『礎の絆』────追放された宝石王女は、奈落の淵で愛を見る

保志見祐花

第1話 どうして私だったのですか?




 私が国を追われたのは、二十歳の誕生日。

 広々とした王の間で、声高らかに言われたのです。



「──ステラ・カルサイト! 役立たずのお前を追放する!」

「……え……!? そんな! お父様!」





  私の名前はステラ。

 ステラ・カルサイト。『セント・ジュエル』王国の第16王女です。王家の人間は生まれつき『守護石』を宿し・それを守り育てながら国に仕えるのが、私たちの運命であり習わしでした。


 私が宿していた守護石は『鍾乳石』。地下深くで育つ、根暗な石です。他の宝石と比べて知名度も低く、姉さまたちにはさんざん馬鹿にされました。けれども私は、宿したこの守護の石を大切に育ててきました。


 大地の恵みの守護石。

 大切な大切な『私の石』です。


 ……なのに『追放』……だなんて……



 お父様も酷いです。

 なにもあんな場所で言い渡すことはないではありませんか。


 私はみなの笑いもの。侍女も兵も誰もかれも、私の味方をしてくれるものなどいませんでした。 









「……それで、貴女は森の奥で倒れていたのですか?」

「……ええ……」


 

 簡素な山小屋の中、問われ私は頷きました。お話してくださるのは、カーティスさま。黒の髪に白銀しろがねいろの瞳を持つ、物静かな殿方です。気が付いて混乱した私に丁寧に名乗ってくださいました。



 身を起こして、少し。

 お食事をいただきながら、ぽつぽつと話す私に、彼は険しい顔をして言いました。



「……酷い話ですね。憤りすら覚えます」

「──私、帰るところがなくて……この先、どうしたらいいのか……」



 絡まる不安を散らす様に、私は胸元のペンダントを求め、ゆるく掴んでいました。



 指に伝わる、艶やかな感触。私の大切な宿り石をあつらえたペンダント。もしかしたらこの宿り石も、私が追放された原因だったのかもしれません……

  

 落ち込む気持ちを散らす様に、私はぽつぽつとこぼしていました。



「セント・ジュエルの王族は、その中に石を宿し・国のために天命を全うします。それは逃れられぬ運命です。ですから皆、広大な土地の周りに壁を作り、その中で生活して参りました。宿り石の力で、国を守り繁栄させるように・と」



 それを信じて生きてきました。なのに、どうして? どうして私だけが追放されなくてはならなかったのでしょう?



「……けれど、私が宿す鍾乳石ステラサイトは地味な石です。特別鮮やかに力を放つこともありませんでした。透明に輝くことも、光を放つこともない。……要らぬと言われても、仕方なかったのかもしれません。」

「だからといって追放なんて……!」


「いいえ、国の状況を鑑みれば、致し方ありません。いくら石の加護があるといえど、近年セント・ジュエルの周りは戦火に見舞われておりました。役に立たない上に、食べて飲むばかりの王族など、要らなかったのだと思います」


「けれど、貴女が王族であることは変わりありませんよね?」

「……そう……ですけれど……」



 逃げるように視線を反らしていました。

 そうは言われても、私はもうあそこでは暮らしていけないのです。かといって、逃げおおせたと露見したのなら、どうなるかわかりません。



「──私はもう、平穏に生活することなど赦されないのかもしれませんね……」

「ステラ様。それを、僕に話してよかったのですか?」

「…………」


 

 問われ、私は目を丸めました。

 そんなこと……考えもしなかった。


 彼は私を助けてくれました。だから、話しても問題はないと思っていたのですが、カーティスさまの目は真剣でした。零してしまった私を本当に心配して・戸惑っているようでした。



 そんな──揺らめいた白銀の瞳に、少し。心の奥底がほろりとほぐれていくのを感じつつ、ペンダントの鍾乳石やどりいしに触れながら言いました。




「……そうですね……気が付きませんでした。私、あなたさまに「知ってもらいたかった」のです……きっと。この出来事を、抱えきれなかったのだと思います」




 出会って数日の殿方に、身分を明かし事情を話してしまった私は、愚か者かもしれません。けれども私は、打ち明ける他、道があるとも思っていませんでした。


 今はただ、痛む胸の中にある、ほんの少しの温もりを信じたかった。ただ、信じていたかったのです。








 彼との生活は平穏でした。私の話をよく聞いてくださいました。カーティス様は時々、合間を見ては難しい書物を読み漁り、何かを学んでいるようでした。


 今までとは違う生活でしたが、私は満足でした。命があるだけで喜ばしいことだと、身をもって知りました。壁の中のほの暗い室内とは違う色鮮やかな世界に、私の心は満たされていきました。





 けれど、平穏な日々は長く続きませんでした。


 数日あとのことです。

 東──セント・ジュエルの空が、赤く赤く染まったのは。







 ……どぉん……どぉん、どぉん……



 ──爆音が響く。故郷が燃え行く。

 どうして。

 なぜこうなってしまったのでしょう。

 私はただ、赤く染まりゆく空を見つめることしかできませんでした。



「……ステラ様……」

「…………」



 彼の優しい声掛けにも、声が出ません。お父様は? お母さまは無事でしょうか? どうしてこうなってしまったのでしょう? 


 彼がしきりに声をかけてくださいますが、真っ赤に染まるそらを前に、私の不安は口を突いて飛び出していました。



「……『セント・ジュエルには……聖なる宝石たちの守護がある』と、おっしゃっていたのに……! 伝承は嘘だったというの……!?」

「落ち着いてください、ステラ様!」


「今すぐ国へ、国へ戻らなければ……! お母さま、お父様は! お姉さまたちの命は!」

「駄目です! 貴女も命を落とすことになる! 追放された身で、のこのこと姿を現しては、貴女の!」

「────でも!」

 ──「おい! 誰かいないか!」



 渾身の訴えを遮ったのは、小屋の向こうからの声でした。

 突如投げられた無骨な男の声に緊張が走り、彼は素早く振り向き声を上げました。



「……来客……!? おかしい……! こんな場所に誰も来るはず──……!?」



 緊張と警戒を孕んだ声で呟くと、一拍。近づく足音を耳に、彼は私をかばう様に立つと、背を押し付けて言いました。



「……ステラ様、少し身を隠してください」

「────いたぞ! ステラ・カルサイト!! 王より命を受けた! お前を国へ引き上げる!」

「──へイネス……!」



 見覚えのある顔・高圧的で横暴な態度。城ではついぞ見ることのなかったへイネスの態度に、私はその名を叫んでいました。


 どうして罪人を見るかのような目を私に向けるのですか? どうしてそんな言い方をするのですか? へイネス・あなたは王族に忠誠を誓った兵のはずです!

 

 そんな気持ちが渦を巻く中、『故郷に戻りたい』という気持ちを差し置いて、私の思いは口から飛び出していきました。



「どういうことなの? へイネス! 追い出したのはそちらではありませんか! しかも、その目……! まるで私が罪人つみび

「煩い黙れ! とにかくお前が必要なのだ! 追放された身にも関わらず、王が温情をかけてくださるのだ! 大人しくこちらへこい!」


「それは勝手すぎるだろう! 王女に向かってなんだその口の利き方は!」

「煩い! なんだ貴様! 木こりか!? 木こり風情が王女に触れるな!」



 へイネスの怒号が響きます。城に居た時には向けられたことのない憎悪を宿した瞳に、私がびくんと震えたところに、さらに言葉は降り注ぎました。



「ステラ・カルサイト……! 貴様が国を出た途端、近隣からの魔道攻撃が降り注いだ! 役立たずのお荷物のお前が消えた途端だぞ!? お前は何をした! 答えろ!」

「私はなにも!」

「ええい黙れ! 大方、追い出された腹いせに国の存亡にかかわる悪事を働いたのだろう!」

「していません!」

「戻してもらう! 戻してもらうぞ! お前さえ返れば済む話なのだ!」

「だから私はなにも!」

「黙れ罪人ガ」


「────彼女は・・・何もしていない・・・・・・・


 

 一矢報いるような声は、はっきりと場に響きました。時を止めたようなカーティス様の眼光は、牽制と怒りを孕んだままへイネスを貫くと、



「”カルサイト・ステラサイト”。

 またの名を”鍾乳石”……

 人に癒しと安らぎを与え、魔を払う力を持つ石です。

 魔除けの力を宿した石は他にもありますが、鍾乳石は「周りの力を増幅させる」力も持っている。……つまり、おまえらが役に立たないと切り捨てた力が基礎となっていたんだ」



「…………カーティスさま……!?」

「────調べましたよ、鍾乳石について。

 貴女の力は、全ての力の土台になっていたのです。その土台を払い除けてしまえば──上が崩れ落ちるのは明白・・ですよね?」

 


 こちらには優しく微笑みながら、そして、徐々に声色を変えながら、彼はへイネスを睨みました。へイネスの顔に焦りと混乱が走る中、私も、混乱していました。



 私が、すべての土台……? 

 国のお役に立ていた……?


 呆然とする私をしり目に、背中越し。カーティスさまは問いかけるのです。



「ステラ様。こんな物言いをして、貴女を連行しようとしている国に……貴女はこの先の人生も捧げるのですか?」



 ──言葉が、響きます。

 心の奥底。閉ざしてきた自我を、『私』を、起こすように。



「あなたが戻ったとして、国はあなたを大切に扱うと思いますか?」

「何を貴様!」

「…………」


 バカにされ、蔑まれ、屈辱を覚えながらも『それでも暮らしてきた自分』から『抜け出せ』と。



「────虐げられていたのだろう! バカにされ続けていたのだろう! 選べステラ! あなたが望むなら、私はあなたの力になろう!」


「────カーティスさま! お願い!」



 私は叫んでいました。

 『国を捨てた逆賊』と言われても構いません。『恩知らずの王女』と言われても構いません。私もう、あそこには帰らない。



 手を引かれ、走り抜けた森の中は暗がりでしたが、私にとっては──新しい世界へ続く、輝かしい道に思えてなりませんでした。





……と、思っていたのは、私だけでした。

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