第6話

「あーーー……、気持ち悪りぃ……」



 林の所有者の家を後にし、家を少し離れると嘉内は草臥くたびれたスーツのボタンを外し、きっちり締めていたネクタイを緩める。

 家に入る前より顔色を悪くした嘉内は気持ち悪いと呟きながら口を手で覆う。



「そんなにですか?」



 対していつも通りにきっちりと細身のスーツを着込んだ麻倉は、顔色一つ変えず小首を傾げる。俳優顔負けの容姿の男がやるその仕草に、いつもなら軽いからかいの言葉を向ける嘉内だが、そんな余裕がないのか仕草に関してスルーする。



「家に入った瞬間からヤバかった。お前が近くにいなきゃ吐いてた。歩く神社様様だわ」


「その呼び方止めません? 嘉内さん当てられやすすぎでしょ」


「俺が当てられやすいんじゃなくてお前が鈍すぎんだよ……」



 顔色の回復しない嘉内を見かねて、麻倉は先ほどと同じようにポケットから飴を取り出し再び押し付けた。大人しく飴を含んだ嘉内は、少しばかり顔色を良くする。



「ちょっと楽になったわ、悪いな。けど煙草の方が効くんだが」


「それは本庁に帰ってからです」



 申し出はすげなくあしらわれ、嘉内は肩を落とす。

 一旦預かったお守りの解析の為に一度本庁へと戻ることにした。お守りがもし今回の案件の手がかりになるかはわからないが、事件の起きた目と鼻の先にこんなものがあったのだ。何かしらの関係はあるだろう、と嘉内は睨んでいる。とはいえ、調べないことには断言が出来ないので、同じ部署の解析のプロフェッショナルに任せることにした。



「おー、すっごい穢れっすねぇ……」



 部署に戻り、解析担当の陣内じんないへと袋の状態でお守りを手渡せば、うへぇと顔をしかめてずり小鼻までずり落ちた眼鏡を元に戻す。



「嘉内さんよく大丈夫でしたねぇ」


「だな。麻倉がいなけりゃ一発ダウンだったわ」



 陣内は嘉内の体質を十二分に理解しているため、さぁさぁどうぞと水を手渡し、少しでも気分が良くなるように飲むことを勧める。

 陣内に勧められるがまま水を一気に嚥下えんかすれば、胸の内で渦巻いていた気持ち悪さが晴れ、どことなく疲れも一緒に吹き飛んだような気がした。



「すげぇなこれ、普通の水じゃないな?」


「正解でーす! 富士山のふもとで汲まれた湧水お取り寄せしたんで! 清めには抜群っすよぉ!」



 胸を張って褒めろと言わんばかりにフンスと鼻を鳴らした陣内に対し、嘉内はわしゃわしゃとそのブリーチされて痛んだ髪を撫で回した。髪をぐしゃぐしゃにされながらも嬉しそうな陣内の表情を見て、麻倉はゴールデンレトリバーの姿を重ねた。



「それで、これ解析できるんですよね?」



 このままだと話の進展がないのではと考えた麻倉はさっさと話題の軌道修正にかかる。ぐちゃぐちゃにされた髪を手櫛で整えながら、陣内はもちろん、と明るい声で肯定した。



「ただ、穢れの強さから考えると嘉内さんは解析に立ち会わない方がいいっすね。あ、逆に麻倉くんは立ち会ってくれなきゃ困る。俺が穢れでダウンしないように空気清浄機して欲しい」


「その言い方はあまり好ましくないですが、わかりました」


「おっしじゃあその間煙草吸ってくるわ」



 そう意気揚々とその場を立ち去ろうとする嘉内の襟首を掴んだ麻倉は、蛙が潰れたような声がしたことに気にも止めず、嘉内のポケットを漁って煙草の箱を手にした。中身を覗き、少し考えるようにしてから箱を再びポケットに突っ込む。



「二本。それ以上吸って帰ってきたらその箱取り上げますから。数は覚えたんで誤魔化そうとしてもだめですよ」


「……お前さぁ、彼女から束縛癖あるって言われたことない?」


「残念ながらないですね。放任主義だったので浮気されても何も言わなかったです」



 涼しい顔で平然とそう言ってのける男に対し嘉内は顔を顰めながら、へーへーと適当な返事をして部屋を後にした。

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