第2話 オテンバ姫と三人のポンコツ家来たち。 

 呆気に取られる私を前に、四人は堂々としている。かなり自意識過剰のようだ。

でも、私は、その姿を見るにつけ、ため息しか出なかった。

まるで、コスプレイヤーのようにしか見えないからだ。

この姿で、秋葉原を歩いたら、きっと人気者になるだろう。

「もういいわ。人間の姿に戻ってくれる」

 私は、軽い眩暈を感じながら言った。四人は、人間の姿に戻ると、今度は、私に正体を見せろと迫った。

もちろん、見せるわけがない。この私が、そう簡単にホントの姿を見せるなんて甘すぎる。

この子たちは、怪物らしいが、中身は、まだまだオコチャマだ。

「そんなの見せるわけないでしょ」

「ちょっと、あたしたちばかり、ずるいじゃない」

「そんな約束した覚えはないけど」

「やっぱり、宇宙人ていうのは、ウソなのね」

「勝手にどうぞ」

 私は、そう言って、取り合わなかった。

でも、この子たちを利用するという気持ちはあったので、ちょっとからかってやろうと思った。

「確かに、私だけ正体を見せないというのは、ずるいわね。しょうがないから、ちょっとだけ見せてあげるわ」

 私は、知り合いの宇宙警備隊の真似をして、腕を十字に組んで見せた。

そして、重ねた両手から、七色の光線を出した。かなり弱めにしたが、壁に穴が空いて煙が出た。

「ちょっと、危ないじゃないの」

 彼女が怒り出した。

「だから、言ったでしょ。私は、宇宙人だって。これでも、信じない?」

 四人は、何かひそひそ話をすると、スズメ男が言った。

「わかったチュン。信じるチュン」

「わかればいいのよ」

 彼女たち四人は、少しばかり驚いたようだった。

この四人にも、特殊能力はあるだろう。でも、私には及ばない。

相手は、子供と意味不明な生き物だ。戦えば、私の敵じゃない。

「それじゃ、これから言うことをよく聞いてね。そうすれば、あなたたちも早く帰れるから」

 なんとなく四人は、納得いかないようだったが、人間界にはいたくないという気持ちのが強いの最終的には、私の申し出を受けることになった。生意気なお姫様だが、少しは、物わかりがいいみたいだ。

「まず、あなたたちのこの家の向かいに、人間の男が一人で暮らしてるから、その男をよく観察するのよ」

「観察?」

「そうよ。あなたたち、人間を理解しに来たんでしょ。だったら、その男は、最適だから、よく見ていれば人間というものが少しはわかるはずよ」

 四人は、難しい顔になった。どうすればいいのかわからないみたいだ。

「簡単なことよ。その人間と、仲良くなればいいの」

「人間と仲良くなんか、する気はない」

「それじゃ、怪物王国に帰れなくてもいいの?」

「う~ン」

 さすがのお姫様も、そこは譲れないようだ。

「それで、どうすればいいんだ」

「まずは、お向かい同士、ご近所なんだから、あなたたちの方から、挨拶に行くのよ」

「なんで、あたしたちが行かなきゃいけないんだ。それなら、向こうから来るのが筋だろ」

「何を言ってるの。あなたたちのが、後に来たんでしょ。それに、人間の男は、可愛い女の子には弱いのよ。あなた、お姫様でしょ。自分で可愛いと思ってるなら、あなたの方から行かなきゃ効き目ないでしょ」

 またしても、彼女は、額にしわを寄せて考え始めた。別に、考える余地はないと思うが何を考えているのか、私にはわからない。

「わかった。やってやろう」

 渋々だけど、了承してくれた。まずは、一安心だ。

「挨拶に言ったら、自己紹介をするのを忘れないようにね。ただし、あなたたちが、怪物というのは、秘密よ」

「つまらんなぁ・・・」

「だいたい、そんなことを言っても、信じてくれないから、言わない方がいいでしょ」

「それから、どうするんだ?」

 彼女の方から、話に食いついてきた。

「きっと、あの男のことだから、中に入れとか言ってくるから、その通りにすればいいわ」

「あたしに、手を出そうとでもいうのか?」

「その時は、吾輩たちが、黙ってないチュン」

「そうニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 お姫様もお姫様なら、家来も家来だ。揃いも揃って、単細胞だ。

「そんなわけないでしょ」

 思わず、声に力が入ってしまった。

「あのね、これから、ご近所付き合いが始まるんだから、お互いにこれからよろしくでいいのよ」

「そんな簡単なことでいいのか?」

 まったく、お姫様とか、お嬢様というのは、世間知らずで困ったもんだ。

「それから、家来の人たちも、家来とか言うのはなしだからね」

「えっ! それは、ダメチュン」

「そうだニャン」

「ゲロゲ~ロ」

「家来なんて言ったら、それじゃ、この子は、なんなのっていうことになるでしょ」

「あたしは、姫よ」

「だから、そうじゃなくて、親戚の子供を預かっているとか、適当に言えばいいのよ」

 お姫様とかお嬢様というのは、プライドだけは高いのが、ときには、角が立つこともわからないのだ。

それに、さっきから、話が全然前に進まない。私は、だんだんイライラしてきた。

「いいから、早く帰りたかったら、私の言うとおりにしなさい」

 少しきつめに言うと、四人とも顔を見合わせて、おとなしくなった。

「言うとおりにすれば、早く帰れるから、いい、わかったわね」

 そう言うと、四人とも黙ったまま小さく頷いた。まるで、幼稚園の先生になったような気分だ。

「その人間は、市川先生っていう人で、仕事は小説家。家は、一人暮らし。年齢は、38歳、独身。見た目は、しょぼいかもしれないけど、悪い人じゃないから安心して。私は、出版社の編集という仕事をソコヤイハら、一日に一回は、原稿を取りに行くから、その時に、あったことを聞かせてね」

 私は、そう言うと、このウチを後にした。

「明日になったら、見に来るから、それまでに、今言ったことをやっておくこと。わかったわね」

「ハイハイ、わかったわよ」

「ハイは、一回」

「チッ・・・クソ親父みたいな女だな」

「なんか言った?」

「別に・・・」

 最後まで、食えない女の子だ。顔は可愛いお姫様なのに、話し方がまるでなっていない。こんなんで、お姫様なんて務まるのか、私は不安で仕方がない。


 その後、出版社に戻って、今日のことを編集長に報告した。

「ただいま、戻りました。今日の分の原稿は、まとめてあります」

「ご苦労さん。読んだけど、おもしろかったぞ。いったい、あの先生は、どうしたんだ?」

 編集長の疑問は、もっともだった。

今まで、市川先生の書く小説と言ったら、ファンタジーとはいえ、ちっともそれらしくない。

はっきり言って、おもしろくないのだ。売れない小説家というのも納得だ。

それが、突然、おもしろい小説を書くようになった。もちろん、私のヒントがあったからだが市川先生は、もしかしたら、想像力が豊かで、SF的なものが書きたかったのかもしれない。

 私は、パソコンに打ち込んだ今日の分の原稿をコピーして、編集長に渡すと

時間なので帰宅した。途中の電車の中で、あの四人のことを思い出す。

 私が言ったとおり、ちゃんと市川先生に挨拶しただろうか?

そう思うと、不安で仕方がない。とにかく、今日は、帰って本星に報告するのが先だ。

 帰宅すると、一番先にするのが、本星への報告だ。

コンピューターを起動させて、今日のことを報告した。

ついでに、怪物王国のことについても聞いてみたが、返事は不明だった。

 そこで、自分で調べてみることにした。すると、少しずつだが、いろいろわかってきた。

怪物王国は、確かに実在するが、それは、次元が違う世界で、地球上ということではないらしい。

そこには、たくさんの怪物たちがいる。その頂点に立つのが、怪物大王とのこと。

現在の怪物大王は、二代目で、初代の息子らしい。怪物大王は、インドや東南アジアや南米などで伝説や神話として登場していた。日本にも短期間だが、来日して暮らしていたらしい。

 その息子が、二代目大王に就任して、その娘が、あのお姫様ということのようだ。

さらに調べてみると、日本に来日した時にも、三匹の家来を引き連れてきたことが分かった。

あのお姫様が言う通り、連れて来たのは、ドラキュラ伯爵、フランケンシュタイン、狼男だった。見ただけで、怖そうで説得力がある、有名な怪物たちだ。

 それに比べて、今のお姫様が連れて来た家来たちと言ったら、スズメ男、ネコうなぎ、河童と頼りなくて、ちっとも怖くない。あの四人が、日本でうまくやっていけるとは、到底思えなかった。

調べていくうちに、ため息と不安しかなかった。

 私は、調べを終えると、気晴らしに外に飲みに行くことにした。

行くのは、いつもの居酒屋だ。商店街のはずれにある、小さな飲み屋だ。

何かというと、そこに行くのは、地球人を観察するには、最適な人間たちが集まるからだった。

 いわゆる、赤提灯と呼ばれる、小さな飲み屋だ。

暖簾をくぐると、いつもの店主が迎えてくれる。

「いらっしゃい」

 頭が剥げて、ねじり鉢巻きをして、団扇を煽りながら焼き鳥を焼いている。

テーブル席も4席しかなく、すでに埋まっていた。私は、空いているカウンターに座る。カウンターにも数人の客が飲んでいた。この店は、気軽に飲めて、気兼ねしなくて済むので居心地がいい。

私のような女が一人で飲んでいても、だれも気を止めたりしないし、何よりナンパするようなバカがいない。

「生ビールと、いつもの五本焼いてくれる?」

「ハイよ」

 注文してもこっちの顔を見ることもなく、ぶっきら棒な返事をするだけで、まるで愛想がない。だけど、それがいい。私は、何かというと、この店に来る。

「お待ちどうさま」

 そう言って、ジョッキに入ったビールを持ってくるのは、店主の娘だった。

見た感じ、二十代後半だが、まだ、独身とのこと。見た目も決して、美人とは言えないが、愛想がよくて、客たちに話しかけたりするなど、この店は、この娘で持っている感じだ。

「ありがとう」

 私は、そう言って、ジョッキを受け取る。

「なんだか、元気がありませんね」

「そう見える?」

「なんだか、疲れている感じですよ」

「そうなのよね」

「それじゃ、ビールと焼き鳥で、元気になってくださいね」

 そう言って、カウンターに戻る彼女を見て、私は、少し元気が出た気がした。

「お疲れ、乾杯」

 隣にいた、知らない中年の男に言われて、笑顔でジョッキを合わせる。

知らない人間同士でも、たまたま隣り合っただけで、すぐに打ち解けられるのが、私は好きだった。

「乾杯」

 私もそう返して、ジョッキを一口飲んだ。そして、息をつく。この瞬間が私は好きだった。

一日の疲れが吹き飛ぶ感じだ。人間たちが、ビールを飲んだり、仕事帰りに飲み屋に行く気持ちがわかる。

私は、人間のように、酔っぱらうことがないが、仕事で疲れた後に飲むビールは、

最高だ。その気持ちだけは、私にもわかる。私も、人間たちのように、酔ってみたい。

 そんなことを思っていると、焼き鳥が皿に乗ってカウンター越しに出された。

「ハイよ、いつものお待ち」

「ありがとう」

 私はそれを受け取ると、早速、その中の一本を頬張った。

いつもの味で、おいしかった。私は、焼き鳥を食べて、ビールを飲むという、一連の動作を何度か繰り返すと今日のことをもう一度整理してみた。市川先生の原稿のことはいいとしても、いきなり会った、謎の四人のことは心配だった。

市川先生と、うまくやっているだろうか?

怪物王国というのも興味がある。出来れば、一度行ってみたい。

「お姉ちゃん、難しい顔してるけど、この店にいるときは、そんな顔しちゃ、酒がまずくなるぜ」

 隣の老人が声をかけてきた。

「そうね。ここにいるときは、もっと、肩の力を抜かないとね」

「わかってるじゃないか。アンタ、若くて美人なのに、頭がいいね」

「ありがと、おじいちゃん」

 そう言って、軽く笑って返すと、白髪頭の老人は、皴だらけの顔で笑った。

これが、若い男だったら無視するが、ナンパ目的でない会話なら大歓迎だ。

人間観察と情報として、利用させてもらえるからだ。

「ねぇ、ちょっと聞くけど、今の日本に人間以外の謎の生き物って、いると思う?

例えば、妖怪とか宇宙人とか怪物とか・・・」

 私のぶっ飛んだ質問にも、老人は驚かない。熱燗を一口飲むと、前を見たまま言った。

「そりゃ、いるだろうな」

「なんで、いると思うの?」

「今の日本が、人間だけの世界だと思ったら、大間違いだろ」

「そうかしら? 動物や植物は別にしても、いるのって人間だけでしょ」

「人間は、見えない世界のことは、信じてないからな」

「見えない世界?」

「そうよ。人間は、見えるものしか見ようとしないし、信用もしない。だけどな。見えない世界も見なきゃいけないんだ」

「でも、見えなかったら、見えないわけで、信用するしないとかじゃないんじゃない?」

 私は、さらに続けてみた。しかし、老人は、表情変えずに返事をする。

「そうだな。目には見えないな。見えなかったら、信用できないもんな。だから、心の目で見るんだよ」

「心の目?」

「アンタも、子供のころには、大人が見えないものが見えたりしただろ?」

 そう言われても、私は、そもそも宇宙人だから、そういう経験はない。

あなたの目の前にいる、この私が、実は宇宙人なんだと言ったら、驚くだろうか? 信じるだろうか?  きっと、この老人は、驚いたりしないだろう。

それどころか、私の正体が見えているのかもしれない。

「人間が支配しているなんて、思い上がりだと思うがね」

 この老人の言うことは、私の目が見たら、その通りだ。

すると、私の右隣で飲んでる、サラリーマンらしい中年に男が口を挟んだ。

最初にビールを乾杯した男だ。

「あのよ、アンタは信じないと思うけどさ、俺が中学の時のクラスに、浮田ってやつがいたんだ。名前は、忘れたけど、みんなから浮田くんて呼ばれていたんだよ。なんで呼ばれたと思う?」

「さぁ」

「そいつはさ、授業中に、勉強に集中すると、座っている椅子ごと、宙に浮くんだよ」

 私は、飲みかけたビールを吹き出しそうになった。

「もちろん、一メートルとかじゃないぜ。せいぜい五センチとか十センチとか、それくらいなんだよ。だけど、宙に椅子ごと浮くんだよ。だから、浮田くんて呼ばれてるんだ」

 まるで信じられない話だ。だけど、私は、とても興味があった。

「でもな、本人は、まったく、それに気づいてないんだよ」

「そんなバカな・・・」

「誰でも、そう思うよな。だけど、それが事実なんだよ」

 そう言って、その男は、静かにビールを飲んだ。

その後「なんちゃって」とか言えば、私も納得するが、その男は、真面目な顔をして話している。

「その後、その男の子って、どうなったの?」

「大人になってから、同窓会で会ったけど、もう、浮くことはなかったって言ってた。やっぱり、そう言う不思議なことって、子供の時だけで、大人になると、自然に消えるのかもしれないな」

 笑い話じゃないようだ。この男の心を読み取ったが、ウソではなかった。

「そんなことがあったんだ。人間て不思議ね」

「そうだな。不思議だよな。もしかしたら、そいつは、人間じゃなかったのかもしれないよな」

「まさか・・・」

「イヤイヤ、あり得るぜ。だって、同窓会で会った時、全く別人みたいだったからな」

「中身が入れ替わったってこと?」

「それは、わからないけど、そう言うこともあるかもってことだ」

 う~ん・・・やっぱり、人間という生き物は、不思議な生き物だ。

私は、つくづく思った。これも、侵略計画として貴重な情報の一つだ。

「すみません、ビールのお代わり。それと、煮込みをください」

「ハイよ」

 私は、追加の注文をした。この店は、煮込みもうまいのだ。

「アレ、見てみなよ」

 今度は、さっきの老人がテレビの方を見ながら言った。私も釣られてテレビを見ると、そこには、月に向けてのロケットが発射されたというニュースだった。

「月にロケットなんて、まだ、やってたんだな」

 それは、どういう意味なんだろう? 老人は、熱燗を一口飲みながら言った。

「俺が若いころに、アポロが月面に行ったけどな、それって、何十年前だかわかるか?」

「私が生まれる前だから、わからないわ」

「五十年以上昔だぜ。それが、いまだに、こんなことしてんだぞ。人間の科学なんて、まだまだだな」

 老人の言うとおりだ。月の探索など、まだ懲りずにやっている。しかも、まだ、ほとんどわかっていない。

私たちの星では、月どころか、あらゆる星のことは、わかっている。

一つ言えることは、月は、どうでもいい星で、侵略するには価値がない星だ。

「地球人の科学力って、まだまだなのね」

「その前に、全然進歩してないと思うがね」

 この老人は、正直言って、私と意見が合う。出来れば、飲み友達になりたいくらいだ。

「ハイよ、お待ち」

 ビールと煮込みが同時に出てきた。

私は、お代わりのビールをグイっと、半分ほど飲んで、煮込みを食べる。

今日は、とても楽しい夜だ。昼間のイライラを吹き飛ばしてくれた。

心の中で、両隣の男と老人に感謝した。

 酔ってはいないが、いい気分になって、店を後にして、自宅に戻る。

その途中に、小さな公園があった。ブランコと砂場しかない、地味で小さな公園だ。

私は、そこのブランコに一人座って、夜空を見上げた。

「早く、みんな来ないかな・・・ 一人は、寂しいわよね」

 たった一人で、知らない星で、一人ぼっちで生きている自分が、少し悲しく思った。それが、私の使命とはいえ、このままこの星にいていいのか、小さな疑問が浮かんだ。でも、それが自分の運命ならと、受け入れることにして、考えることはやめることにした。


 翌日、出版社に行くと、編集長に断って、市川先生の自宅を訪ねた。

いつものように、壊れたままチャイムは無視して、直接戸を開けて中に入る。

「市川先生、失礼します」

 声をかけてから中に入ろうとすると、中から楽しそうな笑い声が聞こえた。

そして、靴を脱ごうと下を見たら、靴が四足並んでいた。

「まさか・・・」

 私は、靴を脱ぐのももどかしく、中に入ると、早足で先生の部屋に向かった。

破れかけた障子を開けると、そこには、想像を絶する光景があった。

「よぉ」

 一番先に声をかけてきたのは、あのオテンバ姫だった。

「ちょうどいい、麗子さんもこっち来て、ごちそうになりなよ」

 私の前では、なぜかわからないが、小さなちゃぶ台に食べ物や飲み物がたくさんあって、先生も含めた五人で楽しく食事の途中だった。

でも、このうちは、まだガスが止められているはずで、料理はできないはずだ。

しかし、どう見ても、コンビニ弁当などではなく、ちゃんとした料理だ。

「これは、いったい・・・」

 私は、意味がわからず固まっていると、あのオテンバ姫が言った。

「いいから、そんなとこに突っ立ってないで、いっしょに食べたらどうだ? 

ネコうなぎの料理はうまいぞ」

「そうニャン。いっしょに食べるニャン」

 そんなことはどうでもいい。なぜ、この四人が市川先生と食事をしているのか、訳が知りたい。

「ちょっと、こっち来て」

 私は、オテンバ姫の襟首をつかんで、廊下に引きずり出した。

彼女は、両手に、箸と茶碗を持ったままだ。

「おい、何するんだ。あたしを誰だと思ってるんだ。怪物王国の姫だぞ」

「ちょっと、あんた。先生のウチで何してるのよ?」

「見ればわかるだろ。メシを食ってんだ」

「そんなの見ればわかるわよ。そうじゃなくて、なんで、アンタたちが、市川先生と食事をしてるのか聞いてるのよ」

 私は、早口で言うと、彼女は、私を下から睨みつけると、ご飯粒が付いた口を開いた。

「お前が、あの人間に挨拶して来いっていうから、したんじゃないか」

「それが、どうしてご飯を食べてるのよ?」

「お前、あの人間の編集をしてるんだろ。だったら、もう少し、気を付けてやらなきゃダメじゃないか。あの人間は、昨日から、何も食べてないんだぞ。だから、あたしたちが、御馳走してやったんだ」

「だって、このウチは・・・」

「だから、あたしのウチで、作って持って行ったんじゃないか。これも、近所付き合いってやつなんだろ」

 そう言うと、彼女は、部屋に戻っていった。

「ちょっと、待ちなさい。話は、まだ、終わってないわよ」

 後について、部屋に戻ると、市川先生が、口に箸を咥えたまま、机から原稿をよこした。

「ほら、今日の分だ」

「えっ? もう、出来たんですか」

「それより、次回作のアイディアもできた。おもしろいぞ。この人たちの話だ」

「この人たちって?」

「決まってるだろ。あたしたちの話だ。この人間・・・じゃなくて、先生は、話がわかる、頭がいい人間だぞ」

 彼女がどや顔で言うので、私は、その場に座ると、四人を見ながら言った。

「それじゃ、聞くけど、どんな話なのかしら?」

「それが、おもしろいんだ。怪物王国から来たお姫様と家来たちが、人間界で起こすドタバタコメディーなんだ」

 彼女に代わって、市川先生が言った。私は、軽い眩暈を感じた。

「あのね、怪物王国とか家来とか、そう言うのは・・・」

 私が言おうとすると、それを市川先生が遮るように言った。

「まぁまぁ、麗子さん。おもしろければいいじゃないか」

「しかし、先生・・・」

 私が口を挟もうとすると、今度は、彼女が私にそっと囁いた。

「この人間は、あたしたちのことをまるで信じてない。だから、怪物王国のことを言っても、心配ない」

 彼女は、そう言うと、見ただけでおいしそうな、から揚げを一口で食べた。

「いいから、お前も食べろ。ネコうなぎは、あたしの親父の専属コックだから、何を作らせてもうまいんだぞ」

 それを聞いた、中年の男は、堂々と胸を張った。だからと言って、怪物の作ったものを食べようとは思わない。

「この人たちは、ホントにおもしろい。楽しい人たちだ」

「それより、早く、ガス代を払え。料理が作れないだろ」

「今度の原稿料が入ったら、払うから」

「おい、早く原稿料を払ってやれ」

 市川先生は、ホントにこの四人が怪物だということをまるっきり信用しているようには見えなかった。

たまたま向かいに越してきた、楽しい一家という感じで、すっかり仲良くなっている。

人を疑うことを知らなすぎる。こんなことだから、いつまでたっても、売れない作家なのだ。

「姐さんも、ゴチになるチュン」

「さぁさぁ、食べるニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 この家来たちも、事の重大さをまったくわかってないボンクラどもだ。

私は、彼らを無視して部屋の隅で、パソコンを開いて、原稿を打ち込むことにした。

 私が、パソコンで作業をしている間も、五人は、笑って楽しそうに話をしながら食事をしている。

なんだか、私だけが、のけ者にされたようで、バカバカしくなってきた。

作業に集中しようにも、彼女たちの話が自然と耳に入ってきて集中できない。

「ホントに、あのクソ親父は、話が分からない、石頭なんだ」

「お嬢、大王様になんてことを言うでチュン」

「大王様に聞かれたら、怒られるニャン」

「ゲロゲ~ロ」

「いいのよ。あんな、クソ親父」

「若い者は、いいなぁ。ぼくの父親は、もう、亡くなってるからなぁ」

「そうか。人間の寿命は、短いからな」

「キミたちは、どれくらい生きるのかね?」

「生きるとか意味がわからないわ。スズメ男、説明してやれ」

「我々怪物は、基本的に、死なないチュン」

「それにしても、キミは、若いね。女の子に年を聞くのは、失礼だが、いくつなんだね?」

「う~ン・・・おい、ネコうなぎ、あたしは、いくつなんだ?」

「230年くらい、生きてるニャン」

「それじゃ、年寄りじゃないか」

「何を言うか、あたしは、こう見えて、まだまだ子供なんだぞ」

「ぼくは、てっきり、16歳か17歳くらいかと思った」

 こんな会話を聞くと、作業どころじゃない。この四人は、死なないとか、彼女が230年生きているとかツッコミどころ満載な話だ。

それなのに、市川先生は、驚くどころか、納得している。

頭がマヒしているというか、思考能力が停止しているとしか思えない。

普通は、こんな話は、信用できない。なのに、あっさり、受け入れている先生も先生だ。どう見ても、飲み屋の酔っぱらいの話にしか聞こえないが、お酒は一滴も飲んでいない。この会話は、常識からかけ離れ過ぎている。

 そんな話で盛り上がりながら、楽しい食事が終わった。もちろん、私抜きでだ。

そして、四人は、自分の家へと帰っていった。

「それじゃ、また。明日も様子を見に来るからな」

「すっかりごちそうになって、すまん」

「気にするな。これも、近所同士だからな」

 そう言って、帰っていく四人を見送る市川先生だった。

「ちょっと、先生」

「なんだね、麗子さん?」

「あの人たちの話は、どこまで信じてるんですか?」

「バカだね。そんなの全部、ウソに決まってるじゃないか。怪物王国なんてあるわけないだろ。でも、話としては、おもしろいから、乗ってみただけだよ」

 先生は、あっさりそう言った。

「それじゃ、先生は・・・」

「いいじゃないか、そんなことは。それより、楽しい人たちが越してきて、よかったよ。それに、小説のネタも聞かせてくれたし、うまいもんも食えたし、言うことないよ」

 すっかり、先生は、その気になってしまったらしい。

「よし、それじゃ、忘れないうちに、サクッと、書くか」

 そう言って、机に向かうと、原稿用紙にペンを走らせた。

やっと静かになったので、私も作業の続きをすることにした。

 先生も黙々とペンを走らせている。受け取った原稿をパソコンに打ち込んでいく。

読みながらやっていると、次第に小説に夢中になっていく自分に気が付いた。

この先生は、今まで、一人で書いてきたから、小説のヒントがなかっただけで

作家としての腕は、確かなものだと思った。表現力や描写もとても素晴らしい。

この分では、今回の話は、読者にも受け入れてもらえるだろう。

ひいては、ウチの出版社のヒット商品になるかもしれない。

私は、この先生を売れっ子にするまでは、辞めるわけにいかないと思うようになっていた。

 

 夕方前になって、私は、先生のウチを後にして、出版社に戻ることにした。

市川先生の家を出ると、なぜか、向かいの四人のことが気になって、

あの子たちのウチに行ってみることにした。

「失礼するわよ」

 私は、そう言って、玄関を開けると、彼女が顔を出した。

「何の用?」

「ちょっと、様子を見に来ただけよ」

「ふぅ~ン、まぁ、いいわ。上がったら」

 そう言うので、私も中に入ってみることにした。

「さっきのことだけど」

 私が言うと、彼女たちは、ニコッと笑って言った。

「あの人間、使えるじゃない。紹介してくれて、礼を言うわ」

 使えるって、それは、どういう意味なのか?

「あの人間を使って、あたしたちのことを人間界に広めてもらうのよ。そうすれば、自然とあたしたちも人間のことがもっとわかるでしょ」

 そういうことか。そう言う意味では、私も同じだ。道は違うが、目的は同じらしい。

「どう? あたしたちと手を組まない?」

「どう言う意味かしら?」

「だってそうでしょ。お前もあの人間を使って、地球侵略とやらをやるつもりなんだろ。だったら、やろうとしてることは、あたしたちと同じよね。だったら、手を組んだ方が、お互いのためになるんじゃないかしら」

 確かにそうだ。私も、やり方はどうあれ、市川先生を利用している。

しかし、私も、この子たちも利用するつもりだ。ある意味、私のが一枚も二枚も上手だ。この四人が束になってかかってきても、私にかなうはずがない。

「いいわよ。ただし、アンタたち勝手に市川先生を利用しないでよ。何かやるときは、必ず私にも一言断ってよ」

「お前も話がわかる宇宙人だな。それは、お互い様だ。お前も、勝手にやるなよ」

 どうやら、腹の探り合いのようだ。ポンコツ四人組だと思っていたけど、なかなかやるなと思った。

「それで、次は、どうするつもり?」

「もっと、人間を知りたい」

「なるほど」

 そう言うと思った。私もそうだが、市川先生一人では、研究材料としては少なすぎる。

「これから、さっきの原稿を出版社に届けなきゃいけないの。だから、その後、私に付き合ってくれない?」

「いいけど、どこに行くの?」

「ホントは、子供は、行っちゃいけないんだけど、家来たちもいるなら、誤魔化せる場所よ。それに、私もいっしょだから、大丈夫なはず」

「わかったわ」

「それじゃ、後で、迎えに来るからね」

 そう言って、私は、出版社に戻ることにした。


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