第10話 一度受けた仕事は、何があっても絶対にやりぬく覚悟
「ふう。こんなもんでいいだろう」
ジェイクが持っていた麻袋の中にいっぱいの山菜が入った。
「この時期にこんなに採れるものなんですね」
「ああ、そうだな。登山ルートだと人に採取されてなくなってしまうが、そこから外れれば外れるほど手つかずの山菜が多い。ワシは強い。だから、こうした危険なモンスターがいるところの山菜を採るのさ。安全なところは他の山菜取りに譲るためにな」
「おお! それは、とても優しい考えですね! ジェイクさんのことを実の父親と同じくらい尊敬させてもらいます」
「なんだそれは……まあ、勝手にせい。そろそろ下山するか。下山するまでが登山だ。山はなにが起こるかわからない。最後まで気を抜くんじゃあないぞ!」
「はい!」
ジェイクに続いて山を下りていくハーランド。山はなにが起こるかわからないう。ジェイクのその言葉をすぐに通関することとなった。
「ぐるるるるう!」
ジェイクの眼前に現れたのは、1匹のトラだった。トラの額には角がついていて、その角は金属のように光沢がある。
「ロッドタイガーか。ここはワシに任せ……ぐ」
ジェイクは急にその場に膝をついてしまった。
「ジェイクさん!?」
ハーランドはジェイクの元に駆け寄る。しかし、ジェイクは腕を突き出してハーランドを制止した。
「来るな。このモンスターはお前さんが勝てるような相手じゃない」
「え?」
「経験不問の冒険者。どうせ、お前さんはロクな実力を持っていないのだろう?」
ジェイクは腰を抑えて悶えている。ロッドタイガーはジェイクの不審な行動に警戒しているのか、周囲をうろついて様子をうかがっている。
「ワシは強いから、どんな冒険者が来ても構わなかった。だが……流石に歳には勝てないってことか。このタイミングで腰痛が来るなんて」
腰痛。体のほぼ中心に位置し全身を支える部分。そこに激痛が走れば、どんな強者でもたちまち、立ち上がることすら困難になる。まともな体勢を取れなければ、力も入らないし、ジェイクはまともに戦える状況ではなくなってしまった。
「ワシに構わず逃げろ。このままだとお前さんも死ぬぞ」
ロッドタイガーが唸っている。ジェイクがまともに戦える状況でないことを察知したのか、口角を上げて牙を見せる。そして、ついにジェイクに飛び掛かった。
「もはやこれまで……」
ジェイクが死を覚悟した瞬間、彼の前にハーランドが立った。ジェイクがあっけにとられている間に、ハーランドはその辺に落ちていた木の棒を手に持ち、それでロッドタイガーの出っ張った鼻を思い切り強打した。
「きゃいいん!」
神経が集中している鼻を攻撃されてロッドタイガーは怯んでしまった。しかし、木の棒の強度がそこまで強くなかったので、バキっと音を立てて折れてしまった。ハーランドは折れた木の棒を捨てて、ジェイクを守ろうと両手を広げた。
「お、お前さん。逃げろと言っただろ! 依頼主の言うことが聞けないのか?」
「聞けませんね。俺の仕事はあなたの護衛です! それを途中で投げ出すことは、いくら依頼主の命令だとしてもきけません!」
ハーランドは右手にエネルギーを集中させた。手から火花がバチバチと出る。ブラントとの魔法の特訓を経たことでハーランドの基本的な魔力も上がっている。
「サンダー!」
ハーランドの右手の人差し指から一筋の雷が放たれる。その雷はロッドタイガーに向かって放たれるが……起動が曲がり、額の角にサンダーが命中した。
「あ、あれ? そんなところ狙ってないのに」
「無駄だ。お前さんは魔法使いだろ? 冒険者なのにロクな武器を持ってないからなんとなくわかる。ロッドタイガーの額の角は魔法の避雷針のようなもの。あらゆる魔法を角に引き付ける。そして、あの角に魔法は効かない。お前さんじゃ勝ち目はない」
魔法使いに対して無敵の強さを誇るロッドタイガー。ハーランドだけじゃない。魔法使いならば、誰もが勝てるはずがない相手だ。
「ぐるううううう!」
ロッドタイガーはハーランドを睨みつけた。ネコ科特融の縦長の瞳が狙っているのは……首筋だった。
「ぐわああぁああああ!」
ロッドタイガーは飛び掛かる。先ほどの木の棒での一撃で怯んだものの、それがかえって敵の怒りを誘ってしまった。
あの鋭い牙で首を噛まれれば、それだけで絶命しかねないほどのダメージを負ってしまう。絶体絶命の状況。ハーランドは魔法を唱える余裕もない。その時だった。
「コケーッ!」
「クックルドゥドゥ!」
ケンティーとアッキーがそれぞれロッドタイガーの両脇にクチバシを打ち付けた。
「がるうう!」
ニワトリの攻撃に気を取られたロッドタイガーはハーランドへの攻撃を中断した。
「ケンティー、アッキー! ナイス!」
「ニ、ニワトリ。お前さんが連れていたやつか。しかし、ニワトリがトラに勝てる道理などない」
「まあ、でも、俺が戦うよりかはマシです。ニワトリのクチバシは痛い。格闘戦なら、俺よりもあの2羽の方が強いです」
ロッドタイガーが尻尾をぶんぶんと振り回す。そして、勢いつけたまま鞭のようにしならせて、ケンティーを尻尾で叩きつけた。
「コケーッ!」
「ケンティー!」
「クックルドゥドゥ!」
仲間がやられた怒ったアッキーがロッドタイガーに向かって蹴りを入れようとする。だが、ロッドタイガーは長い尻尾をアッキーに向かってたたきつける。
「クックルゥウウ!」
「アッキー!」
ケンティーとアッキーは敵の攻撃でダメージを負ってしまった。主人を守ろうと必死なニワトリ。だが、その相手は強すぎた。やはり、2羽がかりでも倒すことはできない。
「どうすればいい……」
ハーランドは必死でイメージした。だが、どれだけ強力な魔法をイメージしたところで、魔法が避雷針の役割をしている角に吸われてしまうのならば、意味がない。ならば……
「避雷針に吸い寄せられないサンダー!」
ハーランドの指先からサンダーが放たれる。
「無駄だ。魔法は効かないと言っただろう」
ジェイクは諦観した目で魔法を見ていた。しかし、ハーランドの放ったサンダーは軌道を曲げることなく、そのままロッドタイガーの本体に命中した。
「キャィイイン!」
ロッドタイガーはサンダーを受けて後ずさりをしてしまった。
「バ、バカな! どうして、魔法が額の角に吸い寄せられないんだ?」
ジェイクは口をポカーンと開けて驚いている。
「お前さんは一体……」
「ダメだ……」
ロッドタイガーはハーランドの攻撃を受けて怯んだものの、大ダメージを与えるに至っていない。やはり、ハーランドの魔力そのものがまだ未成熟で修飾魔法で“強い”を修飾しないと敵に十分なダメージを与えられる魔法にはならない。
「ジェイクさん。あのロッドタイガーの避雷針って魔法ならばなんでも吸い込むんですか?」
「いや……なんでもってわけではない。自分の近くの魔法を吸い取るだけじゃ。避雷針の射程距離外に放たれた魔法は流石に吸えない。だが、ロッドタイガーの体の部位全てが避雷針の射程距離内じゃ。だから、本来ならやつに魔法はあてることができないはず」
それなのに魔法を命中させられたハーランドはジェイクの常識の外の存在だった。だが、ジェイクは更にハーランドの規格外の魔法を文字通り味わうことになる。
「ジェイクさん。やっぱり、俺じゃあのモンスターに勝てません」
「まあ、だろうな。でも、お前さんはよくやってくれた。だから逃げてくれ。お前さんはまだ駆け出しじゃろうが、ここで終わらせるには惜しい不思議な才能を持っている」
「ジェイクさん。ちょっと我慢してくださいね?」
「…………?」
腰痛で体が動かせないジェイクに、ハーランドは容赦なく人差し指を向けた。
「お、お前さん、な、なにを――」
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