王国の今


「……ポーレットから聞いてはいたが、想像以上だな……」


 お父様がそう漏らすのも無理はない。

 馬車は時々通るが、それだけなのだ。街が静かなのである。

 たまに歩いている平民の人を見かけるが、なんだか皆暗い表情。


 そう思ってよく見てみれば、扉を閉めて閉店の文字を出している店の多いこと多いこと。

 同時に目立つのは、路地の奥に見える物乞いや行き倒れの人達。


「本来は、もっと活気がある街……なのですよね?」

「ああ。ここまで酷いのは、私も初めてだ……」

 

 ……王都ベルールアは、いや王国全体は今、不景気にあえいでいる。


 原因はいくつかある。

 他国との戦争。飢きん。

 

 それに輪をかけているのが、上流貴族たちの権力争い。それぞれの家が自分たちの利害を主張している結果として、課税の仕方などの決めなければいけないことが一向に決まらない。

 その結果として、不景気対策などがされることもなく、平民たちが放置されてしまっているのが、今の王国の現状。


「こんな状況なのに、王家や宮殿貴族の人達は、いったい何を……」

 アンが小声でつぶやく。

 アンは平民の、それも貧民街の生まれだ。兄が生まれるより少し前に、両親を失い孤児院にいたところをお父様が引き取って来たのだという。

「そういうなアン。お偉いさん方の事情というのもあるんだ。実際、久しぶりに議会も開かれたし、みんな手をこまねいてるわけじゃない」


 議会。

 兄からの手紙にもあったように、この状況を重く見た国王の提案により、王家と、様々な立場の人間が身分を超えて集まり会議を行う場……すなわち議会が一ヶ月前から開催されている。

「私の父からも聞いたことがないから、父が貴族の権利をいただくよりは前、下手したらもっと昔かもな……」

 とお父様が言っていたから、少なくともこの50年間、議会は開催されていなかったらしい。


 そう思うと、まず議会が開かれただけでも前進、と呼べるのだろうか。

「ですが、ポーレット様も議会では何一つ決まってないと……」


 ……アンの言う事は最もだが、その一方で一ヶ月ぐらいでそんな色々決まるものなのかなあ、とも思う。



「見ろアリア、あれが第一要塞だ」

 馬車内の沈んだ雰囲気を変えたかったのか、お父様が少し大きく声を上げる。


 お父様が指差す道の向こうには、周りの建物よりも大きい石造りの建造物。

 堀に架かった木製の跳ね上げ橋の向こうでは、複数の兵士が警護をしている。


「大きい……」

 確か、元々はこのあたりまでが王都の範囲だった。この要塞は、王都の中と外を守るために作られたものである。……と、本で読んだことがある。

「まあ、最近は刑務所の機能も兼ねているからな。重罪人も多くいるらしい。それと、その隣が大聖堂、その奥が魔法大学校だ」

 同じ石造りだけど、大きな塔が目立つ建物の前を通る。言われてみれば、日本にいた頃見た大学のキャンパスの建物にどことなく似ている。

 中を覗くと、確かに揃いのガウンを着た男子の一団。あれが魔法大学校の制服なのだろう。


「ということは、兄もここに?」

「寮も併設されているから、普段はここに住んでいるはずだ。今日は、我々を出迎えるために外出許可をもらっているらしい」



 ***

 


「お久しぶりです、マゼロン侯爵」

「おお、遠いところをよくお越しくださった」


 ファイエール子爵邸の何倍も広い屋敷にわたしたちが入ると、世界史の教科書でしか見ないような立派な服装をした男性が、複数の使用人を従えて現れた。


「いえ、ポーレットの時に続いて、今回も滞在をお許しくださりありがとうございます」

「あれ、あの時以来でしたか……道理でアリア嬢も大きくなるわけだ……」


 男性はわたしの方に近づこうとして……


「アリア! よく来たね!」

 後ろから走ってきたイケメン兄に妨害され、面食らう。

 そしてわたしはそのイケメン兄に抱きつかれる。


「兄さん……」

「疲れただろう、明日の準備もあるんだからゆっくり休んでくれ」

 そう言いながらわたしの頭をわしわしと撫でる。……近くで見ると、本当に整った顔立ちだ。日本でアイドルや俳優としてテレビに出ても、何ら違和感ないような気がする。


 これが兄のポーレット。アリアの記憶の中にある彼同様、すごいイケメンであると同時に妹をこよなく愛する人物である。


「ああ……ポーレットも久々だな。お前とも、後でゆっくり話をしよう」

 そう言って兄の肩に手を置くと、お父様はわたしに向き直る。


「アリアは初対面だよな。この方がマゼロン侯爵だ」


 マゼロン侯爵。

 500年以上の歴史を持つ名門一家の現当主であり、王国最大の農業地域である西部平原を領地とする大地主。王家とのつながりもある、まさしく上流貴族である。

 それでありながらあまり身分にこだわらず、ファイエール子爵家のような新興貴族を増やしたりすることに積極的な一面もある。


 ……というかこの人もよく見ると良い顔してるなあ。イケオジ枠の俳優で結構人気出そう……


「アリアです。本日は私めの成人の儀の立会、王都での滞在を許可してくださり、誠にありがとうございます」

 わたしはスカートの裾を軽くつまんで貴族流の挨拶をする。転生してから、未だにこれは慣れない。


「いや、そんなかしこまらなくても。一応、アリア嬢が生まれたての頃に姿を見てはいるのだが、覚えてないかね?」

「すみません、全く……」


 転生前の記憶を思い返しても、出てこない。

 昔のアリアが覚えてないことを、わたしが覚えているわけない。


「そうか、まあ随分昔だからな。それより、家族で積もる話もあることだろう」

 隣で今にもわたしに飛びつきそうな兄を見ながら、マゼロン侯爵はドラマのような低い声で話す。


「長旅で疲れているはずでしょう、今日はゆっくり休むと良い。……誰か、部屋を案内してやれ」

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