第2話 混ぜたら危険な母娘

 青く澄み渡る空の下。

 レイン王国王都は一部を除いていつも通りの平和な日を過ごしていた。


 そう。一部を除いて。


 その一部がどこかと言えばーー


 「王女殿下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「魔法を!魔法を止めてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 「王妃様も止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 王都の中心にある王城である。

 

 その王城の中庭。

 普段は季節ごとに様々な花が咲き乱れるそこは今、巨大な火柱が聳え立っており周囲に火玉を撒き散らしていた。

 その中心にいるのは一人の女性と一人の幼女だ。


 火柱によって起こる熱風に艶やかな銀髪を靡かせている美女はこの国の王の正妻であり少女の母親であるシェリア・ミーセル・レインだ。

 ミーセル公爵家を実家に持ち、国でも最上位の魔法の才を有している。

 性格は温厚そのもので普段はふわふわとした雰囲気を纏っているが、実は相当頭が切れる貴族としても優秀な人物である。


 そんなシェリアは城で働く使用人たちの声が聞こえないほどに興奮していた。


 「すごいわぁ!さすがアルシェちゃんねぇ!ちょっと魔法を教えただけですぐにできるようになるなんてぇ!ママ嬉しいわぁ!」


 賞賛を向けられているのはシェリアの隣にちょこんと可愛らしく座っている一人の幼女。


 シェリアと同じ銀髪の髪を熱風に靡かせており、金色の瞳を目の前の光景にキラキラと輝かせている。

 声こそ出していなもののその口は喜びに大きく開かれている。

 この幼女の名はアルシェリーナ・カンル・レイン。

 国王である父親とシェリアとの間に生まれたレイン王国の第一王女である。


 そして、この騒動を起こしている張本人だ。




 =========




 時は遡り、一時間ほど前。


 暖かな光が差し、やわらかいそよ風が吹く中庭。

 その中心でパラソル付きの小さなテーブルを置き、一人がけの椅子に腰掛けてシェリアはお茶を楽しんでいた。


 本来、国王の正妻であるシェリアには多くの仕事がありこうしてゆっくりとお茶を楽しむ時間はない。

 だが、彼女は元々スペックが高く基本なんでもこなすことができ、さらに得意の魔法によって効率を上げているためすぐに仕事が終わりこうしてゆっくりとお茶をすることができるのだ。


 メイドに注いでもらったお茶を楽しみつつ中庭に咲き乱れる花々を楽しんでいると、シェリアの耳にてちてちと可愛らしい足音が聞こえてきた。

 シェリアがそちらに目を向ければ、自分と同じ銀髪を揺らしながらこちらに向かってくる小さな女の子が見えた。


 シェリアが目を向けたのと同じタイミングで女の子も顔を上げ、シェリアの姿をその瞳にとらえた。


 「おかあしゃま!」


 女の子は花が咲き誇るように嬉しそうな笑顔を浮かべて、さらにスピードを上げシェリアに駆け寄っていく。

 途中でビタンッと転んでしまったが女の子の後ろからついてきていたメイドたちに抱き起こされると何事もなかったかのようにもう一度走り出しシェリアの元に辿り着いた。


 体の向きを変えていたシェリアの足に飛び乗るようにして女の子はシェリアに抱きついた。

 それを優しく受け止めたシェリアはふわっと微笑む。


 「いらっしゃい、アルシェちゃん」


 シェリアに抱きついたのは彼女の娘であるアルシェリーナだ。


 アルシェリーナは先ほどまで王城の中にある彼女の部屋で遊んでいたのだが、それに飽きて王城の中を散歩していたところでシェリアを見つけてこうしてやってきた。

 彼女は自分のことを愛称で呼び、とても可愛がってくれるシェリアのことが大好きなので普段仕事で会うことができない昼間に会えたことで上機嫌であった。


 「アルシェちゃんも私と一緒にお茶を飲む?」


 自分のお腹にぐりぐりと頭を押し付けるアルシェリーナの背中を優しく撫でつつシェリアは尋ねる。


 「おちゃ、にがいからヤッ!」

 「ふふ。そうねぇ、アルシェちゃんにはまだ早いわねぇ」

 

 勢いよく顔を上げて誘いを拒否するアルシェリーナにシェリアは笑みをこぼした。

 シェリアが笑ったのが気に食わなかったのかアルシェリーナは不満げな表情を浮かべるが、ふと何かを思い出したように不満げな表情を引っ込める。

 シェリアの膝の上で体勢を変え、向かい合うような形に座り直したアルシェリーナはシェリアの顔を見上げた。


 「まほう、使いちゃい」

 

 短く告げられたその言葉にシェリアは目を丸くして驚くが、すぐにほんわかした表情を戻す。

 だが、アルシェリーナが生まれてから今に至るまでの2年間、魔法を見せたりその存在を話したりした心当たりのないシェリアは疑問をこぼす。


 「あらぁ?私この子に魔法のこと話したかしらぁ?」


 左手で膝上のアルシェリーナを支えつつ右手で自らの顔に触れ考えるがやはり心当たりは全くない。

 その様子を見ていたアルシェリーナ付きのメイドの一人が前に出て事情を説明する。


 「王妃様。そのことなのですが、先日訓練で魔法を使っているところに遭遇し王女殿下にあれは何かときかれて私が魔法であることをお教えしたためかと。その時に王妃様が魔法が得意でいらっしゃることもお教えしました」

 「あらぁ。そうだったのねぇ。教えてくれてありがとぉ」


 無言で一礼しメイドは元の位置に戻った。

 アルシェリーナが魔法の存在を知っている理由を確認したシェリアは膝上に目線を戻し考える。


 外見的に見て自分の遺伝子を多く引き継いでいることは明白であり、外見的特徴がこれだけ引き継がれているのならば内面的特徴ーーつまりは魔法の才も引き継いでいるのではないかと。

 もしそうであるのならば早めに確認しておきたいし、アルシェリーナが望むのならその才能を伸ばしてあげたいと。


 たっぷり5分ほど悩んでからシェリアは簡単に魔法を教えることを決めた。

 悩んでいる間アルシェリーナに頬を叩かれ続けていたことには気づいていない。


 「そうねぇ。じゃあ、ママと一緒に魔法を使ってみましょう〜」

 「わ〜い!」




 少し移動して中庭の開けた場所にやってきた二人はそのまま地面に向かい合って腰を下ろした。


 「それじゃあまずは魔力を感じるところからねぇ。ちょっと難しいかもしれないけど頑張りましょう〜。まずはママがお手本を見せるわねぇ」


 そう言って目を閉じたシェリアの体に纏われるように薄く青みがかかった白銀の霧が発生した。

 この霧こそが魔力であり、魔法を使うために絶対的に必要なものだ。


 魔力は魔法を使う者であれば誰でも操ることはできるが、その存在を視覚で捉えることや一定の範囲に留めたままの状態にすることは難しくほとんどの者が行うことができない。

 そのためシェリアが今行っているこの魔力操作はなかなか見ることができるものではなく、シェリアの魔法の才を感じさせるものだった。


 「こんな感じねぇ。アルシェちゃんできそーー」


 閉じていた瞼を開いたシェリアの目に飛び込んできたのは自分と全く同じことをしている娘の姿だった。

 

 具体的にはシェリアとはほんの少し異なり、薄く赤みがかかった白銀の魔力を自分の体に纏わせているアルシェリーナの姿だった。


 念の為にもう一度言っておくと、魔力を扱うこと自体は魔法を使う者であれば誰でもできるが、それを視覚で捉えることができるようにしたり一定の範囲に留めた状態にすることはかなり難しく行える者はそういない。


 シェリアは目の前で起こっている出来事に普段のほんわかした雰囲気を消し去りただただ呆然としている。


 それもしょうがないことである。

 魔法の才を持ち、環境にも恵まれた彼女でさえここまでの魔力操作が行えるようになったのは13歳の時だったのだ。


 周りのメイドたちも普段から才能あるシェリアの魔法と普通の魔法使いの魔法を見比べる機会に恵まれているため、これがどれだけすごいことなのか正しく理解し呆然としている。


 しばらく放心して思考が停止していたシェリアだが段々と思考がはっきりとしてきた。

 そして、考えてしまった。


 今これだけの魔力操作ができるのならば、元々の魔力の量も相当であるはずなので上級の魔法を教えてもいいのではないか、と。


 実はこのシェリア、能力があり頭が切れるものの頭のネジが数本抜けている。

 そのためたびたび突拍子もないことを言い出し、周りが止める間もなくそれを行ってしまう。

 そして問題やら騒動やらに繋がる。


 その悪癖とも言える行動が今、実行された。


 「ねぇ、アルシェちゃん?おっきくて、綺麗で、派手な魔法。使ってみたくなぁい?」

 「うん!」

 「それじゃあ、ママと一緒にこう言ってねぇ。『獄炎天柱』って」

 「うん!」

 「それじゃあ行くわよぉ。せーのっーー」




 =========




 そして、現在に至る。








作者より

前回は作者が思っていたよりも多くの方にこの作品を読んでいただき感謝いたします。

そしてお願いなのですがこの作品が面白いと思ったら小説情報のページから⭐︎⭐︎⭐︎を評価してくれると嬉しいです。

お願いします。



 

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