第2話

失踪届と共に渡された調書を読んで、嘉内かないは天を仰いだ。



「だーーまじか……。面倒な案件だなー……」



 失踪届には三科香那みしなかな、七歳。と失踪人の名前と年齢が記載してあり、調書には失踪した時に共に下校していた男児の証言が簡略的に纏められていた。

 眉間に深い皺を寄せた嘉内の手にあったその失踪届と調書は、嘉内にとって楽ではない仕事を予感させるものでもあった。横で様子を見ていた麻倉あさくらは、そっと嘉内の手にあった書類を抜き取り、さっと目を通す。



「……なんでこれが面倒な案件だってわかるんですか?」



 麻倉には調書を読んだだけではその面倒さが理解できなかった。最近配属されたばかりで、場数も踏んでいない新人である麻倉にとっては、単なる失踪、もしくは誘拐事件としか思えない内容だった。



「あー…、まず一つ、被害者が七歳の小学生であるということ。二つ、事件が起こったのが午後五時頃であるということ。三つ、証言者の話によれば、逃げている時に聞こえた唄があり、それがとおりゃんせという童謡であること。以上のことを踏まえて考えると、これは神隠しである可能性が非常に高い。神隠しだとすれば、相手が神なのでそれだけで相当に厄介な案件だ。だから面倒だって言ってんだよ」



 指を一つ一つ立てて、麻倉に見せつけるようにしながら説明した嘉内は最後にそう言い切ると机に突っ伏し、うーーだの、あーーだの意味のない声を漏らす。その嘉内の解説を聞いてもう一度書類を見返した麻倉は、なるほど、と納得した。



「午後五時ってあれですよね、逢魔がおうまがどき


「そ、黄昏時たそがれどきとも言うけどな。簡単に言や、怪異と人が交わってしまう時間帯ってこったな。それにとおりゃんせは天神様に関する唄だから、過去にも神隠しの折にそれが聞こえたって例が多いんだよ」



 めんどくせぇ、とため息をつく嘉内はコロリ、と口内の飴を転がす。禁煙を麻倉より言い渡されて仕方なく口に入れた飴は思ったよりも甘ったるくて、それがより嘉内の気持ちをげんなりとさせた。



「けど、基本神隠し案件って宮内庁の管轄じゃないですか? なんでこっちに回ってくるんです?」


「それは、それが神隠しじゃない可能性が出てしまったからよ」



 怪訝そうに問うた麻倉の質問に答えたのは、目の前で机に突っ伏している嘉内ではなく、背後からの声だった。

 麻倉が振り返れば、室長である渡辺がちょうど部屋に入ってくるところだった。渡辺は机に突っ伏したままの嘉内の頭に分厚いファイルを落とす。いてっ! と小さく悲鳴が上がるもまるっと無視して資料を開く。



「これは、今回事件が起きた土地周辺で、過去に起こった出来事を纏めたものよ。この周辺では大体十年周期で失踪事件が起きている。それも失踪者はどれも今回同様に七歳の小学生。どの子も依然として行方不明のまま」


「いやけど室長よぉ、これだけじゃ神隠しじゃないって理由にならないぜ」



 頭をさすりながら身体を起こした嘉内は、唇を尖らせながら意見を唱える。麻倉にも、今の話だけではどうしてその判断に至ったのか考えもつかなかった。

 渡辺はその質問を予想していたかのように、ファイルをパラパラと捲る。そうして開いたのは、古地図の載ったページだった。



「神隠しというのは大概、神社がある、もしくはあった地区で起こるものよ。勿論、神隠しの理由は神々によって異なるけど。けど、ここの地区に関しては神社があったという痕跡が過去三百年ほどの古地図を遡っても出てこない」



 彼女の白い指先が指し示すのは今回の事件のあった周辺。何枚もの古地図をそれぞれ指し示すも、どこも辺りは田畑ばかり、民家もまばらな寂れた地域だった。



「それに十年周期で起きてれば当然、宮内庁だって神隠しを疑って現場を確認しているけど、残念ながら神の痕跡は確認されてない」


「宮内庁のお墨付きってわけか……。嫌なお墨付きだなぁ」



 眉を顰めながらがしがし頭を掻く嘉内の顔には、大きく面倒の二文字が書いてあるように麻倉には見えた。


 とはいえ、面倒だからと放棄できる仕事ではない。十年周期とはいえ、何人もの被害者が出ている。これ以上の被害者を出す前にどうにか原因を探り出し、対策しなければならない。宮内庁は神相手なら動くが、それ以外の相手は国家規模で危険な相手しか対応しない。そんな宮内庁が対応しないような怪異や現象を専門的に取り扱う、それが彼らが居る警視庁生活安全課保安部怪異対策室が設立された理由なのだから。

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