第28話 再現


 アクリルを再現したいと思っても、もちろん成分なんて覚えているはずがない。


 化学製品は石油から作られることが多いので、石油が手に入ればワンチャン魔法でどうにかなるかも、と考えたのだけれど……。


「いくらご都合主義だからって魔法でどうにかなるもんじゃないしなぁ……。って、そもそも魔法というより、錬金術に近いんじゃ……」


 錬金術師もファンタジーの定番だ。金髪の少年が主人公の超人気漫画は本当に面白かったな、と思い出す。


「今からでも錬金術を勉強するべき……? でも錬金術ってこの世界にあるの?」


 原作漫画には錬金術師は登場しない。でもそれは主な舞台がラヴァンディエ王国だったからかもしれない。

 もしかすると他の国に錬金術師が存在する可能性がある。


 私は早速図書室に行って、錬金術の本がないか探してみた。

 たくさんある本棚を一つ一つ確認したけれど、それらしい本は見つからない。


「うーん、この世界には錬金術の概念がないのかな? 精霊術の本はあるんだけどなぁ……」


 精霊術の他に、死霊術とかヤバそうなものはあるのに、錬金術は見当たらない。


 大地に両手をバンっと付いて、かっこよく錬金術を発動させてみたかった私はがっかりする。


「まあ、錬金術を使うには天才レベルの頭脳が必要だろうし……私には無理だね!」


 自身の能力を知っている私は早々に錬金術を諦めることにした。平凡な脳の持ち主の私には到底無理だとわかっているのだ。


「やっぱりアクキーは無理かなぁ……」


 アクリルを再現できたら、まずはアクリルキーホルダーを作ってみたい。

 元の世界でもアクキーは大人気アイテムだった。いろんな種類を作ればきっと、貴族たちが大人買いしてくれるだろう。


「ガチャみたいにブラインドにするのも良いかも……。でも何となくギャンブル感がするんだよなぁ……」


 ガチャみたいな機構が作れるのなら、是非ともお店の前に設置したい。

 ちなみに「ブラインド」とは「目隠し」の意味で、開けてみるまで中身がわからない商品のことだ。


 本当はアクキーにこだわらなくても、木片にするとか薄い金属にするとか、選択肢はいくつかあると思う。

 しかしオタクたるもの、どうしてもアクリルを再現したい。そうすればコースターとかスタンドとか作りたい放題だ。


 だがしかし──と、私はふと考える。

 アクキーやアクスタが人気なのは、比較的安価で製作できたからではないか、と。


 もしアクリルが再現できたとしても、原価が高ければ意味はない。


「あぁ〜〜っ! 原価のこと考えてなかったぁ〜〜っ!!」


 マーケティングが上手くいけば、高くても貴族には売れるかもしれない。しかし私が目指すのは子供がお小遣いで買える価格帯なのだ。


「うぅ……やっぱり無理なのかなぁ……」


 魔法文明の世界で科学物質の再現をしようと考えること自体、間違いなのかもしれない。


 私が図書室の窓から外を眺めると、灰色の雲が広がっている空から、銀色の雨が降り注いでいた。

 ここ数日間ずっと雨が降り続けているから、まるで梅雨のようだな、と思う。


 きっと天気が悪いから、思考もネガティブになってしまうのかもしれない。


「……散歩でもしてみようかな」


 アクリルの再現方法に行き詰まった私は、気晴らしに散歩しようと考えた。


 雨が降っているのに、わざわざ今散歩をする必要はないだろうと思うものの、散歩したいのだから仕方がない。

 もしかしたら散歩することで、新しい発想が生まれるかもしれないし。


 思い立ったが吉日、私は傘をさしながら風の向くまま気の向くまま、庭を散策することにした。


 綺麗に手入れされた庭を眺めながらぼんやり歩いていると、突然足が”ずるり”と滑った。


「うわっ!! ……っ、な、何々っ?!」


 危うく転倒しそうになったけど、何とか持ち堪えることができた。ドレスが泥だらけにならずにすんで助かった。


「あーびっくりした! 何で滑ったんだろ……?」


 私が足元の地面を確認してみると、水たまりとは違う何かがあることに気づく。


「んん〜〜? 何これ?」


 よく見てみようとしゃがんでみると、透明のぶにぶにしたものがあった。初めて見るけれど、植物なのか生き物なのかわからない。


「ミシュリーヌ様? どうかされたのですか?」


 私が謎の物質を見ていると、庭師のマルクおじさんが慌ててやって来た。雨の中、しゃがんでいる私に気づいて心配してくれたらしい。


「えっと、ここに変なのがあるなぁって見ていたんです」


「変なもの? ああ、クシュロですね。しばらく雨が続きましたから、水分を吸って膨らんだのですね」


「クシュロ? それは何ですか?」


 謎物質の名前は判明したけれど、そのクシュロが一体何なのかがわからない。植物なのか生き物なのか気になって仕方がない。


「そうですねぇ。どちらかというと植物でしょうか。苔の仲間だと思っていただければ」


「へぇ……」


 私はマルクおじさんの話を聞きながら、クシュロをじっと観察する。


「あの、このクシュロは触っても大丈夫なんですか? 毒とかは無いんですか?」


「ええ、毒性はありませんので触っても大丈夫ですよ」


 クシュロに毒がないと聞いて安心した私は、そっと指でクシュロを突ついてみた。


(うーん、これは良い弾力……。何だか加工しやすそう……)


 私が何を考えているか、勘の良い方はすでにお気付きだろう。


 ──そう、私はこのクシュロを使ってアクリルに似た素材を作れるのではないか、と思い付いたのだ。


「マルクおじさん、このクシュロを集めてもらうことは出来ますか?」


「えっ?! ええ、それはもちろんですよ。ご主人様からミシュリーヌ様の希望は全て叶えるように、と言い付けられていますから」


「本当ですか? 有難うございます!」


 おじいちゃまはこの屋敷の使用人全員に同じ命令を下しているらしい。

 いつもならそこまでしなくても、と思っていただろうけど、今はとても有難い。


 それからマルクおじさん先導の元、庭師の人たちが屋敷中のクシュロを集めて持って来てくれた。

 ちなみにクシュロは際限なく増えるから、定期的に駆除しなければならないらしい。


 私は集められた大量のクシュロを前に、どう加工してやろうかと考える。


「えーっと、まずは色んなパターンを試してみよう! これだけあれば好きなだけ試せるし!」


 とりあえず綺麗に洗ってくれているクシュロを、煮たり焼いたりした後、蒸したり揚げたりと、色んな方法を試してみたけれど、私がイメージするアクリルとは全くの別物になってしまった。


「うーん、煮るのと蒸すのではあんまり違いがないなぁ……」


 加熱すれば溶けるかもと思ったのに、クシュロは煮ても蒸しても原型を留めていた。試しに焼いたり揚げてみたけれど、同じように変化がないのでこれらの方法はダメなようだ。


 私はクシュロをじっくりと観察する。ブヨブヨしていて何だか透明のワカメみたいだ。


「ワカメっぽいようなキクラゲっぽいような不思議な触感。食べられるのかな?」


 一瞬、どんな味がするんだろうと思ってしまったけれど、今は食欲に負けている場合じゃない。でもワカメのお味噌汁は飲みたい。


「……ん? ワカメ……」


 元の世界のワカメといえば乾燥ワカメだろう。何倍にも膨らむから、うっかり入れすぎて味噌汁がワカメ煮になったのは良い思い出だ。


「クシュロを乾燥させてみるとどうなるのかな?」


 目の前のクシュロは水分をたっぷりと含んでぷよぷよだ。だけど乾燥させて細かく砕いた後、水を混ぜると好きな形に出来るのではないか、と思いつく。


「よーしっ! 善は急げだ! 何が善かはわからないけどっ!」


 私は早速、勉強した魔法を使ってクシュロの水分を抜いていった。

 ちなみに水分を抜くような魔法は無いようなので、水を消すイメージで魔力を注いでみる。


「おお……っ! 意外とイケてるっ!!」


 カラカラに乾いたクシュロは白い半透明になった。すごく何かの素材っぽい。

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