第33話 約束された北海道
突然だが納得がいかない事が一つだけある。
学校公認でバイク通学が出来るようになったので朝にバイクに乗ろうと準備をしていたのだが、それを見た同居人の一花が当たり前のように自分のバイクに乗り準備を始めている。
「ちょっと待て、一花はバイク通学しちゃダメだろ…。」
「はあ?ハルが良くてなんで私がダメなの!」
確かにきつねダンスの手伝いはしてもらったが踊ったのは俺だしフリーハグしたのも俺だ。校長も俺にしか許可を出していないし停める場所は俺専用である。
「ほらほら、細かい事は気にしない!遅刻しちゃうよ!」
そういうと先にバイクを出して出発する一花、俺も納得はしていないが一花の後を追う。
…
○○高校職員用駐車場─
校長が作ってくれたであろう『ハル専用駐車場』と立て看板を設置している場所に俺のバイクを停める。その横に一花が無断で勝手に自分のバイクを停めている。
「おーい一花、勝手に停めたら校長先生に怒られるぞ。」
「大丈夫、大丈夫、これから話をしてくるからちょっと待ってて。」
そういうと直接、校長室に向かう一花。俺は絶対に許可が下りないと思っていたが…。
「はい、もちろん!一花さんもバイク通学OKです!」
一花と一緒に校長が駐車場に来るとあっさりと簡単に許可が出る。滅茶苦茶納得がいかない。一花にどんな方法を使って許可を貰ったのか聞いてみた。
「えっ?そりゃ私とハルに転校されたくなかったら許可出しなさいって言っただけだよ。」
(あああああああ!きったねぇえええええ!!)
同じ芸能プロダクションに所属しているし俺の応援の効力は校長も知るところだ。俺が居なくなったら野球部の甲子園出場の夢が危うくなる事も知っている校長の弱点を突いたダイレクトアタックである。
俺が死にかけたキツネダンスとフリーハグを飛び越して許可が出た事におっさんの俺でも朝から納得がいかない。一花には今度、絶対にきつねダンスとフリーハグに参加させてやる。
…
教室内─
と言う事で授業中でも朝の出来事で機嫌の悪い俺、一花が悪い訳ではないが社会に出て感じる理不尽さを学生の身で久しぶりに味わうのは結構堪える。
とは言えいつまでも機嫌を悪くしているのは大人ではない。それに悪い事もあれば良い事もある。
そう思いながら気を取り直して授業を受けようとすると俺のスマホにメールの着信のバイブ音が体に響く。
「ん…誰からメールだろ。」
スマホを授業中の先生に見えない様にこっそりと確認する。
【新日本海フェリー…キャンセル待ちがお取りできましたのでお知らせします。】
このメールを受け取った事の経験がある人には分かるはずだ。まるで宝くじの1等に当たったかの様な感覚、全てが俺を中心に周っている全能感。
もちろんこの嬉しさを抑えずにはいられない。
「キターーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
俺が席を立ち上がり心の丈を全力で叫ぶ。
周りの同級生は口をポカーンとしてこちらを凝視している。先生も俺の勢いに負けて呆然と立ち尽くしている。
普段の授業態度は真面目で評判の俺であったが、そのせいもあって先生からの心底心配されている視線を頂く。同級生の顔も大丈夫?お薬いる?的な感じだ。
嬉しさの余りに立ち上がってしまったが数秒間で学級崩壊寸前の空気になっている事に気付きゆっくりと無かったかの様に静かに自分の席へと着席する。
「お、お騒がせしました。ははは…。」
(よーしやったぞ!Yes!Yes!Yeeeeeees!!!)
心の中でガッツポーズを取る、だがまだ嬉しさが発散しきれていない。あと少しで授業が終わり休み時間になる。貧乏ゆすりと体をくねくねさせながら落ち着きのない様子で待つ。
『キーンコーンカーンコーン♪』
授業のチャイムが流れると俺が一気に立ち上がると異変に気付いた一花が話し掛けてくる。
「ハル、一体どうしたの?」
「一花…とりあえず後で話す!!」
俺は一花の話を一旦止めて一気に体育館に併設されている柔道場まで走って向かう。
「…よしっ、誰も居ないな…いやぁーーーーふぅーーーー!!」
誰もいない柔道場に到着すると前転受け身を何回も繰り返し辺り一面で飛び回る。次に隣の武道場に置いてあるサンドバッグを見つけるとパンチとキックを繰り返す。
「うおおおおおおおおおお!!」
息を止めて全力で殴り続けて力を使いきった後にその場に仰向けで倒れこむ。
「はあはあ…やった、やったぞぉー…。」
仰向けから体を左右にゴロゴロと回転させて喜びを噛み締める。
3カ月も経ってはいないが1カ月ちょっとで予約が取れたのは嬉しかった。これで俺が北海道へ上陸出来る事はほぼ確定である。
予約戦争の勝者となったのだ。
「ハル…あんた何やってんの?」
心配になった一花が俺の後を追ってきた様だ。髪と制服がくしゃくしゃの俺を見て呆れた顔をしている。
「一花っ!やっと北海道行きのフェリーが予約取れたんだ!!」
俺が立ち上がり笑顔全開で一花の体を持ち上げる。
「やった、やったぞ!!」
「ちょ、ちょっと降ろしなさいってば!ハルっ!!」
しばらく嬉しさを爆発させた後、一花を降ろして二人でその場に座り込み今後の話をする。
「いやーごめんごめん、嬉しくてつい。」
「…いやいいんだけど、そんなに嬉しかったのね。」
頬を赤く染める一花をよそに俺は喜びを出し切って満足している。
北海道ツーリングはフェリーの予約が取れてからが本番である。取れる事を想定して動く事も可能ではあるがもし予約が取れなかった場合は全て台無しになるリスクがある。
「今日は家に帰ったら北海道ツーリングのルートを考えよう。」
「よく分からないからハルに任せる。」
今の俺の頭の中に北海道の地図がイメージとして映し出されている。すでにどうやって周ろうか粗方決めてあるが今回は初心者の一花も参加する事になっている。
それを考慮した上で2週間という期間をいかにうまく活かせるかが今回の鍵である。
…
ライダーズマンション自宅─
「ということで北海道ツーリングマップル!を購入しました。」
「わー…パチパチ。」
二人でテーブルの椅子に座り北海道ツーリングマップルを置く。俺のテンションに微妙に追いついていない一花。一度でも行けば俺の気持ちも絶対に解るはずだ。
「まず一花にはこのツーリングマップルで行ってみたいと思う場所を教えて下さい。」
俺がツーリングマップルを差し出すと一花が受け取りペラペラとめくり始める。少しすると顔をしかめる。
「ハルさ…地図に色々細かく文字が書いてあって見難いんだけど。」
「いやそこじゃなくて、絶景、食事、宿なんか特集しているページがあるだろ?そこに地図のページが記載されてるからそこから追うんだ。」
地図だけでは無くお勧めスポットも特集してあり地図のページも載っているので非常に見やすいのだ。地図の方にも細かく文字が羅列されているが一つ一つに意味がある。
だが初心者だと絶景スポットなんかを全て周ろうとするから大変である。俺も初めての時に絶景スポットを周りすぎてテントを設営する時間が遅くなった事もしばしばである。
ちなみに慣れてくると有名スポットのルートが頭に入るので地図無しでも行ける様になる。
「んー…良く分かんないけどルート決めって大事なの?着いたら適当に行けば良くない?」
「甘い、甘い…北海道の広さが分かっていないね。」
北海道は地図上ではそんなに大きく感じないが現地を走ると予想を超える大きさに驚かされる。行き先一つでも誤ると数十kmを戻らなくてはいけなくなるのだ。
「それにルート、目的地を設定するのは運転する事に対しても大事なんだ。」
目的地を設定しないで運転していると迷いが生じる、特に北海道の一般道は道も開けていて速度を出す車が多い。
目的地を過ぎてしまい焦って急ブレーキを掛けて後方の確認を怠ったり無理なUターンで追突される恐れがある。行き当たりばったりは上級者向けのスタイルだ。
「でも、行きたい場所はあるかって言われてもなあ…。」
「よーし、じゃあ俺が粗方決めてるルートをなぞるからそこから探してみよう。」
俺がルートを示していく、今回は小樽から上陸するのでここから北上する北海道ツーリング定番ルートである。
そこから宗谷岬、紋別、網走と道東へ向かいその後は根室から釧路、帯広まで行き襟裳岬から苫小牧を抜けて函館を目指す。
これだけでも2週間でギリギリ周れる範囲だ。ただしトラブルも想定して諦める所はきっちりと諦める事も大事だ。
「…ぷっ、なんか地図にソフトクリームの案内書いてるんだけどなにこれ。」
「北海道は生乳生産量が日本一だからね、その分おいしいソフトクリームがたくさんあるんだよ。」
「へー…。」
「…俺の胸を見るんじゃあない。」
北海道ツーリングマップルはソフトクリームの美味しい所をわざわざ注記してくれている。ただ地図に載ってないご当地ソフトクリームもたくさんあるので色々と試していくのも良い。
「まあ一花は初心者だし、一日の走行距離は200kmが目安かな。」
「へぇー…って1日200kmも走るの??」
「もちろん、それ位走らないと北海道周りきれないしな。」
「すっごい時間が掛かるんじゃないのそれ…。」
「掛かると思うでしょ、それが掛からないんだなコレが。」
本州と北海道の道路状況に圧倒的な差がある。それが信号機の数だ。本州では歩行者が多い為に信号機が沢山設置されているが北海道は違う。
RPGのゲームの様に町から町の間に人が少ししか住んでいない地域もありほとんど信号機が無いのである。もちろん都市部にはたくさん設置されている。
都市部以外の主要道路も空いているのが北海道の良い所だ。
「なるほどねー…こっちだと10km位しか離れてない場所でも信号機に捕まったり渋滞で30分以上掛かるもんね。」
「そういう事、中には600kmも走る人がいるけど、ほとんど1日をバイクで過ごす事になるね。」
「えー…折角、北海道に来たのにもったいなくない?」
「北海道に求めるモノは人によって違うからね、その人は走りを求めてるのかな。」
「…下着洗ってなさそう。」
「それは偏見です…。(俺も経験あるけど。)」
ソロツーリングで尚且つホテルに泊まるのであれば1日300kmを目安にルートを考えれば観光、食事などを余裕をもって行える。
キャンプツーリングならば200km前後で無いと到着が遅れる恐れがある。見て周りたい観光地、美味しい食事をとりたいのであれば余裕は持つべきである。
「本当は全部キャンプにしたいんだけど、一花の体力も考えて1日おきに宿を取ろうかと思います。」
「えー、私キャンプでも別にいいけど。」
「…体、めっっっちゃ臭くなります。」
「…う、うん宿を取るの賛成!」
キャンプ中はバイクでお風呂場まで走れば良いと思う人も居ると思うが、まあこれが面倒臭いのなんの。しかも夜の北海道は寒い、バイクで帰る途中に湯冷めをしてしまうのだ。
キャンプ場によっては温泉施設が併設されている所もあるのでそこでは問題はないのだが、やはり限界がある。
それにキャンプではなかなか疲れが取れないのだ。最初の内は楽しいのだが長く居れば居るほど疲れがぎっしりと溜まって行く。帰りのフェリーで即ダウンしている人はそれに該当する…と思う。
「行きたい場所はとりあえず決めているから、そこを目指しながら寄り道をする感じかな。」
「オッケー、今教えて貰ったルートで行きたい所考えてみる。けどさ…。」
「けど…どうしたの?」
「ハルってまるで北海道ツーリングに行った事がある様な話し方だよね。初めてなんでしょ?」
鋭い指摘を受ける、確かに俺は何度も北海道へは行っている。だがそれは光太郎(45歳)の時の話であってハルの体になってから行くのは初めてである。
「…一度、バイク好きの叔父さんが居て連れて行って貰った事があるんだ。あはは…。」
「ふーん…。」
あまり納得のいっていない一花だが、今はそれで良い。何より優先されるべき事は北海道ツーリングへ行く事だ。友人を騙すような後ろめたさを感じるが今だけは許して欲しい。
「あとはキャンプ用品だけど…テント、寝袋、BBQコンロ、座椅子…うーん。」
「キャンプ用品がどうしたの?」
「いや実は…。」
北海道ツーリングで一番のお荷物がキャンプ用品である、今言った物だけでもかなりの重量になり、快適さを求めると更に重量が上がる。しかも今回は2人分だ。
余り重すぎるとバイクでの走りにも多少影響が出る、さらに宿に泊まる時の荷下ろしが物凄い大変である。載せっぱなしでも良いが盗難の恐れがあるのでお勧めはしない。
今回は普通の女子高生2人なのだ必要な小物も多いし、あまりにも重量があると扱いきれない。おっさんなら力もあったのでゴリ押しで行けたが…悩ましい所である。
「せっかくのキャンプも簡素になっちゃうのはちょっと嫌だねー…。」
「うーんせめて荷物を積載する車1台が随行してくれれば楽に移動できるけど…そんな甘い話は…。」
荷物について悩んでいると自宅のインターホンが鳴る。
『ピンポーン♪』
インターホンのカメラで誰か確認するとマネージャーの
「マネージャーの饗庭さんだ、こんな時間にどうしたんだろ。」
俺がオートロック解除のボタンを押すと自宅の最上階まで饗庭が上ってくる。
「ハルさん夜分遅くにすみません、これ引っ越し祝いです。」
玄関先で高級そうめんの入った紙袋を手渡す饗庭、俺はありがたく引っ越し祝いを頂戴した。
「わざわざすみません、用事はこれだけですか?」
「いえ、ハルさん一花さんにお話しがありまして。」
俺が聞いてみると引っ越し祝いを渡すだけではないらしい。部屋の中へ案内をしてテーブルの席に着かせると俺がコーヒーを淹れて饗庭に差し出す。
「で色ちゃん話って何なの?」
年上の饗庭の事を名前で呼ぶ一花、さすが芸歴が長いだけあって先輩対応だ。
「はい、一花さんとハルさんの北海道ツーリングの件ですが佐竹から提案が有りまして。」
策士の佐竹からの提案に俺は少し警戒するが、一花は表情を変えずに話を聞いている。いつもの事だろうと考えているのだろうか。
「やはり事務所として未成年のお二人だけを行かせるのは問題だという話になりまして…。」
ここまで来て、やはり北海道は認めませんとなったら非常に困る。フェリーのチケットだって取ったのだ。おろおろする俺に対して冷静な一花が対照的だ。
「マネ(佐竹)の
「…佐竹が言ってた通り一花さんには通用しませんか。フフッ。」
俺が困惑した表情で二人のやりとりを見ているが全く意味が解らない。だが饗庭が冷静な表情のまま事務所側の方針と目的を話し始める。
「今回の北海道ツーリングへ保護者として私も同行致します。すでに同じ日程でフェリーも予約しておきました。」
「えーっ?」
まさかの饗庭も同行だ、一花はこれが解っていたらしい。未成年の2人旅なのは分かっているが事務所側も手厚い対応を取った事に驚いている。
「さらに売れっ子の2人が抜けた穴も大きいと言う事で、北海道ツーリングを撮影しながらの道中となります。この映像を編集してTVや動画サイトに売り込む予定です。」
「妥当な所って感じだね。」
俺はおっさん時代の時と同じで静かに北海道ツーリングを楽しみたいのだが、今の身分を考えると会社の方針に逆らう訳にもいかない。
そもそも一花が参加する時点で静かな北海道ツーリングは無理だと分かっていたが。
「当日は車1台でお二方を後方から撮影する予定ですので、宜しくお願い致します。」
車1台という事は…がっつり豪勢なキャンプツーリングが可能だと言う事。鴨が葱を背負って来るというが、まさにこの事だろう。
鴨は俺と一花だがまさか本当に甘い話が来るとは思わなかった。
「っま、ハルが懸念してたキャンプ問題も解決したって所でお腹減ったー!」
「そういえば私も夕食を食べずに来たのでお腹が減りましたね。」
北海道ツーリングの行程と体制が概ね決まった事、荷物の問題も解決した事で2人が安心したのかお腹を空かせている。
「じゃあ、昨日の作り置きしておいたカレーにしようか。」
俺が冷凍庫から凍らせたカレーを取出し解凍を始める。あの日からカレーを作ってくれと一花からせがまれる日々が続いたので作り置きを何個か作っている。
「色ちゃん…言っておくけどハルのカレーやっばいからね。」
「一花さん、こう見えても私グルメなんですよ。超一流シェフの味も知ってますから味にはうるさいですよ。」
冷静な表情で一花の忠告に対して自分の舌に自信を持つ饗庭だが、俺が用意したカレーを一口入れた瞬間にその自信が打ち砕かれる。
「うっ、うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」
「超一流を軽く超えられたねーモグモグ…。うーん、幸せ。」
饗庭の即落ち2コマを見て笑ってしまうが俺のカレーが好評である事は素直に嬉しい。
「ハ、ハルさん…ウチに嫁に来てください!!死ぬまで養ってあげますからっ!!」
「色ちゃん、カレー食べたらとっとと帰りなよー。ハルはウチのモンだから。」
饗庭の申し出を軽くいなす一花、饗庭の真顔がさらに真剣で少し怖いがあんたは女だ嫁には行けない、それに一花の俺をモンって俺は物ではない。
だが2人の食事風景を見ているとどことなく癒される気持ちになる。
北海道ツーリングに新たな仲間が加わり快適な旅になりそうだ。
(…もうこれ以上増えないよな。)
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