二十三万 会議 二十三万五千 とある冒険者

『と、いうことで、奴らの雇用主はエストト商会です』

「そうか。ようやった」

『きっと、父さんと母さんを殺すように指示を出したのも――』

「せやろな」


 マーチェの背後に、燃え盛る炎が見えてくる。

 ただの賛同の言葉なのに、そこには確かな怒気があった。


 重い空気を転換するため、ヴァルは話題を変える。


「その捕まえた奴らはどうしたんだ?」

『安心したまえ、私が責任を持って騎士団に突き出したよ。騎士団も奴らの行為を把握した、近々監査が入るだろう』


 ナートが感情に任せて殺していないか心配だったが、リサが止めたらしい。

 彼女もかなりの博愛主義者だった。


「何がマッドサイエンティストだか」

『何か言ったかい?』

「いや、何でも。それより、これからどうする?」

「とりあえずは監査待ちやな。王都には強い〈偽証看破〉持ちもおる。誤魔化しは効かんやろ」

『私たちはこのまま伐採場待機ですか?』

「ああ。そこを潰されるのが一番辛いからな。リサの護衛も頼んだぞ」

『任せて下さい』


 情報交換を終え、通信は終わった。


 少しはこちらにも風が吹いてきたみたいだ。

 相手の正体も掴めてきて、少し安心し……眠気が襲ってきた。


「……そういや、俺が寝てる間はどうすんだ?」

「ああ」


 マーチェは店の裏手に周り、笑顔で大量の金貨を持って来た。


「……何この金」

「アンタ、金で自己修復もできたよな?」

「ああ」


 金を使えば、体を治すこともできる。

 腕が無くなるような重症でも、数万あれば再構築できたハズだ。


「ってことは、理論上自己修復を続ければ寝る必要がないっちゅーことやろ?」

「鬼かお前は! 確かに体は治るけど、精神的なものは治らないぞ!」

「……まあなんとかなるやろ」

「ったく、変なところで楽観的なんだから……。俺に一つ宛てがある」


 そう言って、ヴァルは手紙を書き始めた。





「俺はサバー。最近冒険者になったばかりの、新人冒険者だ」

「急に何言ってるの?」


 揺れる馬車の中、一人の少年が急に叫び出した。


「こっちは俺の相棒兼彼女のデディットだ」

「か、かかかか彼女じゃないしぃ!?」

「何だ、物語の主人公みたいな……」

「こっちはキュルド。俺からデディットを奪おうとする悪魔だ」

「称号【悪魔】はお前だろ」


 Dランクパーティ、イツツツのサバー、デディット、キュルドの三人は、馬車の護衛依頼を受けていた。


 冒険者としては新米で、レベルも低いが、この辺りには強い魔物も出ないし、大丈夫だろう。

 実際、さっきから出て来るのはEランクのゴブリンやワーウルフばかりだ。


「あーあ、もうちょっと手ごたえがある奴こないかなー」

「ちょっと、フラグ建てないでよ」

「平気平気、どうせ何も来ないって」


ザッ


 その時、馬車の後ろで物音がした。

 魔物でも出たのかと、三人は振り返るも、何もない。

 気のせいかと、溜息をつき――


ドサッ

 

 今度は、馬車の前方で何かが落ちる音がした。

 音はかなり近い。

 次の瞬間、馬車がガタリと大きく揺れた。


「オアッ」

「……段差でもあったのか?」


 かなり大きな揺れだったので、何を踏んだのか気になり、サバーは再度馬車の後方へと視線を移した。

 その段差はすぐに見つかった。

 人の頭くらいの、小さい物体。右側は赤黒く、左側はモサモサとした茶色の毛玉になっている。


「何だアレ?」

「さあ? 自然物ではないように見えるけど……」


 少し気になるが、馬車を降りて観察する気にはならず、すぐに記憶の彼方に消えていく。




ガタッ ガタッ


 しばらくして。何だか、馬車のスピードが落ちた気がした。

 段々と遅くなり、遂には止まってしまう。


「どうかしました?」

「……」


 馬を操る御者に聞いてみたが、返事が無い。

 何かあったのかと、デディットが荷台から身を乗り出してその様子を見――


「キャアアアアアアアアア!」


 彼女は大きな悲鳴を上げ、尻もちを着いた。


「何があった!?」

「ッ……」


 キュルドが剣を抜き、サバーの手が悪魔のそれになる。

 そのまま、デディットが震えながら指をさす御者台の方を見。


 そこにあったのは、首のない御者の死体だった。


「「ウッ!」」


 初めての人間の死体に、吐き気が止まらなくなる。

 すぐに路面は三人の吐瀉物としゃぶつで一杯になった。


「な、何だこれ」

「分からん。だが、何かヤバいのは分かる! 集まれ!」


 馬車から降りて、三人で背中合わせになる。


ザワザワ


 森の木が風になびき、自然の音がする。

 何もない。だが、それが不気味だ。


「……御者が襲われたときに、悲鳴一つ無かったのはどうしてだと思う?」

「悲鳴を上げる間も無かったとか?」

「……どっちか、傷を見てない?」

「いや、死んだことが衝撃過ぎて――」


 ザッ


 急に、背中に掛かる体重が増えた。

 急に、背中が生暖かく濡れた。


「どうし……ウッ!」

「デディットオオオオオオオォォ!」


 今度は、デディットの首が飛んでいた。

 衝撃で、何も考えられなくなり……次の瞬間。

 視界の端に映ったのは、キュルドの首だった。


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 衝撃と悲しみで、膝から崩れ落ちた。


 これは夢か。そう思いたいが、血の匂いと二人の死顔がそれを否定する。


 もう、何もかもどうでもいい。二人が死んだら、生きる意味なんてない。

 首筋に冷たい感触。おそらく、鋭い刃。


「……」

「待て、そいつは殺すな」

「ッ――?」


 驚愕の瞬間、体に衝撃が走り、サバーは気を失った。





 数日後。

 開店前の店に来客があった。


「師匠。弟子一号、着任しました」

「お、来たか」

「なんやコイツら?」

「信頼できる冒険者だ。左から……」


 やって来たのは、パーテンダーのスズカ、チェリー、レイジ、ダンデの四人だった。


 ヴァル達エルシオンは、短期間でランクを上げたせいか、どこか嫌われている節があり、仲がいい同業者はとても少ない。

 その中でも一番信頼できるのが、スズカらパーテンダーだった。


 皆にマーチェが別商会から狙われていることを話し、彼女の護衛に加わってもらうことになった。

 もちろん、報酬は払う……マーチェが。


「じゃ、俺は寝て来るから。大丈夫、ダンデさんは守りのプロだし、スズカは侍だし」

「侍?」

「拙者、侍でござる」


 何だか場が混沌としてきたが、きっと分かり合えるだろうと放置し、ヴァルは数日ぶりの睡眠を取ることにした。

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