それは懐かしい暖かさのような

 私は何も言えずにただ俯いていた。

何を言えというのだろう。

何より、私自身が言葉も出ないくらいに頭が混乱している。

その時、ドアをノックする音がして外から女性の声が聞こえてきた。

「ラビット様、大丈夫ですか?斎木蒼の件は片付きましたか」

「ラビット」とは雄大さんの事か。

九国さんや両親、そして雄大さん。

みんな信じてたのに・・・

私は半ばやけになって言った。

「もういい。好きにして。連れていくなら早くして」

「言われなくてもそうする。ちょっと遊びすぎたな。おい!」

雄大さんがそう言うと、すぐにドアが開き先ほどの声の主であろう警官の格好をした女性が入ってきた。

「お呼びでしょうか、ラビット様」

「斎木蒼を本部に連れて行く。車の準備をしろ。俺はコイツを縛っておく」

「分かりました。すぐに」

そう言って婦人警官は出て行き、雄大さんは私の手足を縛った。

「じゃあね。もう二度と会うことは無いだろうけど」

そう言ってニッコリと笑顔を見せる雄大さんから私は顔を逸らした。

もうどうでもいい。

その時、先ほどの婦人警官が戻ってきた。

「車の準備が出来ました」

「よし。お前はそいつを連れていけ」

車に向かう雄大さんを見送った後、婦人警官は私のそばに来た。

もう全部終わりなんだ。

そう思うと無性に悲しくなった。

そして何故か思いもしない言葉が出た。

「九国さん・・・」

そう言ってすぐにハッと我に返った。

何であの人の名前を。

その時、私は婦人警官の顔を見た。

特に九国さんの面影は無い。

だが、その人は私に顔を寄せ・・・囁くように言った。

「決して言葉を出さず、じっとしててください。助けます」

えっ・・・

驚いて婦人警官の顔を見ると、その人は手早く手足のひもを切った。

「何で・・・」

その人は人差し指を唇に当て「シッ」と小声で言うと耳元でまた囁いた。

「今からあの人を殺めます。見たくないでしょうから目を閉じて」

その時。

婦人警官が腰の銃を抜いて、弾かれたように振り返った。

するとそこには銃を構えた雄大さんが居た。

「あの短時間で入れ替わるとは流石だな、ナンバーナイン。大方、彼女の服にでも発信機を仕込んでだな。抜け目のない。だが、硝煙の匂いを消すのは無理だ。僕の鼻を侮るな」

え?ナンバー・・・ナイン?

婦人警官は銃を構えたままゆっくり立ち上がった。

そして、顎に片手を当てるとまるでスパイ映画のように顔の皮膚をベリベリと剥がした。

すると、その下からは九国さんの顔が出てきた。

「お嬢様に何を話した?まさか・・・」

「全部。ご両親の正体や、彼女が薬物ルートの鍵だって事も。親切丁寧にキチッとご説明したよ」

その時、彼女の周囲の空気がゆらめいた様に見えた。

「斎木蒼には罪はない。巻き込むな、屑が」

「屑?つまらないブラックジョークだね。斎木蒼の両親・・・そして彼らを殺す機会をうかがうためにメイドやってた君からは絶対言われたくないね」

「・・・・・・」

「ま、そう言いつつ実は犯人は僕なんだけど」

えっ?

雄大さんの言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「正確には僕の指示による部下がやった事なんだけどね。君のご両親は自分たちの事が調べられている事。そして君が鍵になっていることに気付き、君を連れて外国に逃げようとしたんだ。だが、そんな事をされてはさすがに調査に手間がかかる。なので、ちと強引だけど拉致させてもらおうと指示を出した。所が、その動きを察したご両親が自ら命を絶ってしまってね。もっとスマートにやるかと思ったら刃物での無理心中って・・・」

「そ・・・それ、本当なの?」

「ここで嘘言ってもメリット無いでしょ。だから急遽計画を変えて、部下に君を拉致してもらおうとしたら、ナンバーナインが戻ってきて予定はパー。部下も逃げるので精一杯。仕方ないから、僕が直々に君を・・・と思ったら、何とまさかのナンバーナインによる拉致!まぁ、蒼ちゃんを守るには一番良い方法だと思うよ」

じゃあ九国さんは・・・目撃者の私を殺すためじゃなく・・・守るため?

「さて、なんで僕がここまでべらべらしゃべったか。蒼ちゃんに現実を教えようと思って。今、ナンバーナインの組織は薬物ルートの組織の壊滅を依頼されている。彼女がメイドとして入り込んでたのもそのせいだ。つまり彼女も君と言う鍵を必要としている。僕の組織はルートの掌握。まぁ横取りとも言うけど。目的は若干異なるけど『同じ穴のむじな』なんだよ。それを忘れないように」

そう言うと雄大さんは悠然と後ろを向いて、部屋の外に出て行った。

「九国さん・・・いいの?」

慌ててそう言うが、九国さんは首を静かに横に振った。

「もし、奴を撃ったらお嬢様が・・・」

「えっ?」

「今、お嬢様の後ろの窓から気配が消えました。もし私がラビットに何かをしたら、窓の外からお嬢様が撃たれていたでしょう」

驚いて背後を振り返るが、そこには誰もいない。

振り向こうとしたら、突然九国さんに抱きしめられた。

「・・・・・・!」

驚きのあまり思考停止してしまったが、それと共に懐かしい暖かさも感じた。

「お嬢様。すいません。来るのが遅れたせいでお辛い思いを・・・聞いてはいけないことも聞いてしまった。それだけは・・・避けたかった」

そう言いながら九国さんの身体は小さく震えていた。

「ううん・・・大丈夫。でも、実は凄くショック・・・ホントは今すぐ泣き出したいくらい。でも、あなたがやっぱりあなただったんだ・・・って分かってそれが嬉しい。有り難う。守ってくれて」

「ご無礼。お許しください」

「じゃあ、もうしばらくこうしてギュッとしてくれる?」

「・・・はい。喜んで」

「九国さん」

「はい」

「・・・ただいま」

「・・・お帰りなさいませ。お嬢様」

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