第四章 ありふれた愛情による、些細な救い

第16話 人類最強の二人

 お姉ちゃんを、私はまた助けられなかった。三か月間、ずっと訓練した。一日たりとも欠かさなかった。それでも、……あの神様みたいな、お姉ちゃんによく似た別人には、手も足も出ないと悟ってしまった。


 あれは、次元が違う。


――春をつげる桜の女神。


 髪の色だって違うし、近くでとられた写真や映像がほとんどないから、それが誰なのか確信は持てなかった。けど万全の準備を整えて月に乗り込んできた今、ようやく理解した。やっぱりお姉ちゃんだったのだ。お姉ちゃんは、たくさんの人を救った。みんなの救世主になった。神様にまでなってしまった。


 やっと力になれる。救える。また平穏な毎日を取り戻せる。そう思っていたのに、いつまでたっても私たちの距離は縮まらない。最初は一般人と秘密結社の構成員だった。でも今では人と神にまで差が膨れ上がっている。


日葵ひまりさん。大丈夫、ですか?」


 お母さんが心配そうに私の手を握ってくれる。


「大丈夫。おばあちゃんも言ったでしょ。この世に不可能なんてないんだって」

「そうですね。……人は大自然も宇宙すらも平伏させてきました」

「だから、きっとなんとかなるよ。神だって倒せる。……人に戻せる」


 それでもやっぱり声が震えてしまう。神の中から突然現れたお姉ちゃんの声は心強かった。私たちを本気で信用してくれてるんだって伝わってきた。だからこそ、強くあらなければならないのに。


 唇をかみしめていると、お母さんがそっと抱きしめてくれた。


「……私の恋が報われる。そんな結末、あってはいけないんです。日葵さん。あなたには美月さんしかいない。そうでしょう?」


 もしもお姉ちゃんを救えなければ、私はきっとお母さんに甘えてしまうだろう。ひび割れた心ではもはや、一人で立つことすらも不可能になる。そうなれば、私はきっとお母さんに依存してしまう。


 お母さんの優しさはきっと、私をじわじわと侵食していくだろう。救えなかったお姉ちゃんを忘れるために、……お母さんをきっとその代役にしてしまう。爛れた未来が容易に想像できてしまうのだ。


 でもそんなのは絶対にあってはならない。


 そんな未来ではお姉ちゃんだけではない。お母さんも私も等しく苦しむことになるのだから。最悪な考え方だけれど、きっとお母さんはあくまでお姉ちゃんの代役にしかなれない。お母さんだってそんな私の気持ちに気付くはずだ。


 私がお母さんではない、お姉ちゃんの幻しか見ていないということに。


「……分かってる。私がこんなじゃだめだよね。もっとしっかりしないと」


 状況は絶望的だ。お姉ちゃんが人々の信仰を集めて神になったというのなら、きっと人々もお姉ちゃんの味方をするだろう。もしかすると私たちは人類の全てと戦うことになるかもしれないのだ。


 ……ここにいる、たった五人で。 


 それでもまだ何もしていないのに、後ろ向きなことばかり考えていれば、叶う願いも叶わなくなる。私は無理やりに口元を緩めて、微笑んだ。そしてそっとお母さんを抱きしめ返した。


「……きっと大丈夫だよ。私たちなら、大丈夫」

「……日葵さん」


 震えの消えない体を、お母さんは強く抱きしめてくれた。本当に、私は頼りない。お母さんは必死で強くあろうとしているのに。おばあちゃんだって、決して折れていないのに。


「……事情を説明してくれ。桜の魔女よ」


 おばあちゃんが物凄い剣幕で詰め寄っている。桜の魔女はその美しい金色の髪で神秘的な金色の瞳を隠していた。頬を涙がこぼれている。桜の魔女は敵だと思っていた。でも、この様子をみるに状況が変わったのだろうか。


「答えろ。貴様は、我々の敵ではないのか?」

「……どう謝ればいいのか分からない。本当に、すまなかった」

「謝罪はいい。味方だというのなら我々に手を貸せ。地上は大変なことになっているぞ。我々は今や世界の敵だ」


 おばあちゃんが手にしている小型の端末には、様々な報道機関が「神」の出現と、それに敵対する存在を声高に世間に伝えていた。情報源は神らしい。全人類に言葉を伝えたのだ。


 お姉ちゃんは、人々を救いすぎた。あまりにも善行を積みすぎた。もちろん、裏側では思想は対立している。人によって解釈が違うから、まとまりはない。だけど平和をもたらしたお姉ちゃんの名の下に、人類は一時的ではあれ結束を選んだのだ。


「私にできることなら、なんでもする。高い城の女。あなたの戦力も頼りにしている。どうにかして、美月みつきを人に戻してほしい。あの子は、私の、やっと手に入れた幸せなんだよ……。……心から、幸せになって欲しい人なんだ」


 桜の魔女は泣き崩れていた。おばあちゃんは腕を組んで小さくため息をつく。


「……信じてもいいのだな?」

「信じてくれ……」


 桜の魔女は嘘をついているようには見えなかった。何があったのかは知らない。けれどきっとお姉ちゃんが桜の魔女を変えたのだと思う。


「おばあちゃん。信じてあげよう?」


 私が声をかけるとおばあちゃんは小さく頷いた。


「分かった。高い城の女では長ったらしい。シロと呼べ」

「……ありがとう。私のことはミアと呼んでくれ」 


 背の高い大人っぽい美人と色白な小柄幼女。ミアとシロの二人は握手を交わした。アーティファクトの始祖と、そしてイデアの始祖。間違いなく人類最強の力を持っている二人が手を組んだのだ。


 ……でも人類の全てと神を相手にするのには、余りに力不足に思える。


「今すぐにでも地球に戻りたいところだが、あそこは完全に神の勢力圏となっている。作戦を練ったほうがいい。まずはミア。君の戦力を教えてくれ」


 ミアは涙を拭ってから、私たちを手招きした。


「ついて来てくれ」


 おばあちゃんがついていくから、私たちも後をついていく。するとミアの隣を歩く黒髪で紅い瞳の少女と目が合った。


「あ、どうも。美月さんの妹さん」


 暗い表情ながらも気さくに挨拶してくるから私も「どうも。一緒に頑張ろうね」と伝えた。そのまま問いかける。


「名前はなんて言うの?」

「桜です。確か日葵さんでしたよね? その方は妹さんですか?」


 桜はお母さんに目を向けて、首をかしげている。そのお母さんはといえば、人見知りを発症したのか、さっきからずっと私の影に隠れている。お母さんは私には心を開いてくれた。けれどやっぱり知らない人は怖いみたいだ。


「話せば色々と複雑になるんだけど、私のお母さんだよ」

「えっ。ずいぶんお若いんですねっ」


 桜は目をまん丸にしている。そんな桜をお母さんは私の肩越しにちらちらみていた。嬉しそうにしている。妹と間違えられるほど若いって思われたのがよかったのかな? 実際お母さんは若いし、可愛いのだ。


「よろしくお願いします。星海ほしみですっ……」

「よろしくお願いします。星海さん!」


 朗らかな桜を前に、お母さんはおどおどしていた。二人とも丁寧なタイプみたいだけど、性格は正反対にみえた。


「……それにしてもここ、すごく綺麗な場所ですね」

「もちろんですよ。ミアさんのアトリエですから」

「……月にあるっていうのも、ロマンチックだと思います」


 お母さんは人見知りだけど、それでも勇気を出している。私の腕にくっついているお母さんの頭を撫でてあげると、嬉しそうに微笑んでなおさら私に寄りかかってきた。ちくりと心が痛む。でも、今はこれでいいのだと思う。


 いつか記憶を取り戻せば、お母さんはまたお母さんに戻ってしまうのだから。


「あの、ところでお二人って付き合っているんですか?」


 桜が目をきらめかせてみつめてくる。でも私たちは何も言えなかった。付き合っているわけではない。でもただの親子ってわけでも当然ない。私たちの関係はきっとどんな言葉でも言い表せないのだと思う。


 私が言い淀んでいるとお母さんは大慌てで声をあげた。


「大切な人だけど、そういうのじゃないですよ。ね? 日葵さん」


 お母さんに目を向けると、寂しげではあるが真っすぐに私をみつめている。


「……うん」

「なるほど……。でも、なんだかただの親子のようには見えないんですよね。なんて言うか、実は私はミアさんのイデアで。いうなればミアさんの子供のようなものなんです。二人にはどうにも私たちと似たような雰囲気を感じるというか……」


 どういうわけか桜は私たちに興味津々な様子だった。


「……似たような雰囲気?」


 問いかけると桜は切なげに微笑んだ。


「私、ミアさんのことが好きなんです。でもきっとミアさんは私のことなんて、みてくれてなくて……。私と姿のよく似た、別の人を思ってるんです。だから、こんなこと言ってもいいのか分からないですけど、失恋する者同士、傷をなめあえたらいいな……、なんて思ったりして」


 桜は肩を落として、自嘲的な笑みを浮かべた。


「あ、違うのならごめんなさい。別に望んでるわけじゃないんです。幸せになれるのなら幸せになってもらいたい。でも不幸を分かち合える人がいたら、少しは救われるなって……」


 それを聞いたお母さんは、私にくっつくのをやめた。恐る恐るではあるけれど、桜に手を差し出している。桜は差し出された手を笑顔で握り、二人は固い握手を交わしていた。


 喜んでいいのかは分からないけれど、いつか来る日を一人で待ち続けるよりは、ずっといいと思う。


 しばらくするとミアが部屋に入っていった。


「これが私の全戦力だ」


 扉を抜けた先にあったのは、恐ろしいほど美しい絵画の数々だった。直視しただけで目がみえなくなりそうなのだ。思わず視線をさげてしまう。


「分かりやすい例えで言うのなら、神とある程度やりあえそうなのが五体。ウロボロスを一方的に蹂躙できるのがニ十体。ウロボロスと同程度なのが八十体。計百五体だ」

「質は十分だが、量が心もとないな。……だが量は私が補えると思う。今度は私が戦力をみせる番だ。ついてきてくれ」


 今度はおばあちゃんが手招きする。おばあちゃんの完成させた宇宙船はまるで戦艦みたいな姿をしている。一見したところでその能力を把握するのは難しいだろうから、おばあちゃんは道すがら口頭で戦艦の性能を語っていた。


 大口径の主砲が上下左右対称に八基二十四門取り付けられていて、副砲やミサイルの発射装置が針の筵のようにそこら中に存在している。


 格納庫にも400を超える自立式艦載機が用意されていて、格納庫から宇宙や空へと直接出撃させることが可能。全長一キロほどの大きさであるにもかかわらず、宇宙どころか大気圏内での飛行ですら可能なのだ。


 しかもおばあちゃんはこの戦艦の全ての構造を理解していて、異常が発生すればすぐに指揮所から遠隔で修理できる。そうするためだけに、この三か月でねじの一つまで構造を頭に叩き込んだのだそう。


 要するにおばあちゃんは、本気で桜の魔女の全てと殴り合うつもりだった。そのためにありとあらゆる可能性を考えていた。お姉ちゃんを本気で救うつもりだったのだ。


 アトリエの壁を破壊して生み出した侵入口から私たちは戦艦の内部へと入った。もちろん空気が漏れないようにアーティファクトでしっかりと隙間は埋めてある。


 中は無骨で金属の壁がそのまま露わになっている。強度を保つために艦橋以外に窓はない。おばあちゃんは細い通路を歩きながらつげる。


「私は戦争が嫌いだ。とくに宇宙での戦争は大嫌いだ。宇宙だけは人の暴力性の及ばない神聖な場所であってほしいと願っていた。……だから宇宙船はもっとスマートであるべきだと考えていた。特に人の知性を反映した、無駄のない流線形が私の理想だ。だがミア。君についての情報を得るにつれて、こうせざるを得なくなった」

「……それは、褒められていると捉えていいのか?」

「今この状況ではそうだな。宇宙での戦闘、月面での戦闘、地球での戦闘。起こり得る可能性全てに対応しようと思えば、自ずと美しさは消えてしまう。……とはいえまさか、人と神の連合軍を相手にするなんて思っていなかった。こうなると分かっていれば、もう少し手を加えたのだが」


 おばあちゃんはやがて、電子機器が密集した薄暗い部屋にみんなを案内した。画面やボタンがたくさん並んでいるけれど、やっぱり私には何を示しているのか分からない。桜とミアも私たちと似たような感じだった。


「ここがこの艦の中枢。戦闘指揮所だ。この艦に属するあらゆるもの。主砲からミサイル、空調まで全てここで制御されている。我々は全世界の無数のイデアと戦うことになる。だから基本はAIによって制御することになると思う」

「……人工知能か。私が知っている限りでは、完全自立兵器が生み出されることはなくイデアの時代に突入したはずだ。シロが生み出したのか?」


 おばあちゃんは後ろめたげに肩をすくめた。


「私は科学技術の守護者でありたいと願っていた。……もっともそれは最初の百年程度で、やがては孤独に蝕まれてしまった。だからこの技術が生み出されたのは「世界の敵になる」という動機ゆえだ」


 おばあちゃんは世界の敵になって、科学技術の支配する過去を取り戻したかった。かつてのように、同じ志を持った同僚たちと研究に励みたかったのだ。


 ミアはどこか複雑そうな表情を浮かべていた。だけど小さく首を横に振ったかと思うと、誰に問いかけるでもなくつぶやく。


「……美月みつきを神の座から引きずり降ろせたとして、桜も美月も、……私たちは、人に戻れるのだろうか」


 おばあちゃんは腕を組みながら、ミアをじっと見上げる。


「ここにいる五人は全員が悪魔にでもなるのかもしれないな。人類が神と信じるものを、堕落させようとしているのだから。だが私の覚悟は決まっている。日葵ひまり星海ほしみもだ。私たちは全てをかけても、美月を神の座から引きずりおろす」


 おばあちゃんは腕を解いた。不安そうに考え込むミアの肩に手を置く。小柄だから背伸びをしていて、なんだかこれまでの会話とは裏腹にとても可愛らしい。


「後のことは後で考えればいい。まずは美月を救う。美月を大切に思っているのなら、今はこれだけ考えればいい」


 ミアは桜に視線を向ける。桜はうんうんと頷いていた。


「……そうだな。迷いは、いらない。私はもう、大切な人の前から逃げたりなんてしない」


 ミアの表情からは悩みが晴れていた。


「……次は敵の戦力について話し合うべきだと思う。シロは把握しているか?」

「当然だ。世界を相手に戦争を起こすつもりだったのだからな。全世界に存在する軍事用のイデアは公にされているもので合計約80万。……私たちが主に戦うことになるであろう飛竜に絞れば約40万。だが美月はユーラシア大陸を巡ってかなりのイデアを消滅させた。それなりに減少しているとみていい」

「ねぇおばあちゃん。お姉ちゃんってどこにいるの?」


 私が問いかけると、おばあちゃんは手元の端末に目を向けた。


「人々を戦火に巻き込まないようにしているのだろう。太平洋のど真ん中、その上空だ。神を中心に世界各国の無数のイデアが集結を始めている。正面衝突は避けられないだろう」

「40万のイデアと神様に対して、私たちはこの戦艦と400の戦闘機、そして105のイデア……」


 お母さんがぼそりとつぶやく。数だけみれば絶望的だった。


「星海。そこまで悲観しなくていい。私の実力は知っているだろう。星美と日葵も三か月訓練してずっと強くなったはずだ」

「……分かってます。でも、もしも失敗したら私たちは……。美月さんは」


 私たちは死に、お姉ちゃんはもしかすると永遠に神であり続けることになるかもしれない。私たちのことも忘れて、ただ世界のために奉仕するだけの存在。……そんなの、絶対にだめだ。


「……そもそも、どうやって美月さんを人に戻すんですか? 人類の意志に抗う。そんな方法、あるんですか?」


 お母さんはとても不安そうだ。私も同じ気持ちだった。実際、どうすればお姉ちゃんをお姉ちゃんに戻せるのだろう? 空間が沈黙に包まれる。


 でもその時、ミアが不意につぶやいた。


「……みんなは、イデアがいかにして作られるか知っているか?」


 みんなの視線がミアに集中する。


「イデアとは、人の願いだ。こうあって欲しいという、……悪く言うのなら理想の押し付け。美月みつきはそれに乗っ取られ、神のようになった。だが本物の神ではない。美月の本質は人だ。さっきみたと思うが本来の体の所有者は美月であり、何十億もの人の意志すらも退けることもできる。……そうすべき強烈な動機さえあれば」

「……今は動機がないとでも?」


 私が問いかけると、ミアは頷いた。


「これは私の推測だが、……美月は優しいんだ。だから人に戻りたいと願っていても、私たちの願いに応えたいと思っていても、人類の願いを反故にすることはできない。今の美月には人類を救うだけの力がある。「自分が神をやめたのなら、一体誰がみんなを救うの? この世界から不幸を無くすの?」。 ……そんな風にでも考えているんじゃないだろうか」


 遠い目をするミアの前で、おばあちゃんが難しい顔をした。


「抱え込みすぎだ。人の身で人類の不幸を全て抱えるなど……」

「私たちはこの三か月の間にたくさんの人々を救ってきた。たくさんの苦しみと悲しみを知った。痛みを自分のものと捉えてしまっても仕方ないんだ」

「……」


 またしても戦闘指揮所は暗く淀んだ空気になってしまう。もしもここにお姉ちゃんがいたら、みんなを明るく鼓舞してくれたのかな?


 ミアもおばあちゃんも桜もお母さんも、みんな悲痛な顔をしている。お姉ちゃんがあまりにも大きなものを抱えていることに、ショックを受けたのだろう。


 お姉ちゃんを人に戻すということは、お姉ちゃんの「人類を救いたい」という優しい願いを否定するということだ。私たちにそれだけの覚悟はあるだろうか。


 いや、考えるまでもないか。……私は、私たちはお姉ちゃんのためなら世界だって滅ぼせてしまうのだ。例えお姉ちゃんが、世界の犠牲になることを受け入れていたとしても、それでもだ。


 尊い決意を踏みにじろうとも、それでも人であるお姉ちゃんとの日常を望む。


「……教えてよ。私たちの一番大切なものはなに? 人類を助けること? お姉ちゃんに人類なんてものを背負わせること? 違うでしょ。お姉ちゃんが、お姉ちゃんであることだよ」


 私が声をあげると、みんな顔をあげた。私は拳を握り締めて叫ぶ。


「私たちの大切なお姉ちゃんであることだよっ! 例えその選択でお姉ちゃんが傷ついたとしても、その責任は私たちが負えばいい。もしもみんなが背負えないのなら、私が全てを背負う。だからっ!」


 お姉ちゃんはいつだって、私のために頑張ってくれた。だから今度は私が、私たちが頑張る番だ。


「……みんなで、お姉ちゃんのこと、助けに行こう?」


 心からの願いが薄暗い戦闘指揮所に響いた。おばあちゃんは感慨深げに笑う。


日葵ひまりは本当に強くなったな。泣きながら私に助けを求めてきたあの日が、もう遠い昔のようだ。……なんだか切ないな」


 お母さんも真剣な表情で私の手を握る。


「……私も、ずっと日葵さんに助けられてばかりでした。美月さんの記憶は相変わらずないですけど……。それでも日葵さんの幸せのために、頑張りたいです」

 

 桜も真っすぐな瞳で私をみつめる。


「もしも美月さんがいなければ、私はきっと自分を受け入れられないままでした。私も美月さんを助けたいです。……それが自分勝手な願いだったとしても」 


 ミアも微笑んでいる。


「私もみんなと同じ気持ちだ。……美月にはまた頭を撫でてもらわないといけないからな。あの人の手は、どこまでも優しい。……どこかお姉ちゃんを彷彿とさせるんだ」


 ミアは金髪金眼の長身美人だ。あまりにもギャップのある発言に、思わず首をかしげる。すると桜がこそこそと耳元でつげてきた。


「ミアさんは妹属性持ちなんですよ。旅の間はよく美月さんに甘えてました」


 ……お姉ちゃん、こんなクールな美人さんすらも妹にしてしまうとは。流石私のお姉ちゃんだ。なんだか誇らしい。……ちょっとだけ嫉妬しちゃうけどね。


「みんな聞いてくれ。作戦はこうだ」


 おばあちゃんが声高につげた。


「私たちはこれから美月に動機を与える。人類の願いを反故にしてでも、また人に戻りたい。……一番そう思わせることができるのは、残念だが私たちではなく君だ。日葵。この作戦の成否は日葵にかかっている」


 みんなの視線が私に集中する。


「……私?」


 思わず困惑していると、おばあちゃんが私の肩を叩いた。


「思い出してみろ。日葵はいつだって美月のことを考えていた。美月だって日葵のためにメシアで訓練を受け、自分を犠牲にすることさえ許容していた。美月の根源にあるのは、日葵の幸せだと私は思う」

「……」


 あの日、お姉ちゃんが三年ぶりに帰ってきた日。お姉ちゃんは私たちのためにその身を犠牲にするつもりだった。けど、そのお姉ちゃんの決意を変えたのは私だ。……私が、キスをしたから。好きを、伝えたから。


 思いだすとなんだか顔が熱くなってきた。


 でもとにかく全ての始まりは、私だった。私がお姉ちゃんを救いたかったから、メシアと敵対して、お姉ちゃんと離れ離れになって、おばあちゃんに助けられて、たくさん訓練して強くなって、月までやってきて、そして今は、……お姉ちゃんを救うためにみんなで団結している。


「私たちも向かいたいところだが、全世界のイデアを相手取る必要もある。どうにかして単独で神に接触して、君の声を、思いを美月に伝えてあげて欲しい」


 みんなおばあちゃんの作戦に異論はないみたいだった。


「……分かった。私に任せて。私がお姉ちゃんを助けてくるから!」


 これまで一度も無理だった。いつだってみんなに助けられてばかりだった。でも今度こそは、私がお姉ちゃんを救う。私がお姉ちゃんを人に戻してみせる。

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