第3話 ウンコに負けない

「ふええぇぇぇ……」


 あたしはダンジョンから飛び出し、大きく深呼吸を繰り返した後に座り込んでしまった。

 ダンジョンで戦う覚悟を決めてきた。これは間違いない。強い魔物と出会って戦って、怪我をしたり、最悪死んでしまうことだってある。でも冒険者になるんだって決意していたはずだ。


 でもさ~、ダンジョンの中がウンコまみれってどういうことなの!?

 あたし、魔物と戦いに来たんだよ!?

 なんでウンコだらけの中でウンコの匂いを嗅いでウンコと戦わないといけないの!?


「おおおおおおおおおおお……」


 あたしが頭を抱えてくると、追いかけてきたレナさんがあたしの肩を優しくさすってくれる。


「キサラさん、大丈夫よ。落ち着いて」

「レナさん……」


 美人で優しいレナさん。魔法とか使ってないのにその言葉だけで私の心が癒やされていくようだ。

 さらにレナさんはふっと微笑み、


「仕方ないわよ。みんな魔物と戦うのは怖いって思うの。命がけになるんだから当然よね。今までも逃げ出す人もたくさんいたわ」

「違います! ウンコに絶望したんです!」

「ウンコ?」

「わかってないの!?」


 あたしが仰天すると、レナさんはしばらく首を傾げた後に、ああと手を打って、


「大丈夫よ。ただ臭いだけだから。それにダンジョンならああいう匂いはどうしようもないのよ。諦めて進むしかないわね。そのうち慣れるわ」

「なんでそんなあっさりしてるんですか……なんかこう匂いを消す魔法とかないんですか?」

「ないわ」


 きっぱりとレナさん。マジかよ…

 さらに頷きながら、


「仮にあったとしても使わないわよ。魔王はすでに滅んだとはいえ、魔物は強くずる賢いわ。あいつらはもしかして意図的にウンコを壁に塗りつけて、私達へのトラップにしているのかもしれない、魔力は一寸のムダも許されない。ただウンコ臭いから匂い消しの魔法を使い続けるのは愚の骨頂。命がかかってるんだから当然でしょう?」

「…………」


 くっ、言い返せねえ……確かに命とウンコ臭さどっちを優先で守るかなんて言われたら命に決まってる。


 このあたりに来てあたしの頭もだんだん冷静さを取り戻してきた。

 今まで冒険者になるためにどれだけの努力をしてきたと思っているんだ。両親や妹に働かせっぱなしで、あたしは修行と勉強の毎日。沢山の人に支えられてここまでやってきたんだ。それを……


「ウンコごときに止めさせはしないっ!」


 あたしは立ち上がり声高らかに言い放った。

 レナさんもよかったと立ち上がり、


「じゃあ、戻りましょうか、ダンジョン」

「はいっ!」


 あたしはレナさんとともに再びダンジョンへと入る。


 臭い。

 やっぱり臭い。


 いやいやいやいや、さっき決意したばかりだよ! こんなもの鼻でもつまんでいればそのうち慣れるはず!


「ライトオン」

 

 レナさんが魔法を使い、あたりが明るくなる。松明より白くてはっきりとした光でダンジョンの壁がしっかりと見渡せる。流石にずっと奥までは見えないが、これなら敵が潜んでないのははっきとわかる。

 な――んだが、足元に黒いドロドロしたものと掃除してない便器についているオレンジ気味の臭いやつが……

 あまり下は見ないようにしよう……


「足元に気をつけてね。滑るから」

「うえええええ……」


 軽やかに進むレナさんに対して、鼻を摘んで恐る恐る歩くあたし。なんてザマなんだろう……


 ダンジョンを進むが魔物に出会うこともなく、第2階層へ降りる階段にたどり着いた。

 しかし――


「下がって!」


 レナさんの声にあたしは反射的に後ろへジャンプする――ズルっ!


「げっ!?」


 思いっきり地面に溜まっていた黒い【なにか】を踏んで転んでしまった。もちろん床は滑りやすさ満点だからそのままいろんな床に溜まったの中を滑っていく。


「おおおおおおおおお……な、泣きたい……」


 あたしがルールールーな感じなのを尻目に、レナさんは戦闘態勢に入っていた。

 なんとか身体だけ起こして見ると、階段の下から次々とコウモリ型の魔物が飛び出してきた。しかも数が多い!こんなのレナさんでも対処しきれるの!?


 だがレナさんは一歩も動かずに不敵な笑みを浮かべた。

 ――次の瞬間、コウモリ魔物はすべて青い炎で燃え上がり、次々と塵となっていく。


「すごい……」


 あたしは見惚れてしまった。あれだけの魔物を一瞬なんてすごすぎる


「ブルー・インフェルノ」


 レナさんは魔物がチリになったを見てそうつぶやく。

 あたしはすぐに駆け寄って、


「レナさんレナさん! 今何も言わずに魔法を使って敵を倒していたけど、もしかして無詠唱魔法ってやつですか!? すっごーい!」


 あたしが目を輝かせるものの、レナさんは首を振って、


「違うわよ。遅延詠唱ってやつ。詠唱をお腹の中で唱えて魔法を出してから口に出すのよ。敵になんの魔法を使うのか悟らせないための技術ね」

「へ~やっぱりすごーい!」

「そんなに褒めないで……」


 なんか耳まで赤くなってしまうレナさんだった。

 私より歳上なんだろうけど、ちょっとかわいい♪

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