第27話 モヤモヤ



 何が起ころうとしているかは、容易に想像できた。

 恋愛のあれそれから距離を置いている祐真でさえ、あそこが有名な告白スポットだということを知っている。

 それでも、目の前で繰り広げられている光景がにわかに信じられない。

 ただただ唖然としながら眺めていると、やがて涼香と男子生徒は楽しそうに話しだす。

 クラスメイトか知り合いか何かなのだろうか。傍目からも和気藹々とした雰囲気だ。

 話が盛り上がってテンションが上がったのか、男子生徒はツッコミをいれるかのようにペタペタと涼香の身体に触れる。

 こちらからは涼香がどんな顔をしているかは見えない。ただ、特に嫌がる素振りは見せていない。普段からもこんな感じなのだろうか?

 祐真の眉間に、皺が刻まれていく。

 そういえば、涼香が教室でどんな風なのか全然知らない。というより、今の今まで気にしたこともなかった。

 やがてそうこうしているうちに、男子生徒から何かを言われたと思しき涼香は、急に両手を振ったかと思うと、その場を慌てて去っていく。

 後に残された男子生徒は数拍の間その場に留まり、頭を掻きながら涼香の後を追うようにその場を後にした。

 その一連のやり取りを立ち尽くして見ている祐真。

 すると紗雪が少しぎこちなく言葉を零す。


「……びっくり、です。私、あそこで告白されてるの、初めて見ました」

「あぁ、俺も」


 紗雪の言葉で我に返った祐真は、曖昧な笑みを返す。

 その後2人して無言で受付に戻る。

 残りの休み時間、再び手に取った小説は、栞の挟まったページから動くことはなかった。



 午後からの授業は、完全に上の空だった。

 脳裏には涼香が告白されている様子が、ありありと焼き付き、腹の奥底ではドロリとしたものが渦巻いている。

 どうやら自分で思っているよりもショックを受けているらしい。驚きだ。

 そうこうしているうちに、放課後が訪れた。


「祐真、放課後も委員か?」

「あぁ、今日と明日はな」


 確認するかのように訊ねてきた晃成に、なんとも微妙な笑みを浮かべ返事をする。

 果たして晃成は、妹が告白されているのを知っているのだろうか? 一瞬そのことを聞いてみようかと思ったものの、さすがに今の晃成には訊ねにくい。祐真はそそくさと教室を後にした。

 しかし直接図書室には向かわず、どうしてか足は勝手に1年の教室の方へと向かう。

 逸る気持ちで1年のある1つ上の階へ上がったところで、運よく目当ての人物が見えた。


「す――」


 声を掛けようとして、思わず途中で言葉を呑み込む。


「な、なぁ倉本、話があるんだ。そ、その、今ちょっといいか?」

「へ?」

「い、いいからこっち来てくれ」

「い、稲田くん!?」


 涼香は丁度誰かに呼び止められるところだった。

 相手はかなりの長身で髪を短く刈り込んだ、爽やかそうなイケメン。

 彼は顔を真っ赤にしつつ、強引に驚く涼香の手を引いていく。

 周囲からは「「「きゃーっ!」」」という黄色い歓声が上がり、にわかに騒めきだす。「うっそ、意外なんだけど!」「おい、あの稲田が!?」「今の倉本ならわかる」といった声が聞こえてくる。

 唖然としていることしばし。

 驚く周囲の中に、目を丸くして立ち尽くしている莉子の姿が見えた。

 ハッと息を呑んだ祐真は、何となく彼女に見つかってはいけない気がして、そのまま何事もなかったかのように階段を上り、図書室へと向かう。

 珍しいことに、この日は紗雪も顔を出さず、利用者もほとんどいなかった。



 学校からの帰り道、電車を降りた祐真は、夕陽に引き延ばされた影と共に家路を歩く。

 胸の中では涼香のことで、何とも言えないドロリとした行き場のない気持ちが渦巻いている。

 しかしそれらは決して彼らに対する嫉妬ではない。

 お気に入りのものを取り上げられたかのような、子供じみたヤキモチや執着といったもの。


「遅かったね」

「……え?」


 間の抜けた声が漏れる。

 家の近くに差し掛かったところで、どういうわけか涼香が待っていた。その顔には、疲労が色濃く滲んでいる。

 何故? さっきの男子とは?

 ぐるぐる思考が空回る中、祐真はなんとか言葉を絞り出す。


「どうしたんだ、涼香。合鍵の隠し場所は知ってるんだし、家の中で待っててもよかったのに」

「いやまぁ、なんとなくちょっとでも早くゆーくんの顔がみたいなぁって思いまして」

「なんとなく、か」

「うん、なんとなく」


 そう言って涼香は駆け寄ってきて、隣に並ぶ。

 するとふわりと彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐり、祐真の欲望を滾らせていく。

 涼香の様子がいつもと違うことには気付いている。

 飢えた獣のように猛り狂うそれを抑えつつ、期待と共に家に付き鍵を開けて中へと身体を滑らせた瞬間、涼香は祐真に抱き着き唇を押し付けてきた。


「んっ」

「んんっ……」


 互いの唇を激しく絡ませると共に、身体にも情欲にも火が点いて行く。

 周囲にはぴちゃぴちゃといった、粘膜を絡ませる水音が響く。

 やがて口を離した涼香が、潤んだ瞳で熱っぽい言葉を零す。


「ね、あたし今、めっちゃシたい気分なんだ」

「……今の俺、ちょっと加減ができねーぞ」

「いいねぇ、獣なゆーくん、あたし好きだよ」

「っ、後で文句言うなよ」


 そして部屋に行くのももどかしいと、2人はその場で影を重ねるのだった。


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