王家騎士団と成人の儀


「おはようアリア。……どうした、眠れなかったか?」


 翌朝、朝食の席についたわたしに兄が近づいてくる。

「……まあ、そんなところです……」


 結局昨夜は、ついぞぐっすりと眠ることができなかった。


 だって本当に、あの男の印象が焼き付いて離れなかったのだから。

 彼はいったいなんだったのだろう。

 なにか事情があることは間違いない。


 鋭い目つき。

 輝く短刀。


 

 ……殺し屋、とか?

 だとしたら、標的はマゼロン侯爵?


 ちょっと待って、物騒なことはやめてほしい。

 せめてやるなら、わたしのいないときにやってよね。


 殺人事件は日本にいたときドラマやアニメでたくさん見てきたが、当事者になんてなりたくはない。絶対面倒じゃないの。



「アリアも緊張してるのか? 別に失敗すると死ぬわけじゃないんだから」

「それぐらい、わかってますよ……」


 別に緊張はしてないのだけど。

 それこそやることは形式的な儀礼で、手順さえ守ってれば特に支障はない。


 あ、でも魔力測定があるんだっけ。

 わたしは兄と違って、魔法の扱いや魔力量は平凡らしいけど、それでも気にはなる。


 

「アリア嬢、今日はあなたにとって大事な日です。もっと胸を張って良いのですよ」


 マゼロン侯爵が、朝食のサラダを食べながら話してくれる。


「……それはそうとファイエール子爵、大聖堂までの道のりは気をつけたほうが良いかと」

「気をつける、と言いますと?」

 

「……はい、一昨日平民議員が議会から離反を宣言したのは、すでに聞いてますか?」

「ポーレットから聞きました。なんでも、宮殿の庭園一角を占拠しているとか……」


 

 ……そう。わたし以外の人間が気にしているのは、むしろそっちだろう。

 

 開かれてから一ヶ月あまり、何も決まらない議会に業を煮やした平民の議員たちが、宮殿の大広間を飛び出してこう宣言した。

『いかなる王族、貴族議員の決定も我々の承認無しには効力を発揮しない。我々の決定を、公平公正な議論なしに否定することはできない』

 そして、宮殿の敷地内に広がる庭園の一部を占領してしまった。


 これが、わたしたちが王都に到着する前日の昼。


「そうです。そして、それに対して昨日の朝、王家騎士団による武力行使が決定しました」

「な……」


「申し訳ない。私のもとに情報が入るのが遅くなってしまい……」

 マゼロン侯爵は軽く頭を下げる。


「……国王は、そんな強硬策を取るようなお方だったか……?」

「いや、おそらく王家に近い勢力の独断かと」


 王家騎士団。

 王国中から優れた剣の使い手や戦闘魔法の使い手を選抜して作られた、この国における軍隊に相当する存在。

 しかし、強力な武力だけにあまり簡単には動かせないはず。

 特に現国王ベルリアン8世は穏健な性格で、めったに武力行使や強権発動をしない……というのを、お父様から聞いていたのだが。


「そして、その情報が決定直後から、どうも街に流れているらしいのです」

「……昨日の朝決まったことが、もうすでに……?」


 なるほど、お父様が驚くのも無理はない。

 宮殿内部で決まったことがすぐさま街に流れ、一般市民の耳に入る……情報網の発達した日本でも難しいことなのに、一番速い乗り物が馬車、伝書鳩が行き来するこの世界でそんなことがあり得るなら……


「……誰かが意図的に情報を流している……?」

 兄の声。

 ……でも、多分そうだろう。


 そうだとして、誰が何のために?


「……とにかく、その結果として街に住む平民は、王家騎士団を恐れて家に閉じこもっているか、逆に不満が爆発して貴族と小競り合いになっているか、その2つに分かれています。特に王家勢力の貴族の屋敷が集まる街の北側は、ちょっと物騒なことに……」


 わたしたちは昨日街の南側から王都に入ってきたけど、中心にある宮殿を挟んで反対側は大変なことになっていた、ということか。


「捕らえられた者が複数出ていますし、襲撃で負傷する者も貴族、平民双方に出ています。くれぐれも大聖堂への移動は、細心の注意を払ってください」


「わかりました。ご忠告ありがとうございます。……ポーレット、アリア、そういうことだ。護衛の者はつくが、できれば二人も周囲には気を配っていてくれ」


「了解しました、お父様」

 兄はそう答える。


 ……でも、わたしは気が進まない。

 そんな危ないみたいなこと言われたら、大聖堂に行きたくない。


 大聖堂は昨日通ってきたように、街の南側にあるからそんなに危険じゃない……と信じたいのだけど……




 ***



 わたしの嫌な思いも虚しく、朝食を取るとすぐさまわたしたちは大聖堂に向けて出発した。

 

 馬車で少しの道のり。

「……昨日より、街に出ている人が多いな」

 お父様がつぶやく。


 ……そう言われると確かに。

 

 服装からして、見えるのは皆平民だろう。

 御者の隣で、マゼロン侯爵家の使用人二人が剣を構えていることもあり、こちらに向かってくるような人はいないのが幸いだ。


「しかし、貴族に面と向かって楯突くなど、今まで無かったというのに……」

 ……お父様からごく自然に出た声が、なんだか印象に残った。




 第一要塞と魔法研究所に挟まれて建つ大聖堂。

 王国各地にある教会を束ねるその威厳を示すかのように、二本の塔が空へ伸びた石造りの建物だ。


「ファイエール子爵様、ようこそお越しくださいました」


 入ると、ここの司教様に出迎えられる。

「今回もよろしく頼む」

「はい。では早速、アリア様にはお清めを受けてもらいますので、こちらへ」


 係の人に案内され、わたしは部屋を移動する。



 成人の儀は、神事だ。

 まず服を、専用の白いローブに着替える。

 司祭からの祝詞を聞いた後、聖水で満たされた浴槽に浸かって身体を清める。

 その後もう一度、家族や使用人の前で、祝詞を聞き、司祭に対して成人することの誓いを行う。

 


 ***

 


 ……なんか大げさそうに聞こえるが、正直言って入学式とか卒業式みたいなもんだ。

 何回も確認した手順を思い出しながらやってたら、あっけなくスムーズに終わってしまった。


「アリア様、お疲れ様でした。食事の後、魔力測定です」

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