第12話

 六時になった。

「……フワァッ」

 ファニーは両手をテントの天井に伸ばし、大きな欠伸をする。と、耳を何か腹立たしい音が突いた。

「クオォォォォ……クオォォォォ……グオォォォォ……」

 音の主は、カルロスさんだった。

「……おーい、起きてますかー?」

「グルゥォォォォ……グルウォォォォ……ッグロロロロロ……」

 カルロスさんは眉間に深く皺を寄せている。上の瞼がヒクヒクしている。

「悪い夢でも見てるのかな……」

 そっとしていた方がいいのだろうか。

「ウ、アァ、アァ……カナリア、カナリア、おい、カナリアァァァッ!」

 カナリア? 黄色い小鳥? 何が起こっているのだろうか。


「カナリアァァァァァァッ!!」


 天井の空気をつかむかのようにカルロスさんは手を伸ばし、足をばたつかせる。

「……朝食をお持ちしました」

 と、メイドさんが入り口をヒラリと開けて入ってきた。

「ぅぃ行くなぁぁぁぁぁっ!!」

 メイドさんも、この惨状を見て明らかに困惑していた。

「ご飯、ここに置いていきますね……」

 メイドさんは控えめに言って、テントを出ていった。

「あっ!」

 今日のサイドメニューは、よく盛られた無限人参だった。


 嫌な顔をしてカルロスさんはどうにか無限人参を食べ尽くした。

「……美味しかったでしょ?」

「かなり、ファニーが一緒にいる時ならな」

 カルロスさんの目元には真っ黒いクマが出来て、元々深いほうれい線が濃く浮き出ている。

 明らかにげんなりしていた。

「どんな夢を見ていたんですか」

「……まあ、色々な」

 あまり話す気にはなれないらしい。

 これ以上追及することは止めることにした。なんだか、入ってはいけない暗闇に落ちていってしまいそうな気がして。




 そして、七時になった。

 テントを片づけて、パートナー探しに私たちは出かける。湖の湖面がキラキラと輝いていた。

「諸君! まだHPは残っているか? さぁ七時となった。ゲーム再開の準備は出来ているかっ?!」

 どこからか黒革の男の声が響いてきた。

「どれだけデカい声なんだ」

 ここは、城が消しゴムほどに見える場所だ。

 続いて、オオウ、という威勢のいい声も響いた。

「お、オー」

 私も一応吠えておく。

「クッ、ハハハハハ」

 カルロスさんは力なく笑った。

「本当に、バカだよな」

 言ってしまってから後悔したような顔をして、私にはそれがひどく引っかかった。


 結局、九時ごろまではテントを立てた辺りをウロウロしていただけで、誰からも声をかけられなかった。

 その間は二人で雑談なんかをしていた。どんな絵を描いているの、とか、どんな絵が好きなの、と言った具合で。

 ――それでも、沈黙がちょっと長かったかな。

 それ以外は通常通り。多分。




 九時半になったころだっただろうか。

「あれ、こんなところにいたんだ」

 水を汲みに、一人で湖岸へと向かっていた時だった。

 ビクッとして、顔を上げると、そこには槍を肩に置いているのっぽさんが見下ろしていた。

「一日ぶりですね。ファニー・ド・キャロルさん。またお目に掛かれて光栄です」

 私の目の高さに目を合わせて、微笑んでくる。

「ろ、ローガンさん」

「どうですか? パートナー、見つかりそうですか?」

「お、お婿さん候補は、えっと、ま、まだ……」

「そうですか。それは良かった。実は私もまだだったんです」

 全く変わらぬ表情。カルロスさんのそれは見ていると怖くなってくるような真顔だが、コチラは見ていると怖くなるというか、気持ち悪くなってくる微笑なのである。

「どうですか?」

「わ、私……」

 ローガンさんを見れば、何を言っていいのか分からなくなる。というか、何を言っても抱かれる気がした。迂闊なことを言ったらやりで腹を貫かれるという選択肢も彼はある。

「っ……」

「どうしたのですか? 私では不満ですか?」

「い、いや……」

 実際、身体の大きさや槍という武器の強力さではカルロスさんよりも上だった。だが……。


「お断りします」


 一瞬、眉がピクリと動いたが、ローガンさんは笑みを絶やさない。

「どうしてですか?」

「そ、それは……」

 言ったら、殺されてしまうのだろうか。でも、言わなければならない。馬鹿馬鹿しい理由だけれど。

「わたす、あ、私の元カレが、『こいつと付き合っちゃダメだ』って告げているからです」

「……なんだ、それ」

 チッ、とローガンさんは舌打ちをした。

 初めて見た、彼の『笑う』以外の顔。

「あ、その、私は別に、あなたが不満なわけじゃなくて、上背もあって、槍捌きもすごくて、守ってくれそうで、ずっと笑ってるすごい人なんですけど、でも、でも……」


「……似てるけど、若干違うな。俺の妹は、こんなのじゃなかった」


「……え?」

 と、その瞬間、シュシュシュシュシュシュという音が聞こえた。

「ん……?」

 ハッと、二人が息を呑んだ瞬間にはすでに、緑色の蛇はローガンさんの左薬指に噛みついていた。

「グッ」

 鈍い顔をする。毒が注入されたのだ。

「クソっ、誰だ……?」

「ファニーをさらうやつは、何人たりとも俺は許さん」

 真顔でコチラを睨む、弓を構えた男。

「カルロスさん!」

 もう一度、毒蛇が左手の薬指に噛みつく。

「もう、良いじゃないですか。これくらい。止めてあげてくださいっ!」

 一瞬ひるんだような顔をしたカルロスさんだったが、ブンブンと首を横に振って再び矢をキリキリと引く。

魔法解放マジックリリース電流槍サンダースピア

 ローガンさんはサンダーバードのような目つきをして、槍をぶん回した。舌を細かく出し入れする蛇たちは体中に電流が走り、あえなく墜落していく。


「やっぱり、まだ似ている方だな。どうだ、もう一度聞くけど、俺の妹にならないか?」

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