2章 ミルドニア皇国-デインツリー大森林-

第12話


 チチチ、と鳥の雛が鳴く音にライルは目を覚ました。

 壁に備え付けられている時計はいつも通り余裕をもった朝であることを示している。


 腰を落ち着ける場所があれども、基本的に旅が多かった事からどこでも慣れる技能があるライルだが、三年間を暮らすことになったクロスフェイト士官学園の寮は寝心地が良いものだった。

 想像以上に資本が投じられているのを感じて、国策とも言われていた話も頷ける。


 あの日合格を言い渡されて、ライル達が入学してから一月程が経過していた。

 クラスの雰囲気は、正直言ってなんとも言えない。


 ライルが同年代との共同生活どころか、付き合いが少ないというのを差し引いても、正直特徴があり過ぎる、というか同じクラスになったうちの一人の、「少し訳アリを全部突っ込みました、じゃ無いわよね」という言葉に完全に同意したいのが本音だった。


 ライルは自分がどう見られるかは知っているつもりだった。

 だが、世界には様々な国が有り、様々な考え方があり、様々な経験があるのだと考えさせられる毎日を送っている。


(さて、そろそろ行くかな)


 普段からよく共に行動しているヴォルフは今頃日課の得物の手入れをしている頃だろうし、ロールは休みの日の翌日は必ずギリギリだ。

 そのため、ライルは準備を整えると、一人で外に出た。そして、そこで宙を見上げているように見えるクラスメイトに目を留める。


「ソラル? 何を見てるの?」


 気配でライルが近づいたのは分かっていたのだろう。特に声に驚いた様子もなく、ソラルと呼ばれた紫色の髪の少年は少し茫洋と振り向いて、指を木の上に向けて言った。


「……ライル、君は、鳥の雛が巣立つ前に何匹の虫が必要かを知ってる?」


 部屋からも聞こえていた雛の声のようだ。ライルが指された方を見ると、ちょうど親鳥が雛に餌を運んできたところだった。渡り鳥で、確か巣が珍味となっているとかで一度依頼で取ったことがある。

 だが、流石にその雛がどのくらい食べるかも考えたことも無ければ書かれた意味もわからなかった。

 ライルは疑問符を頭に浮かべながら、とりあえず答えてみる。


「え? いや、知らないなぁ。うーん、一万匹くらい?」


 彼の名はソラル・ギリント。

 一言で言うと、『天才』だとライルは思っていた。


 この世界には魔力というものが観測されている。

 それは、様々な物理法則に対して影響を及ぼすもので、ほとんどの人間は多かれ少なかれ誰でも魔力を保持しているため、武具であったりちょっとした道具にも魔力を通すことで使用可能となるものが出回っていた。


 そして、その魔力を用いて明確に現象を発生させることができるものを魔術と言う。

 ほとんどの人間が魔力を持っているのに対して、魔術の形で行使できるものは少ない。ライルの知る限りでは小隊規模――20人から30人――で1人。2人いれば上等と言われていたので、一般人も含めるともっと少ない確率なのだろう。


 基本的に魔術師は肉体への強化も得意であるため、決して近接戦闘も弱くは無いのだが、遠距離の攻撃に長けるものが多かった。だが、極稀に近接も遠距離もどちらもこなせる人間もいる。ライルはそれをよく知っていた。


 そして、ソラルは後者だ。

 というか、初めて扱った武器を十全に使いこなし、魔術も用いることができる人間なんてそうはいない。元々平民だったものが、貴族に養子にされた上で学園に送られたという話だが、ライルからすれば非常に納得の行く話である。


 だが、そんな才気溢れるソラルだが、同時にクラスメイトの中で一二を争うつかみどころのない生徒だ。誰かと揉める事もないが、一人でいる事が多い。

 基本的にはつまらなさそうにしているが、時折何かを考えるようにしては立ち止まっているのをライルも何度か見かけていた。

 そして、昨日は週に一度ある安息日だったのだが、同じようにして佇んでいるのを見かけていたので気になったのが今声をかけた理由である。


「……大体さ、6000匹くらいだと思うんだよね。雛鳥の時期は二ヶ月位だと思うし」


「へぇ、何かで読んだの?」


 親は大変だな、と思いながら何気なくライルが尋ねると、ソラルはいつも通り淡々とした表情であっさりと告げた。


「ううん、


「…………え?」


「昨日ちょっと気になって、親がどのくらいの頻度で持ってくるのか、何羽いてどう振り分けているのか見てたんだ。身体の大小はあるけど、平均もわかったから。後は少し計算してみたらその位だと思う」


「昨日もここに居たけれど、もしかしてずっと居たの?」


「うん、気になったから。じゃあ僕はご飯食べてから行くね、また後で」


「あ…………ああ、また後で」


 ライルは唖然としながら寮へと戻っていくソラルを見送った。


「ん? どうかしたのか? ライル」


 すると、立ち話をしている間にヴォルフが入れ替わりで出てきてライルに声をかける。


「…………道すがらに話すよ。世の中にはいろんな人がいるよね、本当に」


「何があったんだ……?」


 どこか遠い目をしているライルを見て、事情が把握できないヴォルフは首を傾げるのだった。

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