第16話 道連れ
教室に着くなり、祐真は驚きと好奇の視線と声に出迎えられた。
「おっす、河合……って、髪染めたんだ?」
「あぁ、晃成の影響でな」
「ははっ、かくいううちらもそうだけど」
「おー、河合良い感じじゃね」
「河合くん、前より明るくなって似合ってるよー」
挨拶もそこそこに、早速髪のことが話題に上る。
ここ最近にわかに恋バナが活発になっているこのクラスでは、晃成に触発されて身の回りのことに気を付けるようになった人も多い。祐真もその中の一人として、あぁお前もかと思われているようだ。
だからだろうか、すぐさま話題は祐真の髪から昨日の動画の配信がどうこう、出ていた課題のあれやこれ、ネットで見つけたニュースで云々などと、いつも通りのものへと戻っていく。
少しばかり肩透かしを食らう祐真。
ちらりと晃成の方を見てみれば、先輩とのデートを間近に控えそわそわしており、多くのクラスメイトに囲まれそのことで弄られている。
他にもいくつか同じようなグループがあり、彼らも晃成同様、この浮ついた空気の発信源のようだった。
祐真は、あぁ、と納得する。彼らこそが主役なのだ。
色めく気配が感じ取れない祐真にはさほど興味が向かない。だから彼らのように見た目を変えたところで脇役のまま。
だが、それでいい。
恋愛のあれそれを自分に向けられるのはまっぴらだ。
「なぁ、祐真! 祐真も何か言ってくれよ!」
その時、晃成から声を掛けられた。困ったような顔で助けを求めている。
「すまん、話聞いてなかった。で、何だって?」
「えっとだな――」
「あぁ、でもそれって――」
祐真は苦笑と共に、親友の下らない話の元へと向かうのだった。
◇
髪の色を少し明るくしたくらいでは、別に祐真の環境は何も変わりやしない。
そのことに安堵と共に一抹の寂しさを感じている授業中、スマホが何度か震えていることに気付く。
こんな時間に誰だろう? 迷惑メールか何かだろうか?
祐真は眉を寄せつつ、次の休み時間に確認してみる。
「うん……?」
全て涼香からのメッセージだった。
一体どうしたのだろうと、不思議に思いながら開く。
《うんうん、今思い返してもゆーくんの髪色似合ってたよ。昨日のあたしの見立てに間違いはなかったね》
《塗りムラ気にしてたし、美容院で色とか変えたりするの?》
《実は他にもこういう髪型とか似合うと思ってるのあるんだ、参考にしてよ》
そんな文言と共に、いくつかのサンプル画像が貼り付けられている。
祐真はそれらを見て、授業中に何やってんだよと眉間に皺を刻む。
どれも明るく爽やかで、良い印象を受けるのだが、しかし自分にどれが似合うかどうかと問われればわからない。
一念発起して髪色を変えてみたものの、所詮オシャレ初心者なのだ。
しかし、せっかくの涼香の厚意を無碍にもできなくて。
祐真は苦笑いと共に、涼香への返事を打つ。
《わざわざありがと。でも正直、こういうのってどれがいいのかわからん》
涼香からの反応は早かった。
《え~~? まぁでも、ゆーくんだからなぁ》
《うっせぇ、そっちも似たようなもんだろ。てか、涼香がこんなオシャレっぽいものを送ってきてることにびっくりなんだが》
《そりゃあたしだって、異性のどういうのがタイプとか興味あるし? ゆーくんにだって、好きな女の子のタイプとかあるっしょ?》
そう言われると、自分自身に無頓着でも、興味のある異性ならば確かにと納得する祐真。
祐真はそれならばいっそと、思い付いたことを書き込んでいく。
《ふむ……ならいっそ、美容院に着いてきてくれよ》
《え、いいの?》
《そりゃ、涼香の好みに合わせようとしてるからな。そっちの方が話が早いだろ》
そもそも、今日の髪を染めたのだってそうなのだ。
涼香だってどうせ身体を合わせるのなら、少しでも好みに近い方がいいだろう。
熟考しだしたのか、涼香からの返事が止まる。
祐真はその様子を想像し、くすりと笑みを零した。
◇
その後何事もなく昼休みを迎えた。
さて、今日のお昼はどうなるんだろうかと思っていると、強引に教室にやってくる女子生徒がいた。涼香だ。
「ちょっとこっち来て! お兄ちゃん、今日はゆーくん借りてくからね!」
「す、涼香!?」「お、おぅ」
涼香はどこか切羽詰まった様子で、祐真や晃成に有無を言わさずぐいぐいと引っ張っていく。
わけがわからず、されるがままになる祐真。
やがて周囲の目を避けるようにやってきたのは、校舎の端にある非常階段。
誰もいないことを確認し、鉄扉を開けて身体滑らせるや否や、涼香は強引に祐真の唇を奪い、激しく舌と足を絡ませてくる。
「んちゅ……んっ……ちゅっ……んんっ……」
「ん……んん……んっ」
なにぶん、学校でこういうことをされるのは初めてで、面食らってしまう。
涼香に
やがてたっぷり5分は祐真を味わいつくした涼香は、ゆっくりと身を話す。2人の唇の間に銀糸が架かる。
こちらを見つめる瞳はうっとりと濡れており、息も荒い。
「……涼香?」
祐真が怪訝そうな声で訊ねれば、涼香は悪戯っぽくも淫靡な笑みを浮かべ、そして少し拗ねたような、しかし熱っぽい声で囁く。
「ゆーくんをあたし好みにしていいって言われてさ、じゃあどういうのが良いのか考えてみたの。けどそれってえっちのためかなーって思うとその……火が点いちゃった」
「っ、涼香!」
そう言って涼香はチロリと舌先を見せたかと思うと、祐真の手を取り、スカートの中へと導く。そこはもう、すっかり準備が出来ていた。
切なげに、辛そうに息を荒げている涼香。何を求めているかは明白だ。しかし、理性がダメだと告げている。
「……こんなところでするわけにはいかないだろ? 大体、今ゴム持ってないし」
「そうだよ、いかないね。さすがにそれくらい、あたしもわかってる。でもさ、朝からずっとこの状態で辛い。分かってほしい。これもゆーくんのせいだ。だから道連れにしようって!」
「おい、やめろ!」
そう言って涼香はペロリといやらしく唇を舐め、屈みこむ。
祐真は口で拒絶しつつも、どうしてか涼香を本気で止めることはできなかった。
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