第22話〰気持ちを、さらけ出す〰


着ぐるみ。

それは何らかのキャラクターや人物を3次元に模したもの。

小さい時に、美少女の着ぐるみがなぜか刃物を持って、『中に誰もいませんよ』ってキャッチコピーとともに描かれたポスターを見たことがあるような……記憶違いかもしれない。



着ぐるみバイトの求人の多くはキャラクターの背丈を再現するため、身長の低い人が求められるそうだ。

また、汗が着ぐるみに移らないよう長袖長ズボンで着ぐるみを着用するらしく、透明人間の私だと着ぐるみを着る前から肌を隠すことができる。

灼熱地獄だと思うが日給8000円くらい、1回の着用時間は平均30分くらいとタイパも良い。



なんて私向きな仕事なんだろう。まるで狙ったかのように自分の境遇に合致する。


「ちょっとやってみたいな……」


この厄災から解放されたら応募してみよう。

お腹も頭も痛かったものの、絶望が希望に変わった瞬間だった。





生理痛から開放された日に、早速着ぐるみバイトに応募した。

履歴書を書くために証明写真が必要だったが、フラッシュをたかず撮影することで見事に美人が現像された。やったぜ。

……でもちょっとケバいな。



応募した遊園地はそれほど混んでおらず、職員の数も多くなく寂れた様子。だが乗り物はもちろんキラキラした装飾が至る所に散りばめられ、変な形の木が生い茂っていたりと現実世界とは一線を画している。

ふと迷い込んだ異世界、って表現がふさわしいような感じ。




初日で緊張していたのか、今日はあまり眠れず午前5時頃に目覚めた 。早いものでもう6月。もうすぐ誕生日も控えているからホールケーキでも予約しておきたいな。



いつものようにドーラン等で透明を隠し、服を着ようとした時に気づいてしまった。


(……あれ、着ぐるみの時このメイク落ちんじゃね?)



ドーランは汗や水分に強い化粧品ではあるが完全ではない。しっかりとした汗をかくと多少メイクが崩れてしまうのだ。

着ぐるみの中はおそらくサウナ状態。着ぐるみ前にバッチリメイクしても、脱いだらまだら模様なベージュの化け物が姿を現す……かもしれない。



ヤバい、どうしよう。

脱いだあとに、メイクを直す時間が必要だ。トイレにこもってメイクすれば一応この問題はクリアできる。

だが、頭と体が分離するタイプの着ぐるみを着て、勤務中何らかの拍子で頭が脱げてしまったらヤバい。

愛らしいキャラクターが一瞬で怪物に変貌してしまう。


会場に向かうために擬態は必須、でも着ぐるみ内で絶対擬態は崩れる……最初から完全透明になってれば問題無いが、職員さんからの説明を聞かないといけないから透明女のままでは会えない……



……あ。

最初から最後までずっとメイクしなくって大丈夫な方法を思いついた。

違和感Maxだろうけどしょうがない。


私は初めて、全身タイツの封を開けた。




……10時、遊園地にて。

私はベージュの全身タイツを着て、長袖のトップスとボトムス、手袋、サングラス、マスクにウィッグ、そしてつばの広い黒の帽子をつけて遊園地に到着。この時点でもう暑い。

道中やっぱり通行人が振り返ってこっちを見てた。通報されてもしょうがない見た目。紫外線対策の究極みたいな格好。

警察を呼ばれたその時は透明状態で全力で隠れよう……。


ただ、これで着ぐるみ前後でメイクする必要は無くなった。正直この格好は全裸と同じくらい恥ずかしいが、割り切るよう努力する。




待ち合わせ場所の事務所にノックしてから入ると、返事をした50歳くらいの男性職員が1人だけ。この人が担当者だろうか。


渚「すいません……本日アルバイトに来ました東城渚と申します……」

職員「ああ、君が渚ちゃんか。今日はよろしくね。……何かすごい気合い入ってるねー!来園するからってそこまで仮装しなくても良いんだよー!!ハハハ」

渚「そ、そうですよね……すみません……えへ……」

めっちゃ笑われた。消えたい。……まあ怪しまれるよりは100倍良かったか。散々来るまでに怪しまれたけど。



説明の内容としては、決まった時間に30分ほど、1日合計10回ウサギの着ぐるみを着て園内に立ち尽くすだけで良いとのこと。ただし声だけは絶対に出してはいけない。夢を壊してしまうからだそうだ。


職員「まあ渚ちゃんなら声『は』可愛いから、全然「こんにちはぁ」とか言っても良いと思うんだけどねーハハハ」

渚「な、なるべく無言で頑張ります……えへへ……(こいつホンマ…)」

的確にペンギンの傷をえぐられて説明終了。拳を握りしめて早速業務に移った。



可愛らしいピンクなウサギの着ぐるみは150cmぐらいの私の身長とピッタリだった。胸の辺りも生地が分厚くて目立たない。最高……かと思ったのだが……


(くっさ!!!!めっちゃくっさ!!!!)



酸っぱいような刺激臭。生ゴミと同じくらいの不快指数。しかも死ぬほど暑い。装飾品、服を脱いでタイツ状態で着込んでいるが、拷問みたいな感じだ。

これは1回30分でもキツい。



「…………頑張ろう」


とぼとぼと、ガックリ肩を落として園内の入口付近に向かった。



土曜日だというのに、全然人が来ない。10分に1回人が通れば良い方だ。めっちゃ楽。

鼻曲がりしオーラをまとった着ぐるみからは、ほんの少ししか外の景色が見えない。実際、入口までも職員に手を引いてもらいながら向かった。



最初の30分は、家族連れが2組だけ来園。1回小さい女の子が「わー、ウサギさんー」っと言って私に抱きついてきた。

(か、かわいい……)

男の自分でも正直母性本能がくすぐられた。無意識に幼女の頭を撫でてしまった。

すぐに幼女は親の元へ駆け出し、「ウサギさんなでてくれたのー」と嬉しそうに報告。

(―――――!!!!)

生きがい。この一言に尽きる。

透明女の母性が覚醒した。



その後は休憩をこまめに挟んで、また着ぐるみで繰り出す、の繰り返し。水分補給したかったが

全身タイツだと口の部分が開いてないため飲めなかった。し、死ぬ。


声出すなと言われてたが、1回だけ男児に後ろから何度も蹴られて「ゲコっ!!」とカエルみたいな声を出してしまった。ウッキウキだったあのクソガキ、化けて出てやろうか…。真夜中に耳元で囁くぞ。




……そんなこんなで着ぐるみバイトは、あっという間に終わった。楽しいことをしてると、時間は非常に早く過ぎていく。

まだ着ぐるみ状態でおじさんが話しかけてきた。


職員「いやあ本当お疲れ様!暑くて大変だったでしょう!」

渚「はい、とても……わっ!!」

何かを手渡されるが、手元が見えない。


職員「ほら、スポーツドリンクだよ。おじさんからサービス。帰る間に飲みなさい」

渚「あ、ありがとうございます!」

職員「また良かったらお願いねー!」


あ、あなたが神か……。もうここで一生働かせてください。私で良ければ着ぐるみでもお化けでも何でもします……と心の中で強く思った。


職員「今度来る時はそんな気合い入れなくて良いからね!!いやあ真面目で面白い娘が来てくれておじさん嬉しいよー。これからも頼りにさせてねー!」


胸の辺りがじんわりと温かくなる。こんな透明で何も出来ない私を、本当に頼りにしてくれるのか……。


渚「……グスッ……ヒッグ……」

気づいたら、ウサギは嗚咽をこぼして泣いてしまった。

優しいおじさん「……えぇ!?泣いてるの!?ごめんね!ちょっと格好イジりすぎちゃったかな……」

渚「ち、違うんです……グスッ……私……」

スルスルと、奥底の想いが言葉になっていく。


渚「凄く……悩んでたんです。ある日私の、積み重ねてきたものが一瞬で全部無くなったんです……。何かしようと思っても全然うまくいかなくて、自分の姿まで失くして……。このまま生きてて良いのかって思い詰めてて……。私、そもそも本当に生きてるのかなって……」

おじさん「…………。」

渚「だから、本当に……グスッ……死ぬことまで考えたんです……でも死ねないんです!!死のうと思うと、死にたくない思いが邪魔してきて、死ぬことすらできないんです!!死にたいのに!!……本当に、グスッ、何も、私には出来ない……死にたくないし、もう生きたくもない……」


ウサギが床にしゃがみこむ。会ったばかりのおじさんに、なんて惨めな姿を見せているんだ。

だけど、もう止められなかった。悲しみ、怒りがごちゃ混ぜになってて訳がわかんない。わんわん泣く私に、おじさんが口を開く。


おじさん「……そうか。今まで本当に辛かったんだね。ありがとう、こんなおじさんに悩みを話してくれて。気持ちはよくわかったよ」

渚「…あんたになんか、私の辛さなんてわかるわけないよ!!」

八つ当たりしても、おじさんは全く動じずに続ける。


おじさん「まず渚ちゃんにこれだけは伝えておくよ。別に信じてくれなくてもいい。……でもいいかい、僕はね、本当に君を頼りにしているんだ。他の誰でもない、渚ちゃんを」

渚「…………。」

おじさん「さっき会ったばかりの君をなぜ、ここまで信じられるのか。…君が真面目で頑張り屋な娘だとすぐにわかったからさ。

おじさんだって伊達に30年この仕事をやって来ていない。不真面目な奴だったらすぐに見抜けるし、見抜いた奴らは思った通り全員ツバ吐いて辞めてったよ」

渚「…………。」

おじさん「確かに君の辛さはおじさんには分からないさ。だけど、僕のこの『心から頼らせて欲しい』って気持ちも渚ちゃんは分かってないだろう。…そう、僕と渚ちゃん、お互いに気持ちなんて分かりっこないのさ。カミさんの気持ちですら分かりっこないよ」

渚「…………。」

おじさん「ただ相手の気持ちが分からないこと自体はおじさんと渚ちゃん、みんな一緒だ。そう、僕と一緒。分からないからこそ他人と話して、相手を知ろうとする。そうして積み上げて出来てくるのが、信頼だ」

渚「…………。」

おじさん「信頼があって絆が生まれて、絆があって情が生まれる。情があれば人のために動ける。人のために動けば信念ができる。…そして信念があれば、人は死なない」

渚「…………!!」

おじさん「だから今は死なないで我慢して、僕を…いや、この遊園地を楽しみにしてくれている人を笑顔にして欲しい。これは僕を久しぶりに笑顔にしてくれた、渚ちゃんにしかできないと思ってるんだ……っ。君は、ちゃんとここにいるよ……っ。遠慮なくいていいんだ……」

おじさんも、堪えるようにして言葉を紡ぐ。



おじさんは、こんなに汚い私のことを本気で心配してくれている。…くすんでいた心が、パーッと澄み渡り始めた。


渚「はい……はいっ!!」



透明女になってから初めて、かけがえのないものを手に入れた。それは、居場所。

私が、存在していても良い場所。

もう、私は迷わない。


おじさん「…あ、男の子に蹴られてたの見てたけど、ゲコッて鳴いちゃったらカエルだよ!ウサギはピョンって鳴かないとさ!」

渚「み、見てたんなら助けてくださいよー…あと、ウサギはピョンとは鳴かないです。ウサギは……あれ?」

おじさん「ピョン、で合ってると…思わない?」

渚「そ、そうですね。確かに……あははは!!」

おじさん「ハハハ!!やっぱり渚ちゃん面白い娘だねー!!」


心から誰かと笑ったのも久しぶりだった。

かけがえのない1日。空はオレンジ色に澄み渡っていた。






「はあああぁぁぁ……♡」

帰宅していつもの入浴タイム。極楽気分で全身を洗う。今日は奮発して何とか温泉の湯の花を入れた。鉄分だけの匂いがした。




ボフンとベッドに横たわる。全身タイツでの擬態はなるべく避けたいと思った。めっちゃ人が見てきて恥ずかしい。消えたい。


おじさんにも凄い迷惑かけたな……。しかも姿を失くした、とかつい言っちゃった…

透明バレしたらどうしよう…


「…………まあ……いいか…」

何か自分を見失った、って意味で解釈されてたみたいだし…。




1日通して疲れたし臭かったが、凄く充実してたなぁ…

今日は今までで一番、気持ちよく眠れた。




つづく

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