17

 突然の化物の襲来に、襲われないとは知らない奴隷のような扱いを受けていた住民も悲鳴と共に逃げ惑い、一瞬にして混乱の渦に巻き込まれたミラド。

 一方でその中を、三人は何事もないかのように歩いていた。


「小さいけど結構、街並みとか綺麗そうな場所だね」

「目立ったものはありませんでしたが、立ち寄る商人などからの評判はとても良いものだったようです」

「へぇー。人情的な感じなんだろうね」


 まるで観光でもするように――だがその周辺では大蛇が人々を避けながら兵を呑んでは喰らい所々へ鮮血が飛び散っていた。

 そして足止めを喰らうことなくあっという間に王城へ辿り着いた一行はそのまま最上階の王の間へと向かった。途中、大蛇のいない所為で残った城内の敵兵をルシフェルが排除しつつ、門から一度も立ち止まらずにペペは王の間へと辿り着いた。

 この城内では一際大きな扉を開けてみると、規模や装飾などは控えめであるものの確かにそこは王の間。

 そして国内を一望とまではいかなくとも、ある程度見渡せるガラス張りの前にはここまでの兵とは少し違い(一般兵よりは)階級が上の装いをした帝国兵士が立っていた。兜を被り表情は見えないが、突然の事に平然さは欠けている様子。


「だ、誰だお前は!」


 扉の開く音に顔を向けた兵士はペペらを見た途端、体を跳ねさせ動揺声を上げた。同時に指先までしっかりと伸ばされた指が代表してペペを指している。


「貴様が知る必要はない」


 指示されるまでもなく言葉の後、ぺぺの背後から飛び出したルシフェルは一直線に兵士の元へ。

 走り出すのとほぼ同時にルシフェルは何かを矢のように放った。一足先に到達したそれを兵士は剣を抜きながら弾き飛ばす。それは鞘だった。

 そして弾いた鞘の後ろからすぐそこまで迫ったルシフェルが手にした刀で斬りかかる。

 タイミングをずらし振り下ろされた刀。それを兵士の剣は重そうに受け止めた。鍔迫り合いにはなっていたが、それはとりあえずといった感じで兵士は今にも押し負けそう。だがそうなる前に兵士は力を振り絞り何とか大きく退き危機を脱した。

 しかしルシフェルはすぐさま間合いを詰め兵士へと斬りかかる。それを受け止めた剣はほぼ偶然と言っても過言ではない程にギリギリで辛うじて耐えられたといった様子。そこから二振り三振りと連続で振るわれる刀。

 そして何とか連撃を三つ分、耐えた兵士だったが――最早、完全に戦いの主導権を握られた彼の手から楽々と弾かれた剣は大きく宙を舞う。更に鎧の音を立てながら戦場では死を意味する尻餅を着いた。


「貴様がボルボとかいう奴か?」


 下手に動けないよう切先を向けられた兵士に、ナルキスが口にしていた名前を思い出したペペは疑問に思いながらそう尋ねた。


「(確か隊長って言ってたけど、隊長にしては弱過ぎだよね? それともルシフェルが強過ぎる?)」

「ボルボ隊長はもうここにいない。ここは俺らが引き継いだんだ」


 微かに震えた声。だがそれは、これまでの口調や仕草から彼の勇敢な性格が読み取れたところから察するに、魔王一行に対する恐怖と言うよりこれから迎えるかもしれない死に対するものなのかもしれない。


「そうか。どの道、この地は吾輩が頂く。お前を殺してな」


 興味なさげな声の後、ルシフェルは刀を振り上げた。そんな彼を拳を力強く握り締めた兵士は命乞いなどせず、ただじっと見上げているだけ。

 そして躊躇いなど微塵も無く、ルシフェルは刀を振り下ろした。

 すると、それとほぼ同時――雷鳴が轟きルシフェルの頭上からは大砲でも撃ち込まれたような破壊音が鳴り響いた。


「(えっ!? なに? なに?)」


 内心だけで動揺するペペと微かに警戒を強めるアルバニア。二人の視線先にいたルシフェルを含めた一帯は、埃煙に包み込まれ状況は掴めない。

 だがそれが徐々に晴れてゆくと、ルシフェルと兵士の間に人影が一つ。交わう刀と剣は完璧な均衡で鍔迫り合いを繰り広げていた。ルシフェルの姿勢は前傾でより力を加えているのが分かる。

 一方で相手も均衡を保つのがやっとのようだ。クラガン帝国の紋章が入った鎧が背の高い身を包み込み、兜は無く、少し長めの金髪と眉間に皺を寄せ堪える表情からでさえその顔立ちが整い異性からの人気があるというのが見て取れる。


「アストル!」


 すると割り込んできた男の背後で兵士は安堵を含んだ声で叫んだ。


「無事か? ロベット」

「あぁ」

「立ち寄ってみて良かった」


 強めた言葉の語尾に合わせアストルが力を込め押し返すと、それに抵抗することなく大きく退くルシフェル。二人は仕切り直し対峙した。


「(うわっ! なにあの人、ヤバそう……)」


 言い表す事の出来ない感覚だったが、戦いを見る前から既にアストルがただの兵士でないことはペペも含め全員が感じ取っていた。特にたった一度、刃を交えただけだったがルシフェルはペペ以上にそれを感じ、微かに双眸の鋭さが増していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る