第15話


 シェリー・ノーチェスは大陸全体で言えば辺境と言っていいある村の出身である。

 そこでは魔術の才能を持つものが多く生まれ、かつては弾圧に遭ったこともあると伝わっている。そんな場所で、シェリーは天才と言われて育った。


 魔力というものは世界に少し影響を及ぼすことのできるものなのだと、研究者であった祖母は言う。

 ありとあらゆるものに含まれていて、それは簡単に言うと事象を定めているとても小さな要素なのだと。


 言葉としては分からなかったが、シェリーにはそれが実感としてわかった。

 幼い頃からシェリーには視えていたから。


 人や物にも含まれるそれが。

 狩りが得意で力持ちの伯父さんはとても体内に光が多かったし、研究者であり、魔術も村で最も得意であった祖母も同様だった。

 そして、それは他の人は感じることはあってもはっきりと見えるものではないのだと言うことも知る。


『シェリーのその瞳は、きっと神様からの贈り物。大事にしないといけないよ』


 時には厳しい祖母だったが、そう言って優しく頭を撫でてくれるのが、シェリーはとても好きだった。


 火を起こすには道具で起こす方法と、魔術で起こす方法が存在する。

 でも、魔法の炎は制御し続けなければすぐに消える。また、水の中に炎を出すこともできないし、雨の日は祖母でも難しい。


 両親は魔術が祖母ほど得意ではなかったものの、その分理論を組み立てて効率を重んじる人たちだった。魔法を使っての結果と、魔法を使わずの結果の研究も日々行っていた。


 枯れ草は燃えやすく、湿った草は燃えにくい。

 道具で火を起こすためには枯れ草を用いるべきだ。その原因は目に見えない魔力という存在には種類が存在していて、火に由来する魔力、水に由来する魔力、それぞれが人の目には視えないほど小さなものの集まりとしてそれぞれを構成している。

 人を含む動物も、植物も、大地でさえも。


 それらが集まったものが微精霊。更に育つと意思疎通すら可能な精霊にもなるという。

 それをシェリーの村では魔素と言っていた。学園の魔法学では元素と言うらしいが、同じことに気づいたものの命名が違ったのだろうとシェリーは思っていた。


 魔力の多寡と、魔術の行使が無関係ではないが、別物であることも、一般的な考えとしても、シェリーの認識としても存在している。

 例えばマリアは法術という形で、他者を癒やすことができる。一度見せてもらったことがあるが、あれはマリア自身の膨大な魔力で相手の魔力を包み、融合し、元ある状態へと復元しているものだった。


 ヒルデガルトは魔術という形では外部に対して発現することはできないが、その代わり体内で魔力を用いているのがシェリーには見える。

 その密度が高いからこそ、あれほどの騎士剣を自在に振るうことができるのだ。


 魔力とその扱う力が同程度の場合、体格が大きい方が重いものを持ち上げることもできるということから、魔力に対して筋力が増強されるというのがシェリーの見立てである。

 尤も、シェリーのように魔力が視える人間は少ないため、魔力の有無はともかく、魔術が使えるか使えないかの大きな区分けでしかないのが世間一般の常識のようだったが、経験則として、魔力にあふれている方が強いというのは戦いを生業とするものの中でも一致した意見らしい。


 このあたりの一般の知識、故郷の知識、シェリー自身の知見を突き合わせられるあたり、シェリーは学園に非常に満足していた。

 友人のマリアと仲の良い青年と、自分たちの担当教官に対して感じている気持ち悪さを除けばだが。



 ◇◆



「死人が動いているっていうのは、どういう意味なの? ライルは魔力は無いけれど普通の人だと思うんだけど」


 マリアが、シェリーの言葉に腑に落ちないように尋ねる。


「あぁ、うまい言葉が見つからなくてすまないね……別に彼をけなしたいとかおとしめたい意思はないんだよその、二人は魔力というものに対してどこまで理解しているかな?」


 そして、シェリーもまた、直接的な表現過ぎたかと思っていたため言葉を濁しつつ、何故そう感じるのかを伝えるために二人に逆に質問を返した。


「それは、魔術を使うために必要とされている力、なのではないのか?」


「間違っては居ない。ただ、その魔術というものに対する認識が少し違うかもしれない。言うなれば肉体強化魔術というもの。ヒルデ、キミも自然に使っているものだ」


「……そうなのか? だが確かに魔力が多いと力が強いというのは聞いたことがあるが」


「そうだね、おそらく軍などではもっと研究されているんじゃないかと思うけれど、一般的な魔術とは別に、魔力によって膂力の差が出ているというのは違和感はないと思うんだ。つまり、魔力というのもは肉体を強化したり、様々なものに影響を与える大本で、それを扱って少し世界への影響を恣意的にできるのがボクらのような魔術師だと思っている」


 ヒルデガルトとマリアがなるほど、と頷く様子に、シェリーは満足げに口元を緩める。

 随分と乱暴な解説だが、この後の疑問が伝わりさえすればいいのだ。


「じゃあ、彼は? 黒髪黒目、魔力が無いとされる彼は?」


「…………あ」


 マリアが何かに気づいたように声を上げた。


「ボクはね、彼が『いい人』であることを疑いはしないんだ。ただ、魔力がないのに彼は強い。ヒルデと同じように、いや、聞いた話ではあの学園長の一撃をとも聞いたね…………あり得ない」


「…………」


「ならば、魔力が無いというのはただの噂で、先程のヒルデガルトの考えのように、外に出ないだけなのか? 肉体の強化に対して、特化しているのが黒という色合いも含めて忌み子のように言われていたのか?」


 そこで言葉を切って、シェリーは二人を見て続ける。


「それも違う。間違いなく彼は魔力がない。何なら、皆才能の有無に関わらず行動する際に視える魔力の動きすら全くないようにボクには視える。動くはずのないものが動き、強くないはずのものが強いように見える。わからないのがボクには恐ろしい…………だから怖いのさ」


 シェリーとしては、だから仕方ないと。この怖いという感覚を共有しようと思っていた。だが、それに対してのマリアの返答はシェリーの想定と外れていて。


「……なるほど、わかった気がする。じゃあさ、、今度ライルに話してみようよ」


「……マリア、キミは今のボクの話を聞いていたのかい?」


「うん、わかったわ。ヒルデの場合はちょっとだけ、私にはどうにもできないけれど。シェリーの場合は知らないが怖いってことでしょう? じゃあ、知ればいいのよ、大丈夫、私も一緒だから」


 一生懸命、子供をなだめるように言うマリアに、シェリーは思わずくすりと笑ってしまう。


「はぁ、キミはまたそんな、怖がっている子供を相手にするような目でボクを見て…………でもそうだね、いつまでもこのままというわけにもいかないか」


 そして、少し離れたところで同じように昼食を取っているライルをを視界に入れて、シェリーはそう言ったのだった。

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