第5話 親子喧嘩

 突然の再会と引っ越しという、原作に無かった怒涛の展開に流されて、気がつけば私達親子は王都のランベール家のお屋敷に到着していた。


 立派な門から見えるお屋敷はとても大きく、広い庭と相まってまるで宮殿のようだった。

 今まで知らなかったけれど、ランベール家の爵位は伯爵らしく、父さまから聞かされた時は度肝を抜かれてしまった。


(こんなに立派なお屋敷だったなんて! ……そう言えば原作はベアトリスが主人公だったし、ミシュリーヌの過去描写ってそんなになかったもんね。知らなくて当然か)


 よくある悪役令嬢物の場合、ヒロインの身分は大抵平民か、男爵の庶子のように低い身分だった。

 だからてっきりミシュリーヌも低い身分だと思っていたのに、まさかの伯爵令嬢だったとは驚きである。


「ほら、ミミのお祖父様はこの部屋の中にいるよ。怖がらなくて良いからね」


 考え事をしていたらいつの間にかお屋敷の、しかも当主がいる部屋の前まで来てしまっていた。


「父上、戻りました」


「入りなさい」


 父さまが飴色の重厚な扉をノックすると、中から威厳のある低い声がした。


(ミシュリーヌの祖父がここに……! 機嫌を損なわないように気をつけないと!)


 祖父は父さまと母さまの結婚に反対し、私と母さまを地方の別荘へと追いやった人物だ。きっと貴族としてのプライドが高く、規律に厳しくて冷酷な人なのだろう。


 父さまが扉を開けると、一目で高級品だとわかる備品で揃えられた執務室が目に入る。

 そして正面に置かれた、執務机の後ろに設置されている大きな窓から差し込む光が、部屋全体の品格を上げているように見えた。


 私達が入室すると、窓の近くに立ち、外の景色を眺めていたであろう人物が、ゆっくりとこちらに振り向いた。


「長旅ご苦労だったな。む? その娘がお前の……」


「はい、父上。この子が私の娘、ミシュリーヌです。ほら、ミミ。お祖父様だよ。ご挨拶できるかな?」


 元は金髪だったであろう髪が白くなってもその眼力は衰えておらず、鋭い視線が私を射抜く。

 原作ではミシュリーヌの魔眼で魅了され、操り人形のように扱われていた祖父だけど、勿論今は魅了されていない。その為、対応を間違えたりなんかしたら、きっと厳しく怒られてしまうだろう。


 私は気を引き締めて、祖父と対峙する。

 高齢なはずなのに、姿勢が良い祖父は高身長で、見下されていると威圧感が物凄い。

 だけど私はそんじょそこらの五才児ではない。

 前世で散々威圧的な人を見てきたし、これぐらいで恐れおののいたりしないのだ。


「はじめまして、ミチュリ……っ! ミ、ミシュリーヌ……です……」


(うわぁあああーーーー!! 噛んだーーーー!!)


 完璧なカーテシーを披露しながら、堂々と名乗りを上げる予定だったのに……!! まさかこんなミスを犯すとは、何たる失態!!


 やってしまった感が半端無く、項垂れている私の頭上で、空気が震えている気配がする。


「……?」


 思いっきり噛んでしまった私を、祖父が叱責するだろうと構えていたのに、いつまで経っても反応が無いことを不思議に思う。


 そう言えば父さまも何も言わないな、と思いながらそっと顔を上げると、赤く染まった顔を手で覆いながら震えている祖父と父さまがいた。


「ああ、ミミ……っ!! なんて可愛いんだーー!! 失敗してもミミの愛らしさは全く損なわれないよ!!」


「はははははっ! そうかそうか、ミシュリーヌか! 何とも愛らしいのう! ワシのことはおじいちゃまと呼んでおくれ!」


 てっきり怒られるかと思ったのに、噛んだことで逆にツボにハマったらしい祖父と父さまが萌え狂っている。


(ええ〜〜……?)


 どうやら祖父は魅了なんて必要ないぐらい孫に甘い人だったらしい。


(おかしいなぁ。原作では滅多に笑わない系の人だと思ったのに)


 すでに父さまが生きている時点で、原作と設定が違っているのだから、登場人物の性格も変わっている可能性がある。

 予想外ではあったけれど、祖父……おじいちゃまが私に好意的なのはとても有難い。


「お、おじいちゃま……?」


 だけど本当におじいちゃまと呼ばなければならないのだろうか……。精神年齢が大人な私には羞恥プレイ以外の何物でも無いのだが……。


「おお! そうじゃよ! おじいちゃまじゃよ! ええのう、ええのう……! 孫とはこんなに素晴らしいのじゃな!! ワシは幸せ者じゃ!!」


 ……だけど、めっちゃ喜んでる姿を見てしまうと、私の羞恥心なんて我慢しちゃおうと思ってしまう。


「ははは。父上もミミの魅力には形なしですね。家臣達も父上のそんな表情を見たら腰を抜かすでしょうね」


「ふん! あ奴らに可愛いミシュリーヌを見せる訳なかろうて! そんな勿体無いことが出来るか!!」


 会って五分も経っていないのに、おじいちゃまの溺愛がすごい。魅力されていてもここまでじゃなかったのに。


「そうじゃそうじゃ、ミシュリーヌのために部屋を用意しておるぞ。おじいちゃまと一緒に見に行こうな」


 おじいちゃまに促され、私達は用意してくれたという部屋へ向かう。


 ここはとてもワクワクするところなのに、私は両手をそれぞれ長身の父さまとおじいちゃまに繋がれているので、まるで捕まった宇宙人のような体勢になっている。


 どうしてこなったかと言うと、大人げないこの親子が、私をどちらが抱っこするかで言い争ったので、折衷案として二人共と手を繋ぐことになったのだ。


 そうしてズルズルと引きずられるように連れてこられたのは、白とパステルトーンをバランス良く組み合わせた、可愛く上品な部屋だった。


「わぁ……っ! すごく可愛いっ!!」


 てっきりフリルとレースが、これでもか! という程多用された、コテコテの部屋かと思いきや、装飾は最小限に、アクセントぐらいに抑えられていて、精神年齢が大人の私から見ても、文句なしに可愛いと思う。

 きっと、とても洗練されたセンスを持つインテリアコーディネーターが手を加えたのだろう。


「そうかそうか、気に入ったか! ワシのセンスも中々のもんじゃろう?」


「え」


 とても洗練されたセンスを持つインテリアコーディネーターの正体は、まさかのおじいちゃまだった。


 鋭い眼光を湛え、圧倒的な凄みのあるおじいちゃまは、一見するととても怖そうだったけれど、本当はオシャレ好きで孫想いの優しい人だったようだ。


「本当は僕がミシュリーヌの部屋を整えたかったのに、父上が強引に推し進めちゃったんだ」


「セドリックはイマイチ調度品のセンスが悪いからな。ワシが見立てて良かったじゃろ? 現にミシュリーヌも気に入ってくれたようだしのう。はっはっは!」


「くっ……!」


 自慢気に語るおじいちゃまの態度に、父さまが悔しそうにしている。ハンカチを噛んでキーッとしてる幻覚が見えるのは……私の気のせいだろうか。


「で、でも! 父上は服飾のセンスは皆無ですよね!! 母上も父上から贈られたドレスの処理に困っていましたよ!!」


「なっ……! 何を言うか!! 時代がワシに追いついておらんだけじゃ!! そういうお前も気持ち悪い彫刻を買っておったじゃろ!! 呪いの品かと思ったわ!!」


「し、失礼な……!! あの彫刻はムーレヴリエ国を代表する芸術家の作品ですよ!! あの芸術性がわからないなんて!! もうランベール家の当主は引退されては如何ですか?!」


「こ、この生意気な青二才が……っ!!」


「ふん! この老害がっ!!」


 部屋のコーディネートから始まった親子喧嘩は、どんどんヒートアップしていく。


 大人しく控えめな性格だと思っていた父さまは、第一印象とは全く違う人だった。厳格そうに見えたおじいちゃまと一緒に喧嘩する様子はとても子供っぽい。


 だけど私はこの二人となら、原作と違って幸せに暮らせるのではないかと期待する。


 未だ親子喧嘩する二人を微笑ましく思いながら、私はこれから始まる新しい生活に、胸を躍らせるのだった。

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