ウンコ・ダンジョン~ここはトイレがない~

きたひろ

第1話 まだトイレはある

 あたし、キサラ!

 3日前に14歳になったばかりの明るい元気な女の子!

 お父さんもお母さんも妹も村の人達もみーんな大好き!


 ……でもね、ちょっと過保護だと思うだよね。みんな私のことを心配して何でも手伝ってくれるけど、もう一人で十分にできるんだよっ。


 だから、私は強くなって、冒険者になるって決めたんだ。お父さんはやめてと泣いてたけど、お母さんと妹は頑張れって言ってくれた。


 それから毎日お母さんがやっていた畑仕事を私一人でやるようにして、たくさんの水を運んて体力作り! 父さんから格闘術や剣の使い方、身のこなし方、怪我をしたときの応急処置と覚えられることはどんどん覚えたの。

 でも残念。魔法の才能はなかった。仕方ないね、だったら私は戦士スタイルで敵を蹴散らすっ!!


 おかげで冒険者ギルド加入試験では一発合格!9割は落ちる試験でまさかの大勝利だね! ありがとうお母さんお父さん。

 

 これで準備OK! さあ行こう!

 あたしの冒険者としての最初の仕事、ダンジョン攻略へ!


「あなたがキサラさん?」


 ダンジョン近くのギルド拠点にやってきたあたしを出迎えてくれた女性。黒くて長い髪、清楚で気品あふれる顔立ち、キレイに整った魔女っぽい服と帽子。


 なんて美しい人なんだろう。

 あたしは直立不動で敬礼し、


「はい! キサラです! よろしくお願いします!」

「そんなに緊張しなくていいわよ。私はレナ。今日はあなたとパートナーを組みます」


 そうレナさんは優しく微笑んでくれた。

 すると、隣に居るハゲおっさんが割り込んできて、


「よう嬢ちゃん。新人かい? 初めてのダンジョン攻略でレナと組めるなんてついてるじゃねえか」

「?」


 あたしが首を傾げると、おっさんはああん?と、


「なんでえ、知らねーのかよ。レナは2年前の人魔大戦で魔王軍の3割を撃破した伝説の魔法使いだぞ?」

「ええっ!?」


 人魔大戦。平和だった辺境の田舎暮らしだったあたしでも知っている。5年前に突如としてこの世界に魔王が君臨し、オークやゴブリンのような異形のモンスターを率いて、人間に襲いかかってきた。

 

 戦いは3年間続いたが、人類側はすべての対立や障害を乗り越えて結集し、数百万の軍隊を組織することに成功。2年前に後に人魔大戦と呼ばれる決戦が始まり、魔王は滅ぼされ、魔王軍は大半も殲滅されたという。


 そういえば、村に来た商隊のおっさんたちがその話をしていたときに、圧倒的な強さで敵を粉砕して、最後は魔王にとどめを刺した伝説の魔法使いがいるって言ってたけど……


「あれがもしかしてレナさん!? すっごーい! そんなすごい人と組めるなんて!」

「大げさよ……そんなに倒してないし、仲間のフォローがあってたまたま私が止めになっただけ。それに……」


 レナさんはなにか悟った感じで、


「あそこはそんなに誇れるような場所ではなかったわ」

「……すいません」


 そうだった。あたしたちから見ればかっこいい英雄譚だけど、そこは戦場。きっとたくさんの仲間も死んで、つらいことも多かったんだろう。


 レナさんは優しく微笑み、


「気にしないで。それに戦いはまだ終わってないわ」


 視線を向けた先には多数の兵士が立っているダンジョンの入口があった。


 人魔大戦が終わって魔王軍は崩壊したけど、少数の魔物は生き残り、この世界に点在している遺跡や深い森に逃げ込んで数を増やしている。


 現在でも魔王軍討伐の軍隊は世界で掃討を続けているが、場所が広大すぎて対応しきれず、一部の小規模なダンジョンは冒険者が中にあるお宝と引き換えに退治することになっていた。


 今回あたしがやってきたダンジョンもその一つだ。


「じゃあ今日はしっかり宿屋で休んでね。明日ダンジョンの入口で」

「はい! よろしくお願いします!」


 そう言ってレナさんは去ろうとしたが、一度振り返って、


「明日来る前にトイレにはちゃんと行っておくこと。ダンジョンの中にはないから」

「わかってますよ~。子供じゃないですから」


 私がそう口をふくらませると、また笑顔でレナさんが去る

 その後、あたしはギルドの受付さんに会いに行く。

 名前を言うと受付さんはすぐに大きな背負いバッグを取り出し、


「こちらに新人さんに必要なものが一通り揃っています。宿で中身を確認してくださいね」

「はーい」


 あたしは背負いかばんを持って、宿に移動した。

 すぐに中身をチェック。

 武器は短剣。ダンジョンの中は狭いからだろう。

 防具は最低限。大事なところを守るプロテクターだけ。あまり全身を守る鎧だと身動きが取りにくくなるからかな?

 後は携行食料や水、応急処置用のバンドなどなど。一通り揃っている感じだ。


「ん?」


 バッグの一番奥にあったのは一つの大きな金属製の容器。壺のような形で入り口は布で覆われ紐で結ばれている。開けてみたが何も入ってない。


「ダンジョンの中で使うのかな……レナさんに聞いてみればいいや」


 そう思ってバッグの中にしまう。

 その後さっさと寝床に入って眠った。


 …………


 翌日。


「さあ行こう! ――っとその前に」


 あたしはレナさんの言いつけどおりちゃんとトイレを済ませて、


「よしっ!」


 ダンジョンの入口へと向かった。


 あとになって思う。

 このとき「ダンジョンにトイレはない」の意味をよく考えてみればよかったと。

 

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