第7話 初登場はピンチの時に颯爽と現れて助けてくれるタイプのヒロイン

「え……? 本当に出た?」


 やぶれかぶれの状況でただ自分の願望を口にしただけ。それがまさか、本当に出るとはハーランド自身も思ってもみなかった。モンスターたちを一斉に攻撃することができた……だが、モンスターたちはまだ撃退できてない。電撃で怯んだもののそれだけだ。すぐに体勢を立て直してハーランドに再び向かってきた。


「そうか。拡散させた分だけ威力が下がっちゃったんだ」


 もう1度魔法を唱えようとするハーランドだが、体の不調に気づいた。普通にサンダーを撃つ時よりも拡散するサンダーを使った時の方がエネルギーの消耗が多くて、体に負担がかかってしまう。もっと強いサンダーを撃てたらいいのに。そう思うも、強すぎる力を撃つリスクもあった。だから、ハーランドはイメージした。丁度いい強さを。


「それなりに威力があるけどエネルギー消費量が丁度いい具合に抑えられた広範囲に広がるサンダー!」


 再びハーランドの五指からサンダーが放たれる。バチバチと火花をスパークさせて放たれたそれは音だけでも威力が高そうであることが伝わってくる。


 それが実際にモンスターの群れに放たれて、モンスターを痺れさせる。ハーランドのサンダーを受けたモンスターたちはその場で逃亡し、撃退に成功した。


「や、やった……?」


 だが、安心はできなかった。確かに魔法の威力は上がった。エネルギー消費量も丁度いい具合と言える範囲。だが、その分範囲が狭まったのだ。そのせいで、1匹だけハーランドのサンダーを受けなかったのだ。


「最後の1匹。もう1度サンダーを……!」


 ハーランドは最後の1匹に人差し指の照準を合わせる。ここでサンダーを放たればハーランドの勝ちだ。しかし……


「サンダー!」


 出てきたのは、軽いバチっとした火花。単純なエネルギー不足。放った後に気絶はしなかった程度には丁度いい具合のエネルギー消費量ではあるが、最後の一撃分は残されてなかった。


 火花にモンスターは一瞬怯んだ。だが。それ以上何もないことを理解したモンスターはニヤリと笑ってハーランドに向かってこん棒を振るってきた。


「ま、まずい! やられる!」とハーランドが思った瞬間、ヒュンと風切り音が鳴り、モンスターの首筋に1本の矢が突き刺さった。


「がっ……」


 モンスターはその場に倒れてしまった。ハーランドはわけがわからずに矢が飛んできた方向を見た。そこにいたのは、朱色の髪を束ねた深い緑色の瞳を持つ女性だった。彼女の手には弓が握られていて、ハーランドをじっくりと見ていた。


「怪我はない?」


 女性のその一言に、ハーランドはほっとした。彼女は敵ではなさそう。単純に自分を助けてくれた人だ。


「あ、ありがとうございます。本当に九死に一生を得ました。この一生かけても返しきれないご恩は子々孫々まで返させていただきます!」


「あ、いや……なんか大げさだな。まあいいや。見たところ歳も近そうだし、敬語はやめてよ。ウチの名はゾーイ。見ての通り、冒険者だ」


 見ての通りと言われてみればとハーランドはゾーイの体つきを見た。腕も女性ながらも一般的な成人男性並み以上の太さとがっしりした筋肉がある。


「あ、俺はハーランド。見てわからないと思うけど冒険者をやってるというか、それしか働き口がなかったというか」


「まあ、それはウチも似たようなものだね。好き好んでモンスターと戦う危険を冒すやつなんか一握りの少数さ。ウチも他に働けないから仕方なく冒険者やってるんだ」


 自分と似たような境遇の人を見つけてハーランドはホッとした気分になった。一通り落ち着いてから、ハーランドは自分の荷物を確認した。


「あ、そうだ。これ。良かったら好きなの持っていってください」


 実の父親のような存在のフライド仮面から渡された手籠の中の野菜や果物をゾーイに見せた。


「え? いいの? 悪いね」


「はい、助けてくれたお礼です」


「あ、でも、ここらのモンスターは果物の匂いに敏感でね。野菜は大丈夫だけど、果物だけはここで食べて消費した方が良い。さっきみたいに襲われたくなければね」


 それだけ言うとゾーイはリンゴを手に取り。それを服にこすりつけてから丸かじりした。


「そうなんですか」


「ここらのモンスターより強ければいいけれど、失礼ながらあなたはそこまで強そうに見えないからね。実際、さっきまでオーガジに苦戦してたよね?」


「うん。まあ、あのモンスターがオーガジって言うのすら初めて知ったくらい」


 駆け出しも駆け出し。経験なんて皆無に近いハーランドは冒険者に必要な知識もまだ足りていないのだ。


「ところで、この山に登っている冒険者ってことは、レイチェルさんのところに雇われているの?」


「うん、まあ。そうだね」


「そっか。それじゃあ、いつかウチとシフト被る時があるかもね」


「え? ゾーイもレイチェルさんのところで働いているの?」


 ハーランドは目を丸くする。この山にいる時点でその可能性は十分にあるが、それでも同じ現場で働く人と遭遇するのはなにかの縁を感じる。


「そ、基本昼だけど、時間がある時は夕方から夜も担当しているんだ」


 ゾーイはニコっと笑いかける。同業者で、同じ現場で働いているハーランドに親近感を持ったのだ。


「ウチはもう仕事が終わってこれから家に帰るところなんだ。ハーランドはこれから仕事?」


「うん。まあ、そうだね。そのついでにこの野菜をおすそ分けしようと思って」


 果物をかじりつつもハーランドが答える。


「そっか……いつか果物も届けられるようになるといいね。それじゃあ、ウチはこれで」


「あ、はい。ありがとう。ゾーイ」


 ゾーイは下山していった。果物を消費しきったハーランドはその後、モンスターに襲われることなく、レイチェルの牧場へと着いた。


「こんにちはー。レイチェルさん!」


「やあ、ハーランド君。お疲れ様。随分と早いね。まだブラント君は来ていないよ」


「あはは。まあ、その。ちょっとおすそ分けを持ってきました」


 ハーランドは手籠の野菜をレイチェルに渡した。


「おお、悪いね。せっかくだから、今日のまかないはこれを使ったメニューにしようか」


 レイチェルは笑顔でハーランドの野菜を受け取った。


「そうだ。ここに来るまでの間に、ゾーイって人と会いました」


「ああ、ゾーイ君か。年齢は君の1個下だけど、冒険者としては先輩だ。なにか困ったことがあったら相談しなよ」


「はい!」


 ハーランドは素直に返事をした。事実、ハーランドはゾーイの実力を目の当たりにした。彼女の実力は把握しているし、その部分を尊敬している。


「まあ、控室でブラント君が来るまで待っていな」


「はい」


 ハーランドは控室へと向かった。控室に用意してある椅子に座り、そこでようやく一息ついた。


「ふー。なんか今日は仕事する前から疲れたな。ケンティーとアッキーもそう思うだろ?」


「コケーッ!」


「クックルドゥドゥ!」


 一応は戦闘に参加するにはしたニワトリたちをハーランドは労った。フライド仮面からもらったものの中には、ニワトリ用の飼料もあった。ハーランドはそれをニワトリたちに与えた。


「クックックック!」


 謎の鳴き声を喉で鳴らしてエサを食べまくるニワトリたち。


「そうか。そんなに腹が減っていたのか。悪いな。飼い主である俺がこんなに貧乏なばっかりに」


 父親からはいざという時はこの2羽を絞め殺して肉にしてでも生き延びろとは言われている。だが、ハーランドには元からそういうつもりはない。自分の食費を削ってでも、まずはこの2羽のエサをどうにかしないといけないと、飼い主としての責任をきちんと感じていた。

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