要塞は燃えているか


 建物のあちらこちらから火の手が上がり、もうもうと黒煙が曇り空の中へ昇っていく。


 大聖堂側に面した壁は一部崩壊し、がれきの向こうには駆けずり回る人たち。

 よく見ると、そのほとんどが平民の服装だ。


「邪魔するやつは殺せ!」

「金庫はどこだ!」

「牢屋の鍵はあるか!」

「開かないならぶち壊せ!」


 大騒ぎの中に、そんな物騒な叫び声が聞こえる。

 あまりにも現実離れした光景。


 ……今わたし、海外のニュース映像見てる……?



 いや待て、現実逃避するな。

 これは目の前で今、紛れもなく起きていることだ。


 でも、あまりにも馴染みのない景色過ぎて。

 ……頭がなかなか追いつかない。

 


 第一要塞の敷地と大聖堂の敷地は背の低い柵と小さな水路で区切られている。

 でもその水路はがれきで埋まり、柵にも火の手が上がって目の前で焼け落ちていく。



「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

「どうなってんだ!」

「魔力大砲が使われてるらしい! こっちにも弾が来たら……」

「相手は平民だろ! 大聖堂に敵対する理由は……」

「ダメだ! 今のあいつらに話は通じない! もう職員もやられてる!」

「くそっ! 警備兵は何やってんだ!」



 目の前でそうやり取りしている男たち。服装から見て聖職者だ。

 大聖堂の中で見た落ち着いた雰囲気は全く無い。


 ……当たり前だ。この状況で焦らないほうがおかしい。


 そしてそれはわたしも同様。


 

「助けて!!!」



 こんな大声、前世でも何度張り上げたか。

 ここにわたしが入る時、扉には鍵がかけられたはず。鉄格子がはまったこの窓から脱出することもできない。


 誰かに鍵を開けてもらわないと、わたしは囚われの身同然だ。


 窓の外は、慌てて逃げる大聖堂の人たち。

 第一要塞の敷地内でもみ合いになる平民と兵士らしき男。

 がれきで埋まった水路を越え、大聖堂の敷地内に乗り込んでくる集団の手には火の点いた松明。



 ……これはもうどう考えても、魔力測定なんてやってる場合じゃない。

 一刻も早く、ここから……



 ドーン!!!



 またしても轟音とともに、空気が、石造りの小屋がピリピリと震える。

 そして新たに第一要塞から炎と黒煙が上がる。


「やばい、あいつら所構わず魔力大砲を向けてるらしいぞ!」

「こっちにも来る!」


 わたしの大声虚しく、そう外の人たちの騒ぐ声が響いた次の瞬間……




 ガシャーン!!!



 

 ……天井が崩れた。

 そして衝撃とともに、意識が飛んだ。



 ***



 ……目を覚ますと、煙と土の匂いがした。

 

 そして両足に強烈な痛みが走る。



「う、うん……?」

 首を上げても、目線が上がらない。

 わたしは、地面に倒れていた。



 頭も痛い。

 わたしは動かせる両手を使って立ち上がろうとする。

 でも、身体は持ち上がらない。


 首だけを後ろに向けて、その理由ははっきりとわかった。



「えっ……」

 大量の石のがれきに、わたしの両足が挟まれている。

 がれきと足の間にあるのは薄いローブ一枚。儀式用の白いそれには血が滲み、土がこびりつき、あちこち破けている。


 

 ……間違いない。石造りの小屋は破壊された。


 多分、さっき聞こえた魔力大砲とやらが当たったのだろう。

 小屋の中にいたわたしは吹き飛ばされ、そして今がれきに足を取られている。


 足が持ち上がらないなら、引っこ抜くことはできないか。

 わたしは地面に這いつくばっているまま、身体を前に動かそうとする。


 

 その途端、とてつもない痛み。

「いてててて……!!!」



「おい、まだ生き残りがいたぞ!」

「貴族か! 聖職か!」


 思わず出たわたしの声が聞こえたのか、わたしの周りに男が集まってきた。


 

 何も飾り気の無い、シャツとズボンだけの地味な服。

 包丁を持った者、棍棒を持った者。その隣の男が持っている袋には穴が空き、銀貨が見え隠れしている。


 そして、十人程いる男の全員が、目を血走らせている。

 倒れているわたしに、感情をむき出しにするかのような視線。



「女か」

「子どもだな。ドレスであれば貴族なのだが……」


 そう言いながら、じりじりとわたしに近づく男たち。

 わたしを助ける気がないのは明白だ。


 

「見ろ。この服は……儀式用のローブだ。大聖堂に荷物を届けに行ったとき見覚えがある」

 誰かの言った、その一言をきっかけに……

 

「何!」

「じゃあこいつやっぱ貴族か!」

「よし、やっちまえ!」


 男たちが一斉に色めき立つ。

 そして銀貨入りの袋を持った男が、わたしの背中を踏みつけた。


「ぐあっ」

 出たこともないような声が喉から飛び出す。

 それをきっかけに、他の男もわたしを足蹴にし始めた。



 痛い。

 痛すぎる。



 なんでこんなところでがれきに足を取られ、服を血で染めながら見知らぬ人たちにリンチされなきゃいけないんだ。

 

 転生してから半年、何か悪いことでもしたか?

 それとも、わたし程度の人間が望み通り生きられるわけ無いということなのか?

 

 そうだとしても、このまま無抵抗の状態でやられ続けるのは惨めすぎない?

 何一ついいことなかったじゃない。


 わたし、なんで転生してきたの?

 もう平穏とか言ってる場合じゃないよ、これ……




「おい待て!」


 ……薄れ始めた意識の中で声が聞こえたのは、その時だった。


「クリスさん……!」

「無用な暴力、略奪は禁止だと言っただろう!」


 低く響く声に、さっきまでわたしにやりたい放題してた男たちがぱっと離れる。


「すでに要塞の司令は降伏した! 囚人も順次解放されている! これ以上暴れても得にはならんぞ」


 ……あれ、この声……


 

「……へっ! お前助かったな!」

「悪運の強い奴め!」

「せいぜい絶望しろ!」


 わたしが首を上げるのと、男たちが捨て台詞を残しながら去っていくのが同時だった。


「……お前、大丈夫か?」

 わたしの後ろで何かを引きずる音。それとともに、両足に乗っていた重みが無くなる。


 全身の痛みに耐えながら、わたしはなんとか身体を持ち上げることができ……



 ……持ち上げようとした瞬間、腰を掴まれた。


「立て……いや、痛そうだな」


 そう言った人物に今度は肩を掴まれ、そして目が合う。



 

 ……やっぱり。


「ん……お前……」


 昨夜見た、とんでもなく良い顔が、目の前にあった。


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