28. ある密漁者の懺悔_考察

 佐原の話は深夜にまで及んだ。

 津奈島での出来事を語り終えた佐原は疲れ切った顔をしていた。

 これ以上の取材は続けられそうになかったので、一旦ここで打ち切ることにした。


 終電がなくなっていたので、私は佐原をタクシー乗り場まで連れて行った。

 タクシー乗り場へ向かいがてら、どうしても確認しておきたかったことだけ最後に質問した。

 

「佐原さんは、どうして今回の取材を受けてくれたんですか」

「……金のためだよ。決まってんだろ」


 佐原はそう云うが、私にはどうしても金のためだけとは思えなかった。

 話をしている間、佐原はずっと苦しそうな表情をしていた。

 まるで懺悔のようだった。


 明石家がそうであったように、佐原もまた誰かに話を聞いてほしかったのではないのか。自身の後悔に満ちた体験を誰かに伝えたかったのではないのか。

 

 見送る際、私は今回の話を整理したのち、改めて取材をしていいか尋ねた。

 佐原はなにも云わなかった。拒絶もしなかった。


******


 佐原の体験談は非常に示唆に富んでいた。

 これまでの話にあったミッシングリンク、あるいは欠けていたピースの大部分を埋めることができた。

 

 まずはこれまで訊いた体験談との繋がりについて。

 佐原によれば、シラスを養鰻業者へ輸送する際、カバシマという仲介業者がいたという。この人物の正体は十中八九、ツナラを食べたのち失踪した会社員、椛島健太郎で間違いないだろう。

 

 椛島は冷凍ウナギの運送に関わる仕事をしており、全国の養鰻業者とも交流があった。全国各地に出張していたという話だったが、佐原の話を踏まえると、津奈島のシラスの仲介をしていたためだと考えられる。


 椛島も津奈島のウナギ――ツナラを口にしていた。椛島と津奈島のつながりはこれで確定したといってもいい。


 また、田所恵三の体験談では、津奈島に集まる素性のよくわからない者たちの話が出てきた。これは佐原たち、津奈シップスの面々のことだろう。

 津奈シップスの代表である湯沢は、津奈島の誰かから話を持ち掛けられ、違法なシラス漁に乗り出した。

 宮川があまり恵三と付き合わなくなったのも、津奈シップスの事業に宮川も深く関わっていたからだろう。宮川だけではない。佐原の話によれば、島の人間がみな、違法なシラス漁に関わっていた。

 これまで摘発がされなかったのも、島ぐるみで共犯になっていたからだろう。


 ここまでは、津奈島で実際に起こっていたであろうの推論である。

 心霊ドキュメンタリーに関わる人間として、佐原が目撃したモノをどう解釈するべきだろうか。


 岩屋の奥に封じられていた化け物。

 化け物のもとには津奈島のウナギたちが集い、消えた人間たちの顔が化け物の体に浮かんでいたという。

 常識的に考えれば、そんな化け物がこの世に実在するわけがない。

 しかし、佐原が目撃した化け物はこれまで蒐集した体験談とも符合する点が多い。まずはこの怪物の実在を前提にして、推論を進めてみる。

 

 佐原が目撃した化け物は、結城教授の日誌に登場した垂迹画の描写と一致する。

 この化け物は津奈来之命――ツナラ様とみて、ほぼ間違いないだろう。


 では、なぜツナラ様の体には消えた工藤や高橋たちの顔が浮かんでいたのか。

 これについては、椛島健太郎のケースがヒントとなる。

 

 津奈島のウナギであるツナラを食べた椛島健太郎は、聞いたことがないはずの祝詞を口にし、津奈来之命を祀る儀式を執り行うようになった。

 消えた工藤も、高橋も、行方不明になる前におなじような奇行を繰り返していた。


 彼らの共通点はなにか。

 全員が津奈島のウナギを口にしているという点である。

 

 佐原は津奈島のウナギは元は人であると考えていた。これまでの体験談でも、ウナギが人の言葉を真似ているくだりは何度も出てきている。

 そう考えると、このような図式が見えてくる。

 すなわち、津奈島のウナギを食べた人間がウナギになるのではないか。

 

 津奈島のウナギはおそらく普通の二ホンウナギではない。

 岩屋の奥にいたという化け物から生まれた、分身のような存在ではないだろうか。

 なぜ津奈島ではウナギと神をおなじ言葉で呼んでいたのか。

 それは両者がおなじ存在だからだと考えれば、辻褄が合う。


 津奈比売神社の神主でありヒメコ、豊田千尋もこう云っていたという。


 ――ツナラの仔はみな、生まれた場所へ還る。


 ツナラの仔。

 それは、ツナラの分身を口にした者を指すのではないだろうか。


 ツナラを食べた者は、ツナラとなる。


 椛島も、工藤も、高橋も、津奈シップスの人間たちも、ツナラを食べたことで、自身もまたツナラとなり、姿を消した。

 おそらくその中には、佐原の両親も含まれるはずだ。

 佐原はこう云っていた。


 ――……何年も前にいなくなりました。

 

 いなくなったのは5年前、津奈島災害の日だ。

 佐原の両親はツナラを食べていた。

 椛島とおなじ運命をたどったと考えるのが自然である。

 

「島の連中にハメられた」と佐原は云っていたが、そう主張する理由もわかる。

 

 津奈島の島民たちは、津奈シップスの人間に積極的にツナラの料理を振る舞っていた。もともとウナギの摂食を禁忌としていた島民たちが、だ。


 彼らは岩屋の奥に潜む化け物の存在を知っていた。

 ツナラを食べた人間の末路も知っていたはずである。

 

 そんな島民たちが島外の人間に積極的にツナラを食べさせていた理由など、ひとつしか考えられない。

 

 ツナラの一部として取り込ませるため。

 云うなれば、生贄である。


 佐原だけが生き残った理由もそれなら説明がつく。

 ウナギが食べられない佐原は一度もツナラを口にしなかった。

 だから、彼はツナラにならず、いまも生きているのだ。


 ここまでが「ツナラ」という存在の実在を前提とした解釈である。

 しかし、この解釈がすべての疑問に回答できるわけではない。

 さまざまな矛盾を孕んでいるからだ。

 

 まず1点目。

 なぜ島民たちは今になって、島外の人間をツナラに捧げたのか。

 これまでは龍鎮祭のヒルコによって、ツナラを鎮めてきたはずである。

 ヒルコでは鎮められない事情が生じたのだろうか。

 だとすれば、その事情とはなにか。


 2点目。

 島民たちはどこへ、そしてなぜ消えたのか。

 田所恵三の話を踏まえると、ミヤさん――宮川はツナラを食べた可能性が非常に高い。ツナラとなって、恵三の前に現れているからだ。

 しかし、ツナラを食べればどうなるかわかっている島民たちが、ツナラを口にしたとは考えにくい。

 ならば、なぜ宮川はツナラになったのか。

 島民たちはどこへ消えたのか。

 

 そして3点目。

 ツナラはいま、どこにいるのか。

 佐原の話によれば、岩屋にいたツナラは封じ込められているような恰好だったという。怪談の法則で考えるなら、岩屋に封じられたと考えるのが妥当だろう。

 生贄を捧げられたツナラはどうしたのか。

 封印が解けたのだろうか。もしそうだとしたら、津奈島災害はツナラの封印が解けたことによって生じたのだろか。


 津奈島災害のあと、ツナラはどこへ消えたのか。

 いまもツナラはどこかにいるのだろうか。

 

 そして、ここに来て私は本当にこの話をこれ以上深堀りすべきか、迷いが生じ始めていた。すでに話の規模が心霊ドキュメンタリーのネタとして扱える範囲を超えてしまっているためだ。


 津奈島災害は紛れもない現実である。

 524名もの人間が行方不明となった災害である。そこにツナラと呼ばれる怪物が関わっていた、などという話ができるわけがない。

 

 もしも現実にツナラがいるのだとしたら、触れてはならないネタだ。

 業界用語で云う「ヤバい話」と云ってもいい。


 本当にこれ以上、深堀すべきか。それとも取材を打ち切るべきか。安達氏やミオとも相談しなければならない。

 

 いつかのミオの問いかけを思い出す。


 ――それでも、久住さんが追いかける理由はなんですか?


 なぜ私はこのネタを追いかけるのだろう。

 なぜ、ツナラという言葉にここまで惹かれてしまったのだろう。


 問いかけても、答えは出てこなかった。

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