4

 気が付けば彼は立派な魔王として世界を征服していた――のは夢の世界。そんなペペは朝方の稲光で目を覚ました。


「……あれ? もう朝?」


 まだ眠り足りない目を擦りながら体を起こす。


「おはようございます。ペペ様」

「うん。おはよう」


 掛けられた声に返事をしながら大きく伸びをするペペだったが、例え寝惚けていてもおかしいと分かる状況に思わず手を止め声のした方へ視線をやる。もう城内には誰一人残っていないはず。

 だがそこには確かに二人の人間のような――どこか見覚えのある人物が立っていた。

 優しい微笑みを浮かべる女性とクールな無表情の男性。目覚めるとベッド傍に立っていた謎の人物にペペが少なからず警戒心を抱いたのは至って自然なことであった。だが同時にそれが大きなものではなかったのは、不思議と二人から危険を感じなかったからだった。


「誰? ――いや、待って。……もしかして会ったことある?」


 二人の顔や姿を見ていると、端の方でひっそり縮こまっていた見覚えが段々とその存在感を大きくしていった。それを感じながら喉まで上がってきた分かりそうで分からないもどかしさをどうにか出そうと二人をじっと見つめるペペ。

 するとまるで電球が点くように、脳裏へ浮かんだ二つの名前。


「もしかして……。ルシフェルとアルバニア?」


 浮かんだ名前を口にしたもののそこに自信は無い。それ程までに自分でも自分の見覚えの正体が信じられなかった。


「はい。この姿でお会いするのは初めてですね。ヌバラディール・ペペ様」


 そんなぺぺに対しアルバニアは依然と優しさ溢れる笑みを浮かべ丁寧に頭を下げた。


「え? えっ? でも君らって人形だったよね? それが何で? どうゆうこと?」


 だがペペは昨日まで確かに人形だったはずの二人が今日になって突然、命を宿したことが信じられずにいた。


「それを説明させて頂いてもいいのですが、少々時間がかかってしまいます。ですので今は先に……」


 そう言うとアルバニアとルシフェルはその場で跪いた。


「魔王ヌバラディール・ペペ様。どうか私共をあなた様の僕とし付き添うことをお許し下さい」


 突然の申し出にペペは思わずベッドから立ち上がる。その間もペペからの言葉を待ち、二人はずっと跪いたたまま。

 そんな二人を見下ろしながらペペは一旦、頭の整理を始めた。


「(人形だったはずの二人が動いて喋ってる? どういうこと? もしかしてばあちゃんがあんなこと言ってたのってこれのこと? いや、でも今は魔王としてちゃんと返事をしないと)」


 魔王として堂々とした言葉を返そうと思ったペペだったが、ふと脳裏に先日のベルゼールの言葉が過った。


『正直あんたの手下はつまらなかったぜ。じゃあなぺぺ』


 手下を全て失った自分。それが一瞬にしてペペの魔王としての自信すらも奪い去ってしまった。


「ちょっと考えてからでいいかな? それに頭も整理したいし」


 それだけを言い残すとペペは二人が顔を上げる前に寝室を後にした。ドアの閉まる音が鳴り響いてから二人の顔は上がり、同時に視線をドアの方へ。

 その後、立ち上がったルシフェルは無言のままドアへと歩き出した。


「どこに行くの?」


 アルバニアの声に立ち止まったルシフェルは顔だけで振り向いた。


「すべきことだ」


 そう言い残しルシフェルは寝室を出て行き、少し遅れてアルバニアも部屋の外へ。


 〇〇〇


 魔王城の裏庭にはゾンビ花の花壇があった。ペペが趣味で育てている花で彼の故郷から持ってきたもの。

 そんな花壇前にペペの姿はあった。体育座りで小さくまとまったペペは元気な呻き声を上げる花の中心に咲いたゾンビをただじっと眺めていた。

 すると辺りから響く呻き声に紛れるように聞こえた足音。それはぺぺの隣まで近づき、そして立ち止まった。


「お隣に座ってもよろしいでしょうか?」


 撫でるような優しい声はそっと尋ねてきた。顔を上げてみるとそこには少し前屈みで最初と同じ微笑みを浮かべるアルバニア。


「いいよ」

「失礼します」


 アルバニアはしっかり頭を下げてから隣に腰を下ろした。


「元気なゾンビ花ですね。ペペ様がお育てになられているんですか?」

「そう」

「ゾンビ花は繊細ですからね。この数をここまで育てられるとは流石です。それにこの鳴き声……」


 改めて耳を澄ましアルバニアは呻き声を聞いた。


「質の良いゾンビ花ですね」

「いい感じに育ってるんだよね」

「素敵です」


 それから少しの間、二人は何も言わず呻き声を上げるゾンビ花を眺めていた。


「さっき僕について行きたいって言ってたけど今、どんな状況かは知ってるの?」

「詳しくは分かりません。ですが、ペペ様が私達の力を必要として下さっているのであればどんな状況であったとしても力の限りを尽くします」

「どうしてそこまで?」


 それは単純で、それでいて核心を突く疑問だった。


「それが私達のすべきことだからです。あの日から私達はあなた様の為に存在しているのです。ペペ様の手足となり、剣ととなり、盾となり、行く手を塞ぐモノ全てを排除する。そう誓いました。ですので私とルシフェルをペペ様にお仕えさせてはくれませんか?」


 そう真っすぐな眼差しを向けるアルバニアを見ながらペペはある事に気が付いた。


「あれ? そう言えばルシフェルは?」

「ルシフェルは……」


 言葉を止めたアルバニアは体の前に持ってきた両手をくっつけ器を作った。

 するとその器からは大量の赤黒い魔力の小さな球体が蛍のように昇り始める。そして昨日ぺぺが作ったモニターのようなものと同じモノが作り出されると、アルバニアは手を下ろした。


「ここへ行っております」


 その言葉に反応するように画面は切り替わりルシフェルの後姿が映し出された。

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