2018.7.吉日:スイカ割り


「あつい……」

「……それな……」

「あり得ないっしょ~……」


 それぞれが口々にこの時期特有の呪いの言葉を吐きだした。

 場所は空港。

 だが、ここは常夏の島、という謳い文句のあの場所


「来た~~~~!! おっきな~、わっ!」

「古い……」


 それぞれが飛行機から降りて、外界と接するロビーに到着した時、ムアっとした熱気がロビーの玄関から入ってきた。風が、生ぬるい。ぬるいを超えて熱い。熱波だ。


「はいさ~い、めんそ~れ~。ようこそおきなわへ~~」


 ニコニコと笑顔で挨拶したのは目の覚めるような青色のデッカい花柄のアロハシャツを着てやたらと元気なお姉さん。案内してくれるのはどうやらこの『磯永コーポレーション御一行様』と書かれた旗を掲げているお姉さんなんだろう。


「え~と、みなさ~~ん! ちょ~~~っとよろしいですか~~~~?」

「「「はい?」」」


 あまりの暑さに皆参ってるようで、返答の声もだるそうだ。


「これからバスに乗って、ホテルまで移動します~。乗り物酔いとかあったらすぐ知らせてくださいね~」


 元気すぎる添乗員のお姉さんを横目に、暑さにやられた社員一同はもう沈黙していた。

 今回、社員旅行で沖縄に来れたのは各部署の第1部隊。部を半分に分け、入れ替わりで別日に来ることになっている。

 3泊4日と短いような長いような沖縄滞在が、部のトップのくじ引きで第1部隊に決まった時、ガッツポーズで喜んだのは遡ること3ヶ月前の話だったのだが。

 まさか、この時期すでに沖縄がこんなに暑いなんて知らなかった……とは本人たちも思ったことだろう。7月初旬だというのに、なんと気温は余裕の30度超え。太陽はジリジリと肌と地面を焼け焦がし、車のボンネットからは蜃気楼が立ち上っている。


〝本当に同じ日本なのか?〟


 そう思わせるのも仕方ない。東京の空港を出る時は、小雨ふりしきる梅雨冷えした寒空の中、全員長袖を来て目的の飛行機に乗り込んだはずなのに。気温差は15度以上、体感では20度近かった。


「おねえさん、ここからホテルまでどれくらいかかるんですか?」

「あ~、えっとですね~。そんなにかからないですよ~。ご予約いただいた時、北部は観光で行くだけで、と承っていたので、宿泊は3泊とも同じ南部のホテルです~なので、明日は遠出しますが大丈夫です~バスで20分くらいです~」


 やたらとのんびりした応答に気が抜ける。

 だが、添乗員のお姉さんも言ってた通り、バスの移動に20分。到着したホテルはかなりランクの高いリゾートホテルだった。

 沖縄で南部にあるホテルにしては珍しくリゾートホテル感もすごい、値段もそれなりすごい、とのこと。ツアーの予約受付と相当交渉してもぎ取ったらしい。


「お、おぉ……すごい……」


 ガーデンプールとインドアプールを備え、オーシャンビューとハーバービューが選べる個室に4人1組での宿泊になっていた。

『1人ずつの部屋になると、別途半額を個人別に徴収しますけど、どうします?』

 企画していた広報にそう尋ねられれば、1も2もなかった。それでも噂によると4つ星ホテルというのだから相当なものだ。


「いや~、これは……すごい……オーシャンビューのホテルなんて初めて泊まるわ~」


 感心して橋田が言うと、下北沢もため息をつきながら呟いた。


「ほんと。こんなむっさい人たちとじゃなくて彼女と来たかった~」

「おま、今それ言うなよ!」


 部屋に到着してすぐに荷物の整理を始めた汐見に佐藤が


「え? なんか、どっか出るの?」

「……お前ら、バスの中で話聞いてたか?」

「いんや?」

「何かありましたっけ?」

「っは~~……」


 呆れて汐見が自分の腕時計を指差す。


「今、何時だ?」

「11時」

「だな。お昼、どうするか聞いてたか?」

「???」

「……たしか、え~と、夕食はレストランだから、昼はバーベキューで、とかなんとか……」


 佐藤が、怪しい記憶を辿って答えた。暑さと興奮のあまりバスの中で行われていた説明を聞いている人間などいなかった。この部屋のチームでは汐見以外全員が。


「だな。ちなみに、今回、準備するのは開発部だ」

「え? マジ?」

「そうだ。早く支度しろ、橋田!」

「え、ぇぇ~~~」


 見るとすでに汐見の下半身は海パン姿で、上半身だけワイシャツになっている。


〝??? あれ? き、着替えてたっけ?〟


 怪訝そうな顔で佐藤が汐見の海パンを見ていると、汐見は笑いながら


「海パンはズボンの下に履いてたんだよ」

「え! いつから?!」

「空港に着いてトイレに入ってから」


〝なんつう用意周到な! ってか、ちょっとは着替えシーン見れると思ったのに!〟


 佐藤の淡い期待は見事に打ち砕かれ、さっさと準備を整えた汐見は気づいたら紺色のラッシュガードとつばの広めな帽子を被って廊下で待機していた。


「オレと橋田は先に行くから!佐藤と下北沢はまぁ、適当に」

「なんだよ!俺たち置いてけぼりかよ!」

「いや、営業だし、お前らも先に来たら手伝わされるぞ?」

「別にいいし」


〝汐見と一緒にいられるし〟


「えー俺はイヤっす……」

「じゃあ、下北沢は後から来い」

「うぃーす」


 そう言って、橋田と佐藤と汐見は3人一緒に降りて行った。


 BBQをするビーチの砂浜はすでにものすごい熱を持っていてビーチサンダルを持っていない人は近くの売店で島ぞーりを買う羽目になっていた。


 灼熱の太陽(熱い)!

 眩しい(熱い)白い砂浜(熱い)!

 眼前に広がるエメラルドグリーンの海!

 まさに夏!

 沖縄!

 リゾート!


 という風景だったが、熱さには勝てない。なのにその中でさらにBBQをしようと言うのだからちょっとやばいだろ、とその場にいる全員が思っていると。従業員らしき男性が準備中のテント内に入って来て


「一窯に2つ、業務用扇風機の貸し出しがありますので、そちら、ご利用くださいね」


 熱中症対策かなんなのか、色々と用意されているものを紹介された。


〝ありがたい〟と思った汐見は早速BBQの準備に取り掛かり、すでに準備を始めていた広報の数人と、人数を再確認した後、肉やその他の食材の個数がちゃんと全員に行き渡る数がどうかチェックした。


 BBQは滞りなく進み、全員が食べたり飲んだり海に入ったり、重役も良い感じでほろよい気分を満喫する頃には13時を回っていた。

 それぞれの親睦や歓談は進んで各部署間での交流も和気藹々わきあいあいと楽しそうだ。


「お疲れ。そろそろいいんじゃない?」


 佐藤は汐見を見て声を掛ける。紺色のラッシュガードは胸筋や背筋の形にそって汗染みを作っていて佐藤は


〝めちゃくちゃエロい……〟


 肌の上に着た一枚を剥ぎ取りたい衝動に駆られていた。


〝抑えろ俺……オーバーサイズな海パンは、マジ正解……〟


 今日の日のために甘勃ちくらいなら絶対わからないようなサイズをわざわざ選んで1ヶ月前に購入した。一緒に買い物に付き合った汐見に

『なんか、サイズあってないんじゃないか、それ?』

 と言われようと、いや、これがいい!柄が気に入ったから!などど言い訳して買った代物だ。汐見に勧められたピタっとサイズの海パンを間違えて買っていたら今日はもう動けなかったに違いない。


〝しっかし……この一枚下にはあの身体があるのかと思うとなんというか……〟


 ごくりと喉が鳴りそうになるのを抑えるのに必死だった。


『はい、ちゅうも~~~く!! さて~~! 盛り上がってるところ悪いですが~!』


 声を張り上げたのは今回の企画の1番の功労者、広報の山﨑詩織だ。よく通る声と、男女関係なく接すること、おちゃらけたキャラで人気者だ。


『今から! 各部署対抗のスイカ割りをします!! スイカは全部で10個!! 全員で割ることはできないので! 部署で1人代表を決めていただいて、割ってもらいます!』


「「「「おぉ~~~!」」」」


『そして! 1発で割れた場合! なんと! 景品がありま~~~す!!』


「「「すげ~~~!!! 今年の広報すげ~~~!!!」」」


『景品は~~~!! みんな大好き!! アマギフどぅえ~~す!!』


「「「えぇ~~!! なんか夢がな~~い!」」」

「「「やった~~~~!」」」


 賛否両論のコメントがそこかしこで沸いたが、そんなことお構いなしで、スイカ割りがスタートした。

 ここでもスイカを割るのは希望者ではなく、くじ引きだった。

 運がいいのか悪いのか、汐見はイの一番で割る権利を引き当てて。次々に他の部署のメンバーが決まり10人が選抜された。


「なんで、こんな時に当たるかなぁー」

「ほんと引き強いっすよね、汐見先輩。俺がやりたかったのに……」


 とは開発部の盛り上げ隊隊長兼宴会部長・原田。


「オレだって知らないよ」

『あ~、引いた人は責任持って割りに行ってくださいね! 誰かと交代は厳禁で~す!』


 汐見の内心を見抜いたように山崎が釘を刺す。

 苦虫を噛み潰した汐見が、しょうがない、とスイカ割りの列に加わった。

 割る順番はじゃんけんで決め、開発部は最後だった。


〝まぁ、それまでにスイカ全部割れてるかもしれないしな〟


 などと呑気に構えていたが、結果は、最後まで3個が残っていた。


『さぁ~て!! 最後の大トリ~~!! 汐見さん! 気分はいかがですか?!』


 マイクを持って駆け寄ってきた山崎に、いや~な顔をした汐見が


『……がんばります』

『元気ないですね~! 汐見さんっ! みんな! 3個割り! 期待してますからっ! ねっ!』

『いや、普通に無理だろ』


 見ると、割れたスイカは片付けられているが、3個のスイカは間隔を5Mくらい開けて見事に散らばっていた。


『だいじょ~ぶです! 汐見さんほどの人なら! 心眼で! できますっ!』

「……山崎、お前がやれば……」


 ぼそっと汐見がこぼす。


「そんなこと言わないで。もっと盛り上がること言ってよ~」

「……キャラじゃねぇ……」

「まぁね~。ま、いいや」


『じゃあ~~! 最後のスイカ割り! 汐見さんですっ! どうぞ~!』


 その合図で、広報の他の若い男性が汐見にバットを渡して目隠しする。

 目隠しされた汐見にエロさを感じた佐藤はすかさずスマホを構えてシャッターを切った。そのまま動画に切り替えて汐見の行動を堪能している佐藤。

 バットを砂浜につけた汐見が取手の端に額をつけてぐるぐる回ったあと、ふらふらしながら、バットを前に構えて立つ。


〝あぁ~、目隠しもいいな~……バット構えてるのも。汐見、今度の試合いつあるって言ってたっけ?〟


 バットを構える汐見にも普通にエロさを感じるくらいになってしまっていたので、佐藤は今回の社員旅行では死ぬほど動画と写真を撮ろうと、予備のスマホとデジカメまで持ってきていた。


「汐見~! 右だ右~!」

「汐見さん! ストップー! もうちょい左~!」

「ちがうぞ! 汐見! あと3歩進んでからだ~!」

「しおみ~ん!」


 ちょいちょい野次が入るのもご愛嬌。

 そのままぐるぐると指示する声に踊らされながら、汐見が一つのスイカの前に立った。


〝あ、これ、今!〟


「汐見っ! 今だっ! 振り下ろせっ!」


〝佐藤! ここか!〟


 佐藤の声だけは別物として聞こえてきた汐見は、その指示を確信して容赦無くバットを振り下ろした。


 バグんッッ!


「やった!!」


〝やったか?!〟


『汐見さんっ! ナイスですっ!』


 山崎のマイク音声で、目隠しを取った汐見は、目の前のスイカが綺麗に割れてるのを確認してほっとした。


『汐見さ~~~ん! あと2個残ってますよ~!』

「……他のやつにやらせろよ……」


 若干ぐったりしている汐見に山崎が駆け寄ってきて


『大トリ!お疲れ様でっす!アマギフはメールで送りますね~!』


 というなんとも味気ない返答が返ってきた。


 わいわい騒いでいるテント内に戻ると佐藤が汐見に駆け寄ってくる。


「汐見、お疲れ! 綺麗に割れたな!」

「だな。っあ~、スイカの汁飛んだな……」


 見ると、ラッシュガードのあちこちにスイカの汁が飛んでいる。汗染みとは別の点々としたシミでわかる。


「海、入ってくるか?」

「ん~、や、ちょっとそこで一回流すわ」

「へ?」


 言うや否や、汐見がその場でラッシュガードを脱ぎ始めたので


「や、ちょちょちょちょ、ちょっと!」


 佐藤の方が慌てた。


「?? なんだ?」

「え、えっ、えっと、ちょっと待って!」


 そう言うと、自分のビーチバッグから今羽織っているものと似たような緩めのジップアップ式ラッシュガードを汐見に渡す。


「別にいいのに」

「いいから! それ着てていいから!」

「……まぁ、ありがとう」

「うん……」


〝あっぶね~~~!! あんなね! 首から下が白かったりとか、胸板の厚みとか、オレンジピンクな乳首を晒したら! ダメだって!! ただでさえ、脱いだらすごい胸筋と腹筋が……って、おい~~~!!〟


 佐藤が邪なことを考えてる端から、止める間もなく汐見は完全に脱いでしまい、佐藤を魅了してやまない上半身は露わになってしまった。


 すると、近くにいた女子が


「え?! 汐見さん! すごい! なんですか! めっちゃイイ体!!」

「そうか? あぁ、筋トレ日課だから」

「えぇ~~~!! ちょっと~~!!!」

「え? なになに?!」

「見て! 汐見さん! 隠れマッチョ!」

「わっ! ホントだ! すごい!」


 女子が騒ぎ出すのを見て、佐藤は


〝あぁ~~~……だからガードしてたのに、ホントにこの人は……〟


 自分の守護ガード虚しく女子に【汐見は隠れマッチョ】だということがバレてしまったことに。

 

 佐藤はとても、とても後悔した。




 これは、佐藤が汐見と出会ってから、3年後の話。


 誰にも邪魔されず汐見のそばで汐見の姿を愛でることができていたその頃の佐藤は、こんな時間がずっと続くと思っていた────





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