第13話〰極楽湯か、地獄湯か:前編〰


透明な私にとっての運命の日がやってきた。


「ついに温泉だああああぁぁぁぁぁっゲェッホゲホゲホッ」


起きてすぐ叫んだら思いっきりむせた。


「ゲェッフ……むせるなら湯けむりにして、ってね!!!!!!!!!!」


もう初っ端からテンションがおかしいよね。でも許して欲しい。

透明女化してから…


初めて!!


ちゃんとした手段で!!


大好きなお風呂に!!


入りに行くのだから!!!!!!!!!!




…まぁ予約の時に性別の詐称はしてしまったが、そこは大目にみて欲しい。土下座します。見えないだろうけど。



マニキュア以外の化粧品をいつもの透明な体へ塗り、ウィッグ等のアクセサリーを身に着け、見慣れた私の顔の完成。


ついでに肩甲骨(背中にある天使の羽みたいな1対の骨)の下辺りぐらいまで伸びてた見えない髪を肩の辺りまでバッサリカット。頭が軽くなった気はしなかった。


あ、今まで洗面所に化粧品を置いてたこともあり、ずっとそこでメイク、練習をしていたが真冬だと死ぬほど寒い。

なので、最近はリビングでバンカーリングのスマホを立ててインカメラを起動して、暖かい部屋でぬくぬくと自分にお絵描きしている。



買った時より少し縮んだニットと裏起毛のパンツ、でかいコートを羽織って準備完了。

真冬の相棒として、こないだ初めて注文した黒いストッキング(タイツかな?違いあんの?)もパンツの下に履いた。

注文の時デニーズみたいなレストランの名前が画面に書いてたが、飲食店のクーポン番号(40番だか50番)なんて一切要らないから1番安かった黒とベージュ、白の3枚セットを購入した。モモヒキみたいな生地ですごい暖かい。幸せ。



ついさっき7の数字を短針が指してたのに、もう今は9の辺り。外は雲1つ無い快晴。

…装備も整えた。大きいトートバッグ片手にいざ、温泉宿へ。




バス、電車に乗り、温泉の最寄りに着いたのは10時20分。座席はどっちも結構空いていて、タックルやスタンプも全くなく到着。にんげんっていいな。あ、私も一応にんげんだった。



駅から歩いて10分ほどで、目的の『萬寿の湯』に到着した。硫黄の匂いがここからでも立ち込める。チェックインまで30分ほどあるが、宿のロビーで時間を潰すことにした。



3階建ての1階ロビーは吹き抜け部分があり、もの凄く広い。学校の体育館と同じ大きさくらいかな。平日の午前だからか、広い割に客っぽい人達もざっと十数人しかいない。




宿泊施設毎によくある、存在意義不明な飾り物。

この宿には何かくすんだ色の鎧と錆びた槍が飾られていた。


~この地で依代を変え1万回の戦の後、全く変わらぬ形を保った最強の神器~


…との事。それにあやかってここの名前を『萬寿の湯』と命名したそうだ。



……1万戦のうち、実は戦ったのはほんの数百回だったりして。

ほら、槍持った軍隊が両側から衝突し合うシーンあるじゃん。あれ後ろの方にいればワンチャン前の人達だけで勝負つくから後ろの兵士の武具全く傷つかないんじゃない?知らんけど。

しかもちゃっかり装備者変わってるみたいだし(やられた…?)、わざわざ武具の出陣回数数えてたんかい?

……これ以上はやめよう。もう触れちゃいけない話題な感じがする。




次に見たお土産コーナーも広く、色々なグッズ、プリンやお饅頭等のお菓子が売っていた。特にせんべいが美味しくて大人気のようだ。さっきの鎧

と槍の、2種類の焼き印が押されて売っている。

……いや逸話的に、鎧を割れちゃうやつにプリントしたらダメだろ!!

せめて半永久的に続く、的な意味で磁石でできたステッカーとかさ…ほら何か無い?

そもそも何で俺が初めて寄った場所のグッズ案考えてんだよもう。……あ、失礼、素が出てしまった。



…ツッコミが止まらない。くだらないことをしてたら11時をちょうど回る所だった。

スマホのインカメラで化粧が崩れてないことを確認してから、受け付けのおばs…女性にチェックインをお願いした。やり取りは思ったより凄かった。チェックインの書類の性別に丸をつける場所があったんだけど、そこに


『男・女・他』


って書いてあって…。


(他……。えっ他!?選べんだ!?凄っ…)


私は迷わず他に〇をつけた。これで土下座回避できんじゃん。

…と浮かれたのも束の間、受け付けのおばさんに

「女のでいい?」と1言だけ言われた。


…い、意味がわからない。

渚「いや、私は……女っぽく見えるかもしれないんですが……」

と言いつつ思考を必死に張り巡らせる。この人、一体何を聞きたいの?自然とジェスチャーが大きくなる。

おばさん「え、じゃあ男のでいいの?ほんとに?」

渚「は、はい……っ男で……」

予約での虚偽申告を咎められてるように感じて、流れで返事してしまった。

おばさん「うーん、あんたなら絶対女のでいいと思うけど『他』だし……じゃあこれ、部屋のカギと館内着ね。タオルも入ってるから。あんたは3階だから、そこのエスカレーターが1番近いよ!!」


よく見る四角柱のキーホルダー付きのカギとメッシュのバッグを机に叩きつけるように置かれた。


渚「はいっ!!ありがとうござうます!!」

めっちゃ噛みながら301号室に、逃げるように駆け込んだ。そして、おばさんの質問の意味を、客室にて知ることになる。






…まだまだ長くなるので、続きはまた今度ね。






つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る