性癖を歪めた責任は取るべきだ



「では、問題も解決したようなので行きますね。」




 それでは、と。


 そういってカイザーはリアベルのみを引きずりながら、旅立っていた。








 となるはずもなく、




「ストップ!」


「あ♡」




 リナがカイザーを引き留めるように掴んだ。リアベルを踏みながら。


 その際に変な声が聞こえたのは気のせいだろう。




「なんで行こうとしてるんですか。ボス」




 ついでに近づいてきたジャガーも慌てて俺を引き留めようとする。お前がリナを止めなさいよ。




「まあまあお待ちください。カイザー様。」




 あとジュゴンの自分への呼び名にも様が付けられるようになって、心は曇り模様。とてもイヤな予感がするのだ。


 さりげなく残りの銀虎族の方々も俺を取り囲むように並ぶ。さりげなく男性陣を最前列にするのはやめて欲しいのだが…。




「我々も一度助けられた身としてはどうにか恩に報いたいのです。」


「臨戦態勢で不意打ちしてきましたけど。」


「その通り。」


「娘への愛が溢れてしまったのです。」


「そう言ってるけど?」


「いい迷惑。」


「亜人として腕を確かめたかった想いも少しあります。」


「確かに凄まじかったです。」


「ううん、臭かっただけ。」




 リナがたびたび口を挟むことで目尻に涙が浮かんでいるジュゴン。まあ、どうでもいいが。




 まあ実際、周りの人たちは手を出していなかったしな。




「すみません、ここからは私が話してもいいですか?」


「お母さん。」




 そうして集団の輪から出てきたのは、リナによく似た年上の美人さんだった。リナの反応からするに、ジュゴンの奥さんだろう。落ち着いた雰囲気の優しそうな女性だ。




「ほら、見苦しいからどきなさい。」




 ジュゴンをそこらに放り投げる。


 前言は撤回。逞しい方のようだ。




「私の名前はレナと申します。我々を助けていただきありがとうございます。」


「別に気にしないでください。ジャガーと色々と話し合った結果ですから。」




 正直、本当にうちに所属するのだろうかと思ってるし。


 昨日のせいで、今のジャガーへの信頼はほぼ0だと言っても言い。それほど12歳の俺にとっては全身鳥肌が立つほどの恐怖だった。




「条件のことは聞いたのですが、リナも連れて行かれるのでしょうか?」


「ああ、一応そうなりますね。」


「うん、行ってきます。」


「そうですか。」




 そう言うと、レナさんは考え込むように黙る。


 何かを悩んでいるようでもあった。




「レナにはまだ早いと思います。」


「ジャガーは?」


「それはどうでもいいです。」


「おいっ!?」


「「ステイッ!」」


「あうんっ。」




 ジャガーは連れて行っても良いが、レナはダメらしい。




「レナはまだ世界を知るような歳ではありません。」


「私はもう15歳。」


「だからこそ、です。そんな様子だと直ぐに外の大人達にコロコロ騙されますよ。」




 確かにジャガーがいなかったら、レナは一人で生きていけないと思う。段ボールに入った捨て猫が頭に思い浮かんだ。




「いくつか思い当たることがあるんでしょう?」


「………。」




 黙り込むリナ。そしてこちらを見るリナ。


 俺からは何も言うことはない。確かにいなくなると寂しいが、正直な話いなくなってもらったほうがリナのためにはいいのかもしれないと考えている。自分がこの世界で中々に異端だということは自覚し始めている。


 ならば原作にて銀虎族を襲うものはいなくなったので、滅びる心配も無い村で過ごした方が本人的にはいいだろう。




 そんな俺の気持ちを悟ったのか、リナはこちらを見るのをやめて母と顔を合わせる。




「確かにジャガーがいなかったら、コロコロ騙されていたと思う。」




 魔王ランドに誘われたときも、ゲスな視線を向けられるし、こちらを罠にはめようとしてくる。外の世界で真っ先にクズの代表格に会ったことで、リナは確かに外の世界を嫌った。しかし同時に出会いもあった。




「でも、カイザーに会えた。」


「………。」


「今この村から出なかったら確かに平和な日々を過ごせるかも知れない。」




 けれども、




「危険でも、汚い世界でも、カイザーに付いていってみたい。」


「カイザーと同じ景色を見てみたい。」




 子供のわがままだと言ってしまえば、


 何の計画性もない、




 そう断ち切ってしまえば、簡単にはねのけれるような小さな願い。


 けれどレナはそれをすることが出来なかった。周りの大人達も何も言わなかった。




「いいだろう。」


「貴方?」




 レナの隣にいつの間にか戻っていたジュゴン。




「父。」


「覚悟は出来ているんだな?」


「…。」


「仮にも魔王の一味に入ろうとしている。そんな一族の恥を里に帰すつもりはない。」




 ジュゴンの厳しい言葉がリナの心に刺さる。




「………それでも、」


「私は、」




「リナは一族の恥じゃない。」




 今まで状況を静観していたカイザーが口を開く。


 ジュゴンはそちらに注意を向けるとともに、たしなめようとする。




「黙って、」


「さっきから勘違いしてるみたいだけど、」


「リナは魔王の一味なんかじゃない。」




「「「「?」」」」


「………。」




 リナだけは絶望した顔をする中、周りの人は皆首をかしげている。




「俺がリナを攫っただけだ。だから、彼女は俺のだ。」




 唖然とする周りの銀虎族を無視してカイザーはジュゴンに続ける。




「銀虎族は族長の子供を強力な魔王に奪われて、なんとか抗ったものの、連れ去られてしまった。」




 ジュゴンがカイザーの言葉に目を見開く。




「それが今回の事件の顛末だ。」




「そんな屈辱的な結果を受け入れろと?」


「ああ。」


「それを誰が信じる?信じたとしてどうなる?」


「リナは家族を人質に取られて仕方なく、魔王に従っているんだ。」




「そんな家族をこの里は受け入れないのか?亜人は家族を大切にすると聞いたけど、嘘だったんだな。」




「俺たちが家族は見捨てることは決して、ない!!」




 ジュゴンの叫びが響き渡る。


 族長を継いだときから、決して曲げることのなかった信念を、ましてや亜人の誇りを馬鹿にすることだけは許さない、許したくはなかった。




「なら、リナが帰ってきても問題ないですね?」




 そこでカイザーがとどめの一撃。




「………………………………………うむ。」










 ジュゴン、KO負け。








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