第24話
遠くで話し声がする。
あれ?裕太兄?違うな……誰だ…?これは……
目覚めると淡いセピアな世界だった。
「二美子さん?」
声のした方へ顔を向ける。
「
「起きた?やっぱあんま寝れないよな」
「そんなことないよー」
ゆっくりと身体を起こす。
さっきより、自分の言葉が遠い。ああーこれはちょっとあがってるなー。もう……荷物でしかないじゃん。
輝礼くんは私の額を触り、「ああ~あるな~」と眉間にシワをよせた。
「二美子さん、この会場ね、これからちょっとばかり騒動が起きるから、朝になってもすぐは帰れない」
ああ、裕太兄の仕事ってここでするんだ。
「でも、二美さん熱があるじゃんか。できたら早く下山したいのね。で、裕太さんに
言った方がいいと……」
「だめ……」
「二美子さん……」
ってわがままだなー……私。
「うそうそ、熱のことは言う…」
……っ、頭がくらくらする……。
一瞬、言葉をのむ。悩んでではなく。熱のせいだろう、視界がふんわりしている。思わず右手で顔を覆った。
「…ごめん」
「…………いや。大丈夫か?取り敢えず解熱剤飲んで」
輝礼、もらってきた薬を渡し、水を準備する。
「あー……、私、救護テントの方へ行こうかな」
「え、何で?」
「何でって…体調崩してるし、私がここにいるとみんな休めないじゃん」
「え、そんなことないけど。二美さん、休めねえの?俺たちから離れて大丈夫?」
わ……それって
「……ありがとう、心配してくれて」
「なに言ってんだよ。当然だろ?だいたいそんなしんどそうなのに救護テントまで行けないだろ?今は特に」
それは、そうかも。
吐く息が熱い気がする。動きたくないのは事実。何だかここのところ薬ばっかり飲んでるなぁ。飲むことにも抵抗なくなってる……ってか、飲まないといけないからしょうがない。
もらった薬を口に含み、水を飲む。心配そうな輝礼くんの視線が痛い。
「輝礼くん、私のリュックとってもらっていい?」
「え、お、おう」
取ってもらったリュックから胃薬のビンを取り出す。
「胃腸薬?」
「薬、たくさん飲むと胃が痛くて。まあ…そんな気になってるだけかもだけど」
手にしていた水のペットボトルを置いて、胃腸薬のビンの蓋を開けようとする。
「ん」
げ、開かない、ってか、力が入らん。
「貸して」
輝礼くんがスッと取って開けてくれた。
「何錠?」
「え、4錠……」
「……そ。はい」
「ありがと」
胃腸薬を受け取って、1錠ずつ少しずつ飲む。
「飲んだらさ、こっち側で寝て」
アキラくんが指した方を見ると毛布がひかれている。
「裕太さんが差し入れてくれた。何も言ってないけど……裕太さんは気づいてるんじゃないかな?体調悪いの」
うん……
裕太兄はそういう人。いつも気を回してくれて、優しい。その優しさが分かりずらくていかつさだけが前に出るけど、暖かい兄だ。
「ん?なにこれ」
不意に左手首についている黄色いブレスレットに気付く。
「裕太さんから。付けとけって。俺も付けてる」
輝礼、左手首を見せてにっと笑う。
「みんな付けてるの?」
「そう。これ発信器がついてて、裕太さんたちに居場所がわかるようになってる」
「ん?何で私たちまで……」
「まあ、いろいろあって…。念のためつけといてってさ。警察の人たくさん入ってきてんだよ、もうこの会場に。でも私服だから誰が誰かわかんねえんだって」
「他の人と区別するためかー」
なるほど……
頭がボーッとするなか、一定の理解をした私は、熱が下がることを祈りつつ、横になろうとする。
「二美子さん、こっちだってば」
輝礼くんに止められて、顔を向ける。テント内はランプの明かりがついているので多少明るいが、体調が悪いせいか薄暗く感じた。
「ごめん、ぼーっとした」
「いいよ、熱上がってるんだよ。冷やすものもあればいいけど」
あ、うっかりしてた。
「私、持ってる」
「え!準備いいのに忘れてるってどゆことよ」
「ほんとに……」
もしや熱中症になったら大変、と思ってもってきてたんだ。まさかの熱ですが……。
リュックを再び開けて、ポーチの中から冷やすシートを出す。
「ん?」
リュックを閉めていると輝礼が手を出す。
「貸して。二美さんは毛布へ移動する」
「う、うん」
すぐ近くにひかれていた毛布へ移動する。
下に毛布があるだけで、その肌触りにちょっと気持ちが和らいだ。
「はい、これ経口補水液。一口でいいから飲んで」
「ありがと」
蓋をはずした状態のモノをもらって一口飲む。それを輝礼が回収して蓋を閉めた。
はあ……できる男子だ。配慮がすごい。見習おう…。
「なに」
「え、いや、すごい、至れり尽くせりだと思って」
「はあ?なんだそりゃ、病人だからな、こういうのはしてもらっていいの」
苦笑する輝礼くんは屈託がなく、こんな状況なのに怖さを感じない数少ない友だちのひとりだった。手が震えたり、声が出にくくなったり、そうしたくてなるわけではないが、時折、どうにもならない不安が私を支配することがあった。特に「暗い」のはダメで、寝るときも電気をつけて寝ることが多くあった。何かが自分に近寄ってくるようで怖かったのだ。何かが何なのかがよくわからないのだけれど…。
「ああ、そういえば二美さん、リュウタって知ってる?」
リュウタ?琉太……?
「雅人の友だちの?」
「そうらしいね、やっぱり知ってるんだ。面識あるの?」
「うん。琉球の『琉』に太いで琉太」
ん?何で琉太の話が出てきた?
輝礼くんは冷やすシートを開けながら、ただ話をしていただけだった。私も何気なく答えていただけ。横になろう、ちょっとくらってする……なんて思っていた。
「琉球って沖縄に関係あんのかな?俺、面識ないからなー。同じ大学だけど人多いからわかんねえわ。でも、その琉太さんってさ、双子らしくて、双子って珍しくない?」
と……くぅん
輝礼くんが発した言葉の何に反応したのかは自分でも分からなかったが、胸の奥に何かが落ちてきた。ざわっとして、すーっと冷たい何かが胸のなかを通っていく。
何、これ…………?
「その双子の兄貴の方が凌平っていうらしいんだけど、そっちに会ったことは……って、にみさん?」
何だろう……急に息苦しい……。
熱のせい?心臓のせい?なにこれ……?
「おい!苦しいのか!にみさん!」
胸を押さえて、息が切れ切れになる。これって何?頭がぼーっとする。手が震えてくる。息ができない……。
吐いているのか吸っているのか分からない状態。混乱する。
声を聞いて、外から尚惟と壽生が入ってくる。
「二美さん!アキラ!何があった?!」
「わかんねえ!急に苦しみだして……!」
尚惟の声が遠い……息を吸ったり吐いたりのテンポが分からない……。
全身が硬直してくるのがわかる。動かなくなる……まずいかも……。
騒いでいる3人の声が遠い。いつしかキーンという耳なりに取って変わった。
身体が横に倒れていくのがわかる……でも、自分では止められなかった。
そんな身体をがっしり支える手があった。口元にビニールが付けられる。耳元で大好きな声が響く。
「二美さん!聞いて!大丈夫!吸って!吐いて!」
「……っ、ッハァ……!」
「そう!大丈夫!吸って、吐いて、大丈夫……」
尚惟の声が届く……。
息が少しずつ入ってくる。尚惟の声に合わせて息を吸う、そして吐く。少しずつ息ができるようになる。
輝礼、後ろに回り二美子の背中をさする。
壽生は光麗に連絡を取っていた。
頭の中の空間が全部ぎゅっと詰まってしまったように痛い。
力が入らず、身を尚惟に預ける形になる。
息が少し楽になってきた……。
私を見て、息がスムーズになってきたのを確認する尚惟。
「二美子さん、ビニール取るよ」
少し冷たい空気が肺に入ってくる。
「こほ、ゴホッ、ごほ……!」
「大丈夫、落ち着いて、大丈夫」
不思議と大丈夫だと思えてきた。
「これって……過呼吸?」
後ろから輝礼くんの声が聞こえた。
過呼吸……?
「そうだと思う」
尚惟の穏やかな声。
みんなの声は聞こえてる。でも疲れて目が開かない、身体が動かない……。
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