第7話 URL。

「えっと、梶君? って何かな? その……いつもみたいに志穂って――」


 志穂は困った顔で目を見開く。キレイな眉間が神経質に歪む。俺は瞬間的に現実に引き戻された。


 佐々木やミキティーナ、そして琴音のおかげで、どうもないつもりになっていたが、そんなの気のせいだ。急激に嫌な汗が背中に流れた。


 今朝まで。大好きだった女子の裏切り。他の男……イケメンの木田とラブホの入り口に消えた映像が、また頭に浮かぶ。


 人はそんな器用じゃない。ラブホに消えた後姿だけで思考は止まらない。ふたりだけの部屋で、裸で向き合う姿を想像しないのは無理だ。


 木田とになっておいて、素知らぬ顔で話しかけてくる神経がわからない。ぶっ飛ばしてやりたい衝動に駆られる。


 喧嘩だってしたことない。いつも楽しく過ごせたと思ってたのは俺だけなのか⁉ 口の中が酸っぱい。胃の中のものがまるで逆流してきそうだ。


 だけど、そうはいかない。いっそ吐いてしまえば楽になれるかも知れないが、体はそんな便利に出来てない。


 何がダメだったんだ?


 もし、不満があるなら、ふたりで話し合ってからでも遅くないだろ。いきなり他の男とラブホに行く理由を知りたい!


 俺の中のすべての疑問や憤りに答えを出せるヤツがこの世界にいるだろうか、いるなら答えてくれ、何がダメでどうすればよかったんだ……


 何が正解なんだ⁉


 俺はギリギリのところで頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えた。それはこんな寝取られ男の肩を持ってくれた、佐々木やミキティーナ、琴音にこれ以上醜態を見せたくないから。


 これくらいやり抜ける男だと信じてくれてるから、いつも通り接してくれているんだ。


。ビーフストロガノフって実際どんな味なんだ?」


「なに言ってんの、カジジュン。ビーフストロガノフはよ。バカなの? だから


「お前、絶対知らないだろ?」


「はぁ⁉ 見てなさい。次の日曜は絶対あなたの胃袋握ってやるわ! あと『お前』って言うな、惚れてまうやろぉ……(ぼそっ)」


「声ちっさ‼ 委員長、声張れよ~~」


「ミキティーナ。あなたには関係ないわ。私は呼び捨てとか、お前呼びにきわめて弱い。おっ、と失礼。澤北さん、性癖なんて言っちゃった。ごめんなさい」


「委員長、いきなりキラーパス出すなや! あとミキティーナ呼びはだけな? さっき佐々木に言ったの聞いてなかったのか?」


「あの…」


 俺は思いっきり志穂をスルーしようとしていた。その思いを汲んで琴音が志穂に対する嫌味を会話に乗せた感じだが、届いてないようだ。


 だからまったく空気が読めてない。空気が読めてたらこんな事言えない。


「あの、和田さん。悪いんだけど、梶君と話したいの。梶君、大丈夫なの?」


「澤北。梶が大丈夫って?」


「佐々木…さん、大丈夫は大丈夫よ。1限目保健室に行ってたから心配で……」


…そうなんだ。、ふぅん~」


 ダメだ、これ以上佐々木に迷惑掛けられない。核心は俺が言うべきなんだ。佐々木を悪者に出来ない。


 でもここで口論を始めたらどのみち巻き込む。嫌だけど、志穂とふたりになれる場所探すか?


 ふたりになってどうする? 志穂は口がうまい、反論できなくて言いくるめられないか? 志穂の前で佐々木にしてしまったように、泣き崩れるなんて絶対にダメだ。


 でも、いまこの話に触れたら相手が誰であれ涙腺崩壊は避けられない。そんな姿を晒したら付け込まれる。同情かもだけど、いま佐々木桜花は俺の彼女なんだ。


 カスカスになっている心に無理やり勇気を注ぎ込んで、勢いよく立ち上がろうとした俺の肩を誰かが押さえた。


「⁉」


「おいおい、ダメだろ。そんな澤北ちゃんだけ、のけ者なんてかわいそうだろ? いじめだ、いじめ。ここは心優しい僕がお助けしようじゃないか!」


「高坂、お前……」


「はい、は黙ってる。澤北ちゃん、これ僕から


「えっと、高坂君……最後のって」


「まんまだよ、まんま! それよかケータイ出してよ。あっ、いらないなら送らないよ? あとでいじめだとか言わないでね? じゃないとタッチしないよ?」


 タッチとはスマホ同士をかざすだけで、簡単なデータをやり取りする短距離通信アプリのこと。


『タッチ!』


 電子音声と共に通信が完了したことがわかる。


「一応言っとくけど、URL送ったから。閲覧は自己責任で。ジュン、連れション行こうぜ、連れション!」


「あっ、梶君! 待って!」


「あんさぁ、澤北サン。高坂と梶っち連れションなんだって。どうすんの高坂洩らしたら、梶っちが粗相の後始末しなきゃでしょ?」


 そう言って後を追おうとする志穂をミキティーナが足止めした。結局俺は何も出来ないまま、何も語らず周りに助けられ逃げた。寝取られ男がやりそうなことだ。


 俺たちは結局トイレにはいかないで、廊下の窓から体を突きだして外の空気を吸った。


 いつもなら「風を感じさせてくれ!」だとか「俺はあの風のように生きるのさ!」などと騒ぐのだけど、今日はお互いそんな気分じゃない。


「いつ知ったんだ、高坂は?」


「今朝。朝練後に後輩から。お前は?」


「朝着て、佐々木に保健室に拉致られた」


「なにそれ、優しい~~、ジュン。もう付き合っちゃえよ!」


「あっ……」


「悪い、今朝のことだもんな」


「いや、その……付き合ってる、さっきから」


「マジかよ、なんでお前だけ彼女が次から次へと……」


「ふたり目な? ちな、1人目は寝取られた(笑)」


「自虐ネタかよ~~」


 俺は友人たちに支えられ、どうにか呼吸が出来た。今頃教室では高坂に渡された学校の裏サイトURLから動画閲覧した志穂は青い顔をしているだろうか。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る