第2話 浮気は当然だそうです

「内側から鍵がかかっているわ」


 魔闘技場に着いたのだが、ドアを開けることが出来ない。


「魔法で外します」


「そんな魔法聞いたことないわ」


「風魔法の応用です」


 シエルがそう言ってドアに手を当てると、ドアの向こう側でガチャリという割と大きな音聞こえた。


 ドアを開けて中に入ると、エドワードがこちらを見て驚いていた。ソフィアはエドワードの正面を向いて立っていた。彼女の上着が横に脱ぎ捨てられていた。


「なぜ上着を脱いでいるの?」


 私が最初に発した言葉だった。


「エルザ、どうしてここに? そいつは誰だ?」


 エドワードは私の言葉を無視して、シエルのことを聞いて来た。


「エドワード殿下、僕はシエルといいます。ソフィアさんのペア魔法のパートナーです。ソフィアさん、こちらに」


 シエルの言葉にソフィアが反応し、上着を持ってこちらの方に駆けて来た。


「殿下が魔力の性質をよくお調べになりたいとおっしゃって、殿下に魔力をお送りするところでした」


 ソフィアがシエルと私にそう説明したが、なぜ上着を脱ぐ必要があるのかわからないし、魔力は背中に手を当てて送るのが普通なのに、お互いに正面を向き合っていた理由も不明だ。


 だが、それを指摘すると、収まるものも収まらないと私は感じた。


 動揺を押し殺し、務めて冷静に言葉を選びながら私は話した。


「殿下、殿下は将来国を背負っていかれるお方です。見ず知らずの魔法使いのパートナーになるなどあってはならないと思います」


 エドワードは肩をすくめた。


「見ず知らずではない。それに、ソフィア嬢の将来がかかっているゆえ、人任せは不安でな。私自ら助力せねばと思ったのだ」


「それは慈悲深いお考えですが、このようなものが現れるたびにそうなさるおつもりですか? シエルさんがパートナーになることが決まっていたようです。シエルさんのパートナーとしての働きの結果を見てからでも遅くはないと思います」


「ははは、いつになく主張するな、エルザ」


 エドワードは笑ってはいるが、私を見る目つきは鋭く、目は笑ってはいなかった。


 出しゃばるなということであろう。


「殿下の御身が心配ゆえにございます。愚かな私をお許しください」


 私は素直に謝罪した。


「よい、私の身を案じてのこと。許すぞ。だが、シエルとやらのパートナーは認める訳にはいかぬな」


 やはり殿下はこのままソフィアを我がものにするおつもりだ。何もなかったことにしてあげようとしているのに、婚約者の私の前であろうと、己の欲望を満たそうとする実に破廉恥な男だ。


 こんな男のためにあの厳しい王妃教育に耐えて来たかと思うと、悔しくて涙が出そうになる。涙を堪えていると、シエルが私を背に庇うようにして、殿下の前に一歩進んだ。


「殿下、私がパルマ家のものであってもでございますか?」


「何だと!?」


 シエルの言葉にエドワードが瞠目している。私も驚いた。まさかパルマのものだとは。


「殿下、まずは私にチャンスを頂けないでしょうか。月末のペア戦で優勝したら、我々のペアを認めて頂けますでしょうか」


「はっはっは。優勝とは大きく出たな。よかろう。そなたたちが優勝したら、ペアを認めるし、ソフィア嬢の特待生も継続しよう。エルザ、戻るぞ」


 拍子抜けするほど呆気なくエドワードが引き下がった。パルマ家と揉めることは避けるべきとの判断だろう。


 エドワードは魔闘技場の出口に向かって歩き出している。私も後に続いた。シエルとソフィアが、私にお礼のお辞儀をしているのが横目に入った。


 私はエドワードと出会って以来、初めて彼の醜い一面を見た。


 とても受け入れることは出来そうもない。どう対応してよいかわからず、私は途方に暮れてしまった。

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