第20話 初めてのマスツー
自宅─
長い旅路も終えて帰宅してすぐに両親におみやげを渡したら凄く喜んでくれた、俺のSNSもチェックしていたみたいで今度は家族全員で行こうという話で盛り上がった。
翌日、朝御飯を食べたらすぐに自室からバケツ、洗車用手袋、パーツクリーナー、チェーンルブ、チェーンブラシ、洗車用洗剤を持って庭に出る。
ツーリング帰りの洗車
ホースから出た水を優しくバイクに掛けて汚れを取る、水が汚れを浮かせている間にバケツに水を溜めて洗車用洗剤を希釈して洗車用手袋を装着してバイクを手洗いする。
服は汚れても良い様に使い古したキャミソール、ショートパンツを着用して丁寧にバイクを洗っていく。
良く休日にマイカーを洗車する人達を見かけると思う。あれは自分の車が洗車によって綺麗になっていく過程を楽しんでいるのだ。ペットのシャンプー、グルーミングブラシの様な感覚に似ている。
『ライン!』
俺のスマホからラインが新規メッセージの連絡が入る、知り合いしか登録していないので誰かと確認してみる。
前田:【やっと免許取れたよー!】
教習所でライン交換した
俺:【おめでとうございます!良かったですね!】
前田:【ハルちゃんありがとう!今度良かったら一緒にツーリング行かない?】
おお、マスツーリングのお誘いが来た。光太郎の時には仕事の都合が大きく中々参加できずにいた。そうなると自然とお誘いも無くなる訳だが、そういう経緯もあってか俺はすぐに返事をした。
俺:【いいですよ、いつ行きますか?】
前田:【やったー!じゃあ明日の午前8時に新青梅街道沿いの〇〇のコンビニに集合!】
(明日かよ!!)
とは言え俺も今は学生の身分、バッチリGW休暇中なので断る理由が全く無い。二つ返事で了承する。
前田:【一緒にツーリング楽しもうね。】
前田とは教習所でも仲良くさせて貰ったし、これも何かの縁と思い楽しみにする。
バイク洗車の手を休めて両親のもとへ明日のツーリングの話をする。報告を欠かさないのも北海道ツーリングのため、両親も相手が女性だとわかり安心して了承する。
となれば後はバイクを洗車してピカピカにしてやらないと。俺はより一層丁寧に洗車を進めて行った。
新青梅街道沿いのコンビニ─
到着すると前田がすでに手を振って待っていた。その横にはアクションカムを構えた大柄な男が立っている。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします。」
俺が挨拶をすると前田が笑顔で寄ってくる。
「ハルちゃんおはよー、グラビア見たよ。凄い綺麗だったよ!」
「ありがとうございます。」
前田が明るく話し掛けてくる、どうやらあのグラビアもチェック済の様だ。
それよりも前田の乗っているバイクが気になり俺がそっと目をやる。
【YAMAHA SR400】
すでに生産中止になっているクラシックなバイクだ。早さよりもトコトコと走るバイクという印象がある、取り回しのしやすい事から初心者から上級者まで好まれるバイクだ。洗練されたデザインも後を押している。
「SR400ですか!良いバイクですねー。」
最近はカワサキのニンジャ、ホンダのCBRなどが良く見られる、SR400やエストレヤは見かけなくて少し寂しい。俺は前田のSR400にまとわりつく様に眺める。
「いやーウチの旦那がお前にちょうど良いからってお勧めしてくれたんだ。」
そういうとアクションカムを握った大男が俺の背後に来る。身長もハルの父親を超えて190㎝近い。
「…。」
無言の圧力である、俺が驚いて後ずさりしていると前田が援護に入る。
「これウチの旦那、ハルちゃんのファンでさ緊張してるの。」
ケラケラ笑いながら夫の紹介をする前田、前田の(旦那さん)とでも呼ぼう。
「あ、あのファンです。これにサインを…。」
旦那さんから色紙とマジックを渡されて心良くサインをする。
「ところでハルちゃんさ、相談があるんだけど。」
前田がそう切り出すと話を聞いてみる。
教習所で自己紹介した時に夫婦でバイクユーチューバーをやっている事は知っていた。ところが最近はチャンネル登録者が伸び悩みどうしようか旦那さんと一緒に考えた結果、俺との縁を思い出しダメ元で連絡した様だ。
もちろん、今日も撮影をする予定らしい。
「うーん…ちょっとマネージャーに相談してみますので待ってて下さい。」
スマホを取り出すと佐竹に連絡を入れる。
『おはようございますハルさん御用は何でしょうか?』
電話に出た佐竹にyoutubeに出演しても良いかと経緯の諸事情を説明する。少し悩んだ後に佐竹からOKのサインを貰う。
まだ正式な契約は結んでいないので問題ないとの事だが悪意のある第三者が俺を利用する事が無いと解れば基本OKらしい。
佐竹にお礼を言って電話を切る。
「前田さんマネージャーからOK出ましたー。」
そういうと俺に抱き着いて喜ぶと前田、その様子を旦那さんが撮影を始める。
「じゃあ、奥多摩湖目指してツーリング開始!」
前田が明るく言うが旦那さんはどうするのかと心配していたらコンビニの奥から爆音と共に【Harley-Davidson Vロッド VRSCDX ナイトロッドスペシャル】に乗って旦那さんが登場する。
激レア中の激レアバイクだ、乗り手を選ぶ通称『直線番長』だ。
「あの体躯なら乗れるよね…。しかもかっこいい…。」
身長が170cm前後の人でもフットブレーキ、シフトペダルに足が届かないバイクで俺が光太郎時代に試乗しようとして足が届かずに挫折したバイクだ。乗れる人が日本人に居るとは思いもしなかった。
少し話が脱線してしまったがツーリングを開始して3人で一緒に新青梅街道を西へと向かって走り出す。
途中の会話はバイク用インカムで行う、いわゆるハンズフリーの無線機だ。お互い有名メーカーを使用していたので互換性もバッチリだ。
隊列は先頭を前田(初心者)、中を俺(中級者)、殿を旦那さん(撮影)という感じで組んでいる。ちなみに並走するのは違反なので注意しよう。
「そういえばさハルちゃん好きな食べ物がホルモンって本当?」
「SNSで話題になってたな、俺も凄い気になってた。」
前田と旦那さんが俺の好きな食べ物『ホルモン』について話題を振って来る。
「あー…これ本当の事言ったら私、事務所に怒られるのでノーコメントで!」
もうすでに答え合わせな回答をすると前田夫婦が爆笑する。
「ハハハハ!やっぱ好きなんだ、普通女子高生と言ったらスタバとかパンケーキとかでしょ。」
「ハハハ、あのSNSの修正の仕方は絶対ホルモン好きだと思ってた。」
他愛の無い会話をしながら青梅市に入り新青梅街道から青梅街道に乗り換えて多摩川沿いの道を西へ進む。
都内とは思えない自然豊かな道で休日になると山へ向かう登山客も多く訪れるため歩道には人が沢山歩いている。
途中に信号機の無い横断歩道が見えてきた、歩行者が歩道で待機しているのを遠目で確認する。早めに前田にインカムで連絡を入れる。
「前田さん、横断歩道の前で停車して下さい。」
俺がそう言うと前田がゆっくりと減速して停車する。
「えっ?何かあったの?」
前田は気付いていない様子だが旦那さんは気付いていた。
「ユミ、信号機の無い横断歩道は歩行者が優先だから停車しなきゃダメだぞ。」
旦那さんが前田に説明していると俺達3人の後方から来たスポーツカーが凄い速度で追い越しを掛けて行く。横断歩道を渡ろうとした歩行者も音に気付き立ち止まる。
『ブブブブオオオオオオン!!!』
物凄い排気音だ。スポーツカーが一気に追い越し禁止車線を越えて俺達の横を抜き去って行く。
「「…っち、〇ねばいいのに。」」
俺と旦那さんがインカムでハモる。どうやら運転思想が似ている様だ。一般的に見ても相当に酷い運転である。
その直後である。
『プォワーーーーーーーーーーーン!』
大音量のサイレン音を出して道に隠れていた白いバイクが道路の安全を確認した後、勢い良く飛び出し先ほどのスポーツカーを追いかけて行く。流星の如く消え去っていった、あれは逃げられない。
どうやらここは白バイの待ち伏せポイントだった様だ。俺と旦那さんが胸を撫で下ろす。
「ハルちゃんに助けられたね。」
前田が感謝すると歩行者が横断歩道を渡り終えてこちらに手を振ってくれる、俺達も手を振り返してお互いに気分が良くなる。
再び走り出すと少し先で白バイに捕まっているスポーツカーが居た。悪事というのは誰かが絶対見ているものなのだ、悪の栄えためしなしとは良く言ったものだ。
青梅街道二俣尾駅近くのコンビニ─
走り出して1時間程経過したので初心者の前田に合わせて休憩を取る。
「ハルちゃんマジ感謝!」
前田が俺に抱き着いてくる、スキンシップの多い人だがおっさん的に悪い気がしない。人妻だが!
「ハルちゃん本当にありがとう、あのままユミが行ってたら最悪のツーリングだったよ。」
旦那さんも感謝してくれているが、マスツーリングはチーム。協力するのは当然である。独りよがりな運転は永遠に1人でやれば良いのだ。
「信号機の無い横断歩道で捕まるのは交通初心者に良くある事なんで早めに気付いて良かったですよ。」
笑顔でそう答えると前田夫婦は俺の頭を撫でまくる。
「もうハルちゃんウチの子になりなさい!」
似たような性格の夫婦だ、お陰でバイク用にセットした俺の髪が少し崩れる。
その後は順調に進み、いくつかのトンネルを抜けて行くと出口に奥多摩湖が現れる。奥多摩湖に沿って少し走り麦山の浮橋手前の駐車場にバイクを停める。
奥多摩湖に到着である。
奥多摩湖麦山の浮橋─
水道の水瓶として利用されている奥多摩湖、その真ん中を横断するように水面に浮いた橋がある。暑い季節になると水位が低くなってこの麦山の浮橋は通行禁止になる。限定的ではあるが水位の上がってる時期に是非とも行って貰いたい場所だ。
「うわー水に浮いてるよ、凄いー!」
前田が橋の上でおおはしゃぎしている。歳は俺より一回り以上も違うので浮かれる気持ちは少し解る。旦那さんの方はアクションカムを握って俺と前田を撮影している。
「んー気持ち良い場所だな。」
橋の欄干に肘を付き寄り掛かりながら湖と山を眺める俺。喧騒の無い自然音が心地良い。光太郎時代も良く奥多摩にツーリングで来ていた。暑い日は露天でアイスを頬張って寒い日にはホットコーヒーを飲んでゆっくり過ごしたものだ。
「ハルちゃん、一緒に写真撮ろうよ。」
前田が俺にそう言うと手招きで旦那さんを呼び三脚にスマホを固定させシャッターのタイマー設定を行う。前田と旦那さんの間に俺が入って3人でピースのポーズを取る。
『カシャッ!!』
無事に写真撮影を終えると駐車場に戻り小河内ダムへと向かう。
小河内ダム─
ここには奥多摩 水と緑のふれあい館が有り中にレストランが併設されている、丁度お昼時と言う事もあり昼食を3人で取る事になった。
「ハルちゃんって何でバイクの免許取ったの?」
前田から突然質問が来る、教習所で自己紹介した時も免許の取得理由は特に話してはいない。
「もう一度…いやえっと、北海道ツーリングに行きたくて。」
危うくもう少しで本音が漏れるところだった。
「だってハルちゃん16歳でしょ?北海道に行くなんて凄くない。」
前田が16歳で北海道に行こうとしている事に感心している。
「私だけじゃ当然、北海道に行けないですよ、私はたまたま周りの人達に恵まれていたし助けられたから挑戦できるだけですよ。」
俺自身の力だけでは北海道ツーリングに行く力は無い、本当に周りに恵まれていると思う。半分以上はハル自身の魅力的な才能の結果だが。
「ちょっと聞いた?16歳でグラビアやってる子の考えじゃないよ。天使だよ!」
「俺は益々ファンになった、ハルちゃんが引退するまでファンを続ける。」
前田が旦那さんに話を振ると旦那さんも俺の事をさらに気に入ってくれたらしい。もうちょっと天狗になった方が年相応なのだろうか…。
3人で食事を取った後に小河内ダムの上を散策する、途中で俺がアクションカムを持って夫婦水入らずのシーンも撮影する。…爆発しろ!(さっきまで天使だった人)
1時間程滞在した後、青梅街道を戻り新青梅街道沿いの朝に集合したコンビニへと入っていく。
「お疲れ様ー無事にツーリング終了!パチパチ。」
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様!」
前田と俺と旦那で互いを労う、コンビニでいつものワンダモーニングショットを買い少し談笑した。
「ほんと私ってばハルちゃんに助けられてばっか。今度は大人の私がハルちゃん助けないとね。」
「ハハハ、じゃあ私が困ったら助けて貰いますね。」
前田が俺に恩を感じているようだし困っている時は存分に頼ってみる。俺としては大した事はしてないけど。
「ハルちゃん今日の動画出来上がったらユミのラインで連絡するから是非見てね。」
旦那さんがそう言うと俺は笑顔で見させて頂きますと答えた。
2人とコンビニで別れて帰宅をする。
人と一緒にツーリングするのも悪くない、光太郎の時はマスツーリングをやった事が無かったので誰かと一緒にツーリングする事自体が新鮮だった。出来る事なら今後のマスツーリングのお誘いは積極的に参加しようと思う。
後日、動画が出来たと前田からラインで連絡が来たので俺と父と母、一同がリビングに集まりテーブルの上にノートPCを開き一緒に視聴する。
前田夫婦のバイク動画なのに俺が結構メインで出ている…横断歩道での悪態もテロップされていて少し恥ずかしい。動画内容は俺のべた褒めがほとんどだ。
そんな前田夫婦の動画を父が気に入ったのか【ハルちゃんマジ天使チャンネル】のお墨付き動画として認める事になった。父がわざわざ前田夫婦の動画コメント欄に認める文言と挨拶を行っている。
その影響もあってか俺のファンが前田夫婦の【前田家夫婦バイクチャンネル】の登録を行い登録者数が1万人を軽く超えた様だ。
だが毎回、俺が参加出来る訳では無いので前田の方で独自のテコ入れをしないと視聴者に飽きられる事になるが大丈夫だろうか。
だがユーチューバーとしてのスタート地点には立てた筈だ。今後の前田のバイクユーチューバーの活動を祈るしかない。
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