカウントも交換してあるのだが、こういった時、密かに雑談を交わすような仲じゃない。

 まあ、友達としてのタイプの問題だな。

 彼らは良き学友なのだ。普通に良い意味で。


 そんなわけで、だ……。

 雑念に流されることなく、先生の板書を咀嚼そしゃくしながらノートへ書き写していたわけだが……。

 すうっと……。

 右側から、差し出される手があった。

 そして、その手は、折り畳まれた紙片を置いて、元の場所へと素早く戻ったのである。


「……?」


 混乱し、思わずきょどって周囲を見渡す。

 いや、紙片の意味が分からないわけじゃない。

 これは紛れもなく、内緒のお手紙だ。

 だが、差し出し人に関しては、まったくもって意味が分からない。


 何度もいうが、俺の席は、窓際最後列。

 右に座ってるのは、百地だけである。

 ゆえに、ゴムゴムの実の能力者や、子供の頃やってた魔法使いライダーがクラスに紛れ込んでいない限り、彼女がこれを置いたということになった。

 ちらりと、様子をうかがう。


「………………」


 あらまあ、綺麗な横顔ですこと。

 百地は、いつも通りの無表情で、黒板に視線を送っている。

 百地本人の手紙ではなく、誰かから回された手紙をこちらに寄越してくれたのか?

 しかし、そういうのを引き受けるタイプとも思えないのだが……。


 まあ、とにかく、手紙の中身を見なければ始まるまい。

 先生にバレないよう、こっそりと折り畳まれたこれを開く。

 そこには、こう書かれていたのだ。


『放課後、体育館の裏に来てほしい』


 ほうほう……。

 ふむふむ……。

 俺の脳内で、桜の花が満開となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る