それは甘いマカロンのような

 タクシーの中で九国さんにかかとの手当をしてもらいながら、私は九国さんの言う「とっておきの場所」がどのような所なんだろう、と色々想像していた。

こんな大人っぽくて素敵な人なんだから、夜景の綺麗なレストランかな。

ううん、逆に落ち着いててそれでいてセンスのあるブティック?

それかどれでもなく静かで雅やかな、和食のお店?

いかん、お腹が空いているせいか食べ物の方にしか気が行かない。

九国さんならやっぱりカフェだろう。

でも、こんな時間にやってるお店なんてあるのかな・・・

そんな事を考えているうちに、タクシーは街を離れて郊外に向かった。

私は予想と異なる景色に驚いていると、やがて九国さんはタクシーを止め、お金を支払って先に降りた。

そして私の方に回ると「すいません。ちょっとだけ・・・」そう言って九国さんは私に目隠しをした。

「え!ええっ!」

驚く私に九国さんはクスクス笑いながら言った。

「すいません。とっておきをお見せしたいのですが、ネタばらしはまだ早いので」

そう言うとまた私をおぶってくれた。

「ここって・・・」

「はい。郊外にある小高い丘です。もう少し歩くので、そのまま背中にもたれていてください」

言われるままに背中の感触を感じながら、ぼんやりと周囲の音に耳をすませた。

物音もせず、音と言えばどこからか聞こえる秋の虫の鳴き声くらい。

そんな中を九国さんと二人で進んでいる。

それは驚くほど非現実的な、まるで浮世離れした世界に迷い込んでしまったかのような気持ちになった。

そのまましばらくすると九国さんの足が止まり、そっと私を降ろした。

「さあ、目隠しを外してください」

九国さんの言葉に目隠しを取ると、私は思わず息をのんだ。

そこには満天の星空が広がっていた。

その光の粒が織りなす光の海は、私の思考を停止させてしまうほどだった。

ただ・・・美しかった。

「どうです?ここが私のとっておきの場所です」

「こんなの・・・プラネタリウムでしか見たこと無い」

「そうですね。ここまでの星空が見れるところは国内でもそう多くないでしょう。所謂穴場と言えるでしょう。私は・・・感情がコントロール出来ない時や、たまらなく忘れたいことがあった時、良く一人でここに来ます。そしてこの空を見るんです。そうすると、この星空からすればなんてどうでもいい事なんだろ・・・って思えるので」

「九国さんにもそんな事あるんだ」

私の言葉に九国さんは何も言わず小さく頷いた。

私は九国さんと二人で芝生に寝っ転がり、空をボーッと見ていた。

「お嬢様。もう少しです。確かに今、あなたを取り巻く世界は酷く歪んでて小さいかも知れない。でも、大人になった時・・・あなたの世界は変わる。お嬢様はご自分が思うよりも強く、そして正しい。そして、周囲を惹き付ける魅力を持っている。それは変わるであろう新しい世界で花開きます。ご自分を信じて。あなたは間違っていない」

九国さんの言葉を聞きながら私は、この人の言うとおりかも知れないと思えてきた。

そうだ。私はきっとこのままじゃない。

「世界は変わる」

「そうです。必ず変わります」

「・・・私、頑張る」

「頑張らなくていいです。お嬢様の早さで歩んでください」

そう言うと九国さんは身体を起こすと、私の口に何かを入れた。

(!?)

驚いたが、すぐに鼻腔に甘い香りが飛び込んできた。

「これ・・・マカロン?」

「はい。以前お嬢様が買ってきてお裾分けしてくださったお店の。お好きでしたよね?」

そうだった。

でももう二年以上も前に一度きりだったのに。

「覚えてて・・・くれたんだ」

「もちろん。お嬢様が笑顔になった切っ掛けの物は余さず覚えております」

「ありがと。でも・・・ビックリした」

九国さんは小さく笑った。

「すいません。私、どうもお嬢様を驚かせるのが自分で思う以上に好きみたいです」

「それ、馬鹿にしてる!」

「いいえ!違います」

私たちはその言葉を切っ掛けに声を上げて笑った。

そうだ。学校だけが世界の全てじゃ無い。

それに・・・私には九国さんがいる。

私の世界がどんなに私に冷たくても、彼女だけは私の味方だ。


そこで急に身体を走った痛みで夢から覚めた。

寝返りを打った弾みに脇腹が痛んだのだろう。

「痛・・・」

思わず声を上げて見回すと、そこはいつもの寒々としたコンクリートの部屋。

そして私が襲われた部屋。

さっきまでの暴力と血を思い出して、胃に強い不快感を感じた私はお手洗いでひとしきり吐いた後、フラフラとベッドに戻った。

そういえば九国さんは・・・

さっきの男もいない。

部屋を見回しても、さっきまでの出来事の痕跡は綺麗に消え去っていた。

まるでそんな事実は最初から無かったかのように。

二人はどこに?

そうぼんやりと考えたとき、突然耳慣れた電子音が聞こえた。

心臓が跳ね上がりそうなほど驚き、慌てて携帯を見ると・・・

「雄大さん・・・」

画面には雄大さんの番号が映し出されていた。

でも、ここは電波が通じないはず。

なのになぜ。

だが、迷っている暇は無い。

この部屋が防音になっていることは知っていたが、それでも九国さんはこっちの想像では図れない。

急いで電話に出た。

「もしもし!」

「もしもし。蒼ちゃん、大丈夫?」

そのすぐ後で聞こえてきた声に私は涙が出てきた。

懐かしい雄大さんの声。

平和だった日常に引き戻してくれるような暖かい声。

「雄大さん・・・」

「声が聞けて良かった。怪我は無い?」

「大丈夫。でも・・・九国さんが」

私は個々までの経緯を泣きながら話した。

雄大さんは言葉を挟むこと無く聞いていたが、話し終わると言った。

「だとしたらこの電話も長くは話せないね。要点だけ話す。きっと近いうちに九国さんは君を別の所に連れ出すだろう。そこが君を襲った連中にバレてるなら。だから、一つお願いがある。この電話が終わったら頃合いを見て君の腕時計の竜頭を5回押して欲しい。実は君の時計をこっそりGPS発信器にさせてもらってた。でもそれは連続1日しか持たない。だから次に移動する途中、機会を見てこっそりそれを行って欲しい。決して彼女にバレないように。内容は覚えた?こうやって電話するのも数分程度やっと出来るようになったくらいだから、もう連絡は出来ない」

「う、うん、分かった!絶対やる。でも、雄大さん一体・・・」

「ずっと黙ってて悪かった。実は、僕は探偵なんだ。お父さんから頼まれて彼女・・・九国里沙の事を調べていた。そして、彼女の正体が分かった時に、この事件が・・すまない。君を守れなかった。だから、今度は必ず。後、もう1つ大事なことを。その腕時計にはもう一個仕掛けがある。僕が君に合流出来るとき、車のヘッドライトか他の何かの灯りを不規則に3回点滅させる。そしたら今から話す事を行って欲しい。それは・・・」

雄大さんが話した「腕時計へのもう一つの仕掛け」の説明を私は頭に叩き込んだ。

「有り難う。じゃあ雄大さんも気をつけ・・・」

そこまで言ったところでドアノブを触る音が聞こえた。

私は電話を切ると、慌ててバッグに放り込みベッドに寝転がった。

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