オーロラの雨

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オーロラの雨

 高校生の平山ひらやま里奈りなは、進路に悩んでいた。

 将来の夢や希望がなく、ただ勉強だけして進学しても将来が見えないと思っていた。

 そんな時、親友の大川おおかわはるかが冬休みを利用したカナダ旅行を計画していることを知る。

 遥は学内でも優秀で、英語の勉強を兼ねての旅行だ。

 そのことを知った里奈は、海外の文化に触れることで何かが変わるかもしれないと思い、一緒についていくことにする。

「この旅行で私は変われるかな?」

 里奈は期待と不安を胸に抱きながら、遥と一緒に飛行機に乗り込んだのだった。

 バンクーバーに到着すると、現地のガイドと共に市内観光を始める。

 最初は緊張気味だった里奈だったが、現地の人々と交流を深めるうちに徐々に心を開いていく。

 そして、カナダの大自然の美しさに圧倒される。

 雄大な山々、清らかな湖、透き通るような青空、それら全てが二人を魅了した。

 特に里奈にとっては、初めて目にするものばかりで、感動を覚えることばかりであった。

 そこで里奈は驚くべき体験をする。

 それは、カナダ極北の地でのオーロラウォッチングだ。

 夜の寒空の下、バスが北を目指していると、すでに水平線に緑の輝く光の帯が現れていた。

「見て遥。すごく綺麗……」

 里奈は思わず声を上げる。

「うん、すごいね」

 遥も興奮気味に同意する。

 その後もバスの中から二人は飽きることなく、幻想的な風景を眺めていたが、現地ガイドは隠れ家的なベストスポットがあることを口にした。

 ガイドから説明を受けた上で、観測ポイントに降り待機していると、帯の様に伸びたオーロラが頭上まで来る。

 そして、いよいよその時が訪れる。

 緑色に輝くカーテンのような光が、溜め込んだ光を雫にして落とすかのように形を変えると、オーロラは渦を巻くように動き出す。

 緑色の光は次第に加速し、空全体に広がる。

 緑色のカーテンのような光は、まるで空が生きているように揺れ動く。その輝きは驚異的で、周囲の景色を照らし、大地に幻想的な緑色の光を投げかけた。

「里奈。これオーロラ爆発よ」

 遥は叫んだ。


【オーロラ爆発】

 オーロラは激しく動きながら爆発的に広がることがある。この激しい活動は、オーロラ・ブレイクアップ(オーロラ爆発)と呼ばれている。

 天空からシャワーのように降り注ぐ姿は、美しさを超えて恐怖さえ感じてくる程という。

 オーロラの出現率が高く、世界でも有数のオーロラ観賞拠点として知られるイエローナイフやユーコン準州のホワイトホースでも、よほど運がよくなければオーロラ爆発に出会うことができないとされる。


 オーロラが織りなす奇跡の瞬間に立ち会うことができたのだ。

 里奈は、その神秘的な光景にただただ見とれるしかなかった。

 それはまるで宇宙を見ているような不思議な感覚であり、自分がいかに小さな存在かということを思い知らされるほどだった。

 旅行を終え、帰国の飛行機にて里奈は、日本では体験できないような壮大な自然に思いを馳せていた。

「オーロラ。凄かったね。日本に居たんじゃ絶対に見ることが叶わないよね」

 すると遥は、感慨深げに言う。

「そう思う。実はオーロラは日本でも観測されているのよ」

 遥の言葉に里奈は驚く。


【赤気】

 『日本書紀』にはオーロラのことが、赤気という表現で記述され、推古天皇の時代には、「天に赤気あり、その形は雉の尾に似たり」とある。

 夜の長い新年の新月期に空に現れた、巨大な扇形オーロラを見て驚いた当時の倭の人々が、天の使いと考えられていた雉が時折見せる美しい尾羽にたとえて記録したとする考えは納得できるものだ。

 藤原定家の『明月記』にも赤気の記述があり、歴史を見ると北海道から九州の長崎の広い範囲でオーロラが見られた記録がある。

 当時の日本の磁気緯度は現在より10°ほど高かったため、大規模な磁気嵐が起こればオーロラが見られたはずだと考えられている。


 遥は説明を続ける。

「もちろん。極北の地で見るものとは違っているけどね。古来より、極北の人々は突如として暗天に出現するオーロラは、その美しさから大いなる慕情と同時に、恐怖と畏怖の対象でもあったの。

 けど、日本では恐ろしいと表現される一方、天の使いである雉に例えられた為か、オーロラが出現する間に宿された子供たちは、知性、美しさ、幸運を授かると信じられていたのよ」

 その言葉を聞いて里奈は思うものがあった。

「……遥。私、高校を卒業したら就職か進学か迷っていたけど、決めたわ。私は大学に行くわ!」

 里奈の決断に、遥は驚く。

「どうしたの急に?」

 里奈は答える。

「みつけたの。あのオーロラにね」

 それは伝承より子供たちに知識と美を伝え、幸運な未来を築く手助けをしたいというものだった。

 遥は笑顔でうなずいた。

 進路に悩んでいた少女は、人生の目標を見つけたのだ。

 これから先の人生は決して平坦な道ではないだろう。それでも里奈なら乗り越えられるに違いないと、遥は思っていた。

 それ程までに、里奈の姿は輝いていたのだから……。

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