妖怪部の語り

氷柱木マキ

かまいたちの話

「先輩。かまいたち、って知ってます?」

 突然声を掛けられ、僕は読んでいた本から目を上げた。

「お笑い芸人? それともホラーゲーム?」

 思い当たるものがいろいろある。

「ではなくて、妖怪です」

 高野は何が面白いのか、長机の向かい側から、楽し気にこちらを見ている。西日が眼鏡に反射して、キラキラしている。

 高野理紗たかのりさは、隣のクラスの同級生で、同じ文芸部の部員だ。何故か僕を先輩と呼ぶ。

「先輩、『かまいたちの夜』好きなんですか」

「特に2がね。……知ってる?」

「そうですね、自分でやったことはないですけど」

 高野は実況動画を見たことがあるらしい。

 同じわらべうたを使って、まったく違う展開のストーリーになるというシステムが、すごく新鮮で、何度プレイしたものか。絶対に自分でプレイしたほうが楽しいと思うのだが。

「まあ、それなら話は早いです。ゲームでも説明されてますが、寒い地方を中心に語られる妖怪で、何もないのに人の肌が刃物で切られたような傷ができるというヤツです」

「うん、まあ知ってるけども。それがどうかしたの」

「実はですね」

 そう言いながら、高野は隣の椅子に置いていた鞄から、本を取り出した。

「先日、古本屋でこんな本を買いまして。私、今ちょっと妖怪づいてるんですよね」

 『日本の妖怪総覧』そんなタイトルが書いてある。

「で、先輩との語らいに妖怪を使おうかと」

「あ、そう」

 我ながらとても興味がなさそうな声が出せた。確かに普段は本を読むか、多少おしゃべりする程度なのだが、一応部活動なわけだし、現に僕は本を読んでるわけで。

「それでかまいたちなんですけど」

 そんなことはお構いなしに話し続ける。

「つけられた傷は、痛みがなく、血も出ないそうですよ」

「そんなことありえるのかな」

「どうなんでしょう。でも、蚊に刺されても気付かないわけですし」

「それは、蚊が血を吸う時に唾液を注入して、麻酔的な役割をするから、だったかな」

 そのアレルギーで痒くなるわけで。

「へぇ、そうなんですか。あっ、でも『地域によっては、鎌で切り付けた後、薬を塗っていくため、血が出ないといわれる』って書いてますよ」

「なにそのマッチポンプは」

 自分で傷つけておいて、自分で治療するというのは、なかなかにシュールな光景だ。でも傷は残るから治療じゃないのか。

「いったい何がしたいんですかね」

「さぁ……って、僕に聞くなよ」

 完全に僕のセリフじゃないのか。

「さて、では原因を科学的に考えてみましょうか」

「え、そういう展開なの」

 これは予想外だった。

「もちろんですよ。先輩はどうすると思ったんですか」

「いやまぁ別に何とも思ってはいないけども。さして言うなら、かまいたちを使ったストーリーを考えるとか」

 一応、文芸部だし。

「なるほど、それもいいですね。じゃあ今度はそれしましょうか」

 まったく思いつかないのだが。っていうかまた別日にやるのか。

「ではそのためにも、いろいろ考えておきましょうよ」

「あ、そう。まあいいけど。かまいたちってあれじゃないの。なんか真空的なヤツ」

 いろいろなゲームやアニメなんかで、真空にして風の刃を飛ばす的な技を見たことがある気がする。

「確かに、この本にも書いてあります。一般的には、風によって起きる真空によって皮膚や肉体が切り裂かれる、という認識が広まっているようです。ただ、昔からこの説には疑問があって、現在では否定されているようですね」

「あ、そうなんだ。じゃあなんなのさ」

「ええと、基本的には風に飛ばされた木とか石がぶつかって傷つくのが原因みたいですね。後は、寒い地方で起こる理由として、単純に冷たさで皮膚が切れることも原因として考えられるみたいですね」

「あぁ、分かる。冬は手の指の関節とか、切れて血が出たりするから」

 僕自身、晩秋以降はハンドクリームが欠かせない。

「もしも従来の真空説なら、髪とか服とかも切れそうですもんね」

 そう言って高野は左手で自分のショートカットの髪先をハサミで切るような仕草をした。

「そういう話はないの」

「そうですね……。少なくともこの本には載ってないですね」

「じゃあやっぱりさっきの風で飛ばされた物ってのが正しそうだね。まぁ痛みがないとか血が出ないっていうのはよく分からないけども」

 高野は本に目を落とし、該当箇所を読み返しているようだった。

「そうですね、でもまぁとりあえずこれが私達の結論ということで」

 本を両手で勢いよく閉じながら、顔を上げた高野は僕を見て笑った。

「……じゃあそろそろ帰ろうか」

 窓を見ると、外は暗くなってきている。結局今日も他の部員は来なかった。僕はずっと開いたままだった自分の読んでいた本を鞄にしまった。

「分かりました。じゃあ先輩、最後にまとめの一言お願いします。できれば面白いやつで」

「は? 何その無茶ぶり」

 そういえば高野はこういうやつだ。まぁそれは分かっているし、ここで退くのもしゃくだ。

「え~……『【かまいたち】に切られた腕に残った【乾いた血】』、ってどう?」

「う~ん……七十点で」

 なんだか釈然としない。

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